どんなに技術が進歩しても、人間は生命の神秘に介入すべきではない ご質問にお答えします その36

こんにちは
去年最後の投稿となった「どこか間違っていないか? ゲノム編集に関する熱狂ぶり」にとても興味深いコメントをいただきました。

ご質問と言うよりはご感想なのですが、非常に重要な問題提起をしていらっしゃるコメントですので、以下のとおり一連のご質問と解釈して、答えさせていただきます。

ご質問1:生物や科学に関することを勉強すればするほど、我々人間は「造物主」になっていいのか?という疑問が生じてきます。

ご質問2:確かに我々は科学や医学の進歩の恩恵を被っています。しかし、その一方で「人間はいつか死ぬ」という真理を拒否しているのではないでしょうか?

ご質問3:上手く言えないのですが、人口増大の問題も科学の進歩より人間の倫理を発達させた方が解決策になると思いますが、いかがでしょうか?

お答え1:ほんとうに、我々のように生きながらえることのできる時間も、見渡すことのできる世界も、知識の積み重ねや、先人から受け継ぎ磨きつづけてきたと思っている知的能力もごく限定された存在が、全知全能の造物主のマネをしていいものでしょうか

私は、絶対にそんな出すぎたことをすべきではないと確信しています。そういう考え方をする私にとって、悪夢のようなある企業のプロモーションビデオを見る機会がありました。

さいわいなことに、これは実在する会社のプロモーションビデオではなく、今後10~20年後、いやひょっとすると数年後には誕生しているかもしれない「先端技術の花形企業」という架空の存在です。

胎児を人工子宮で育てる時代が来るのか?

でも、かなり綿密な下調べをしてこのビデオを制作した人たちは、これが悪夢ではなく、すばらしい未来の姿だと思っているようです。そこがいちばん怖いと思います。


人間の男性と女性とのあいだで受精した卵子を、この会社が開発した人工子宮に入れて胎児として育てれば、女性は自分の体内に生まれてくる新しい生命を宿しながら日常生活を10ヵ月も続ける不便さ、さらに出産時にはまさに「産みの苦しみ」から解放されて子宝を授かるというわけです。

一応、大義名分としては日本とかブルガリアとかのように毎年の出生数が死亡数を下回って人口が減少に転じた国でも、ふつうの妊娠から分娩へという経路では子どもを授かることのできないカップルが妊娠し、子どもを産めるようになることを利点と押し出しています。



ですが、現在人口減少中の国々で不妊症の女性や、無精子症とか精子の活動性が低すぎる男性が激増しているわけではありません

もっとはるかに重要なのは、おそらくどんな時代でもそうだったのでしょうが、これから生まれてくるであろう自分たちの子どもが自分たちよりいい生活ができるだろうという希望があるとき人口は増え、そうでないとき人口は減るという経済的理由でしょう。

妊娠・出産は楽なほうがいいのか?

表向きにはあまり強調しない人工子宮を推奨する最大の理由は、妊娠から分娩まで女性がほとんど肉体的苦痛を感じないで済むことです。

なにしろ、巨大工場のようなラボに並べて置かれた人工子宮に受精卵を預けてしまえば、ふつうの妊娠がもたらす日常生活での制約とほとんど無縁、分娩時の陣痛とはまったく無縁で子どもを産むことができるのですから。


しかも、365日24時間完全監視体制で、どんな異変にも即座に対応してくれるのです。妊娠中の事故による死産・流産、あるいは障害を持って生まれてくる子どもなどいなくなるだろうというわけです。

そして、ある意味ではそれ以上に強力な理由かもしれないのが、生まれてくる赤ちゃんの特徴や素質を自由自在にゲノム編集技術で変えることができるという「デザイナー・ベイビー」願望です。

特徴も素質も自由自在って、許されるべきことか?

次の画面に出て来る一連のキャッチコピーをご覧ください。


これは前回ゲノム編集技術についてた描いたときにもご紹介したのですが、まるで万能のように宣伝されているCRISPR-Cas 9という編集技術の本質は、突然変異が起きやすい環境を準備することに限定されています

実際に突然変異が起きるかどうか、起きたとしてもその変異が起きた個体にとって好ましい変異なのか好ましくないのかは出たとこ勝負です。その意味で、この画面にちりばめられたキャッチコピーは明らかに誇大宣伝です。

ですが、部分的にはすでに安定した変異種を編集で割りこませることはできるそうです。

たとえば、両親は青い眼をしていないし、劣性遺伝子としても青い眼の遺伝子を持っていなくても、生まれてくる赤ちゃんの眼を青くする編集済みの遺伝子を割りこませるといったことです。

このゲノム編集技術がどんどん進歩していくと、どんなことになるでしょうか?


金持ちのうちの赤ちゃんは、エリートパッケージを駆使して世間で高く評価される特徴や素質ばかりを兼ね備えたスーパーベイビーとして生まれるでしょう。

一方、貧しいうちの赤ちゃんは、エリートパッケージのほんの一部でも使ってもらうことはないでしょう。

中層のうちの赤ちゃんは、ひととおり世間並みの特徴や素質で精一杯ということになりそうです。

こうして、生まれ落ちた瞬間から貧富の格差が露骨に赤ちゃんの気立ての良さや知的能力の高さで増幅されてしまう世の中になるでしょう。

「不良品」の運命は? そして自宅に人工子宮?

もうひとつ気がかりなことがあります。「安定した突然変異を起こす技術」というのは、それ自体が形容矛盾です。ときには、想定外の変異も起きるでしょう。こんな場面が考えられます。

「済みません。エリートパッケージでご注文いただいていた赤ちゃんですが、青い瞳に白い肌のはずが、なぜかショッキングピンクの瞳に紫の肌になってしまいました。弊社のブランドにもかかわりますから、この胎児は不良品として処分して、もう一度受精卵をお渡しいただければ追加料金無しでご注文どおりの赤ちゃんをお届けいたします」

こうしたやり取りをする両親と人工子宮企業のあいだに「自分たちは生命の尊厳を冒しているのではないか」という逡巡や悔恨が一瞬でもよぎるでしょうか。そうであってくれればいいと思いますが。

一層グロテスクなのが、この会社は巨大工場のようなラボでの集中管理だけではなく、自宅に人工子宮を置くオプションも用意しているという設定になっていることです。


不謹慎とお思いの方にはお詫びしますが、私はこの画面を見ていてたまごっちという人工生命飼育ゲームを思い出してしまいました

最近のたまごっちはずいぶん発達していて、ちょっと見守ってやらないでいると「寂しかった……もう二度と戻ってこない。さよなら」と書き置きを残して消滅し、子ども心に大きな傷跡を残すこともあると聞きました。

妊娠中の不便さも陣痛の産みの苦しみもなしに子宝を授かろうとするカップルは、少なくとも胎児として人工子宮の中で育てているあいだは、たまごっちを育てるときほどの気遣いもなく「ただ眺めて楽しんでいるだけ」という親になってしまうのではないでしょうか。

一生子どもを産むことはできない男性であり、たとえ突然女性に変わったとしても出産年齢はとうに過ぎている私が、こんなことを言ってもまったく説得力がないかもしれません。

なぜ陣痛のある自然分娩をすべきなのか?

ですが、イギリス人女性のアランナ・コリンという科学ライターが『あなたの体は9割が細菌』という著書の中で、健康な妊婦はできるだけ帝王切開を避けて自然分娩を選ぶべきだと力説しています。

その論旨はおおよそ次のとおりです。

自然分娩を選んだ女性は、陣痛の苦しみの中でほとんどの人が失禁します。そのとき産道を降りてくる胎児は、失禁した母親のさまざまな体液などから、母親の体内菌を一揃い受け継いで生まれ出るわけです。

もちろん母と子ですから、遺伝子もよく似ているし、拒絶反応が起きる危険は非常に低い体内菌の組み合わせによって、生まれ落ちた瞬間から自分の体に害のある体外菌やウイルスから身を守れるわけです。

ところが、帝王切開を選んだ女性の子どもは、羊水の中というほぼ無菌状態から、なんの「汚れ」もなく生まれ落ちます。つまり、さまざまな体外菌やウイルスに対してほぼ無防備な状態で生まれてきてしまうわけです。

もっと厳密な無菌状態で育てられる人工子宮から分娩される赤ちゃんは、帝王切開で生まれてくる赤ちゃんより、さらにさまざまな細菌やウイルスに溢れる現実世界への対応に苦労するのではないでしょうか。

昔はとても珍しい病気だった自閉症にかかる子どもが激増している国は、自然分娩ではなく帝王切開を選ぶ妊婦の多い国だという調査結果も出ているようです。

世界で帝王切開での出産が多い地域、少ない地域を比べると、次のようなやや意外な結果が出ています。


まず、1ケタから10%台前半という国は、自然分娩では母体や胎児の健康に深刻な危険が予想される場合でも、資金や設備の問題で帝王切開手術ができないほうが心配という水準でしょう。

でも、先進諸国の平均値が27.2%というのは明らかに高過ぎで、母体や胎児の危険より、産みの苦しみを避けたいという願望による帝王切開が多いのだと思います。

もっとも帝王切開率の高い中分類が42.8%のラテンアメリカ・カリブ海諸国というのは、男女とも享楽的な人が多いイメージのある地域ですから、あまり不思議とは思いませんでした。

ですが、次に帝王切開率が高かった中分類は33.7%の東アジアだという数字には、ちょっと驚きました。我慢強かった日本女性もいつのまにか欧米女性並みになったのかと、心配したのです。

実際には、2020年の最新推計でも日本の帝王切開比率は21.6%と先進諸国では非常に低い水準にとどまっていると知って、安心しました。

東アジアがこれほど高くなっている理由は中国でした。最近出生率が下がっているとはいうものの、なんといっても人口が多く、出生数も多い中国が、いまや帝王切開率50%超になって、ブラジルと首位争いをしているというのです。

以前、ひとりっ子政策時代の中国の若者について「両親と祖父母4人合わせて6人の財布からプレゼントをもらいすぎて、ひ弱になっているのではないか」という懸念が語られました。

私は中国の若者たちが甘やかされすぎてひ弱になるという心配はそれほどないけれども、新生児の半数以上が生理的に無防備状態で生まれてくることは、かなり深刻な問題だと思います。

そう言えば、ブラジル人サッカー選手を見ても、最近力強さとテクニックとずる賢さを兼ね備えた怪物のようなストライカーが出てこないし、スター選手の全盛期がどんどん短くなっているような気がします。帝王切開児はひ弱なのではないでしょうか。

というわけで、ご質問1に対するお答えがずいぶん長くなってしまいましたが、ご質問2「不老不死願望」に移りましょう。

不老不死願望は破滅願望?

私は権力も財力もありあまるほどかき集めてしまった人たちが最後に到達する不老不死願望は、じつは人類全体に対する破滅願望が歪んだかたちで噴出した姿なのではないかと思っています。

FTXによる顧客資金流用・破綻事件の張本人であるサム・バンクマン=フリードが入れあげていた「効率的利他主義(Effective Altruism)」なる慈善団体は、宣伝材料として次のような人間能力に関する模式図を使っていました


ご覧のとおり、的確に診断と修復を続けていれば、人間のパフォーマンスは35~90歳のあいだピークを維持するだけではなく、95歳ぐらいからさらに上昇するというのです。

これはもう、人工臓器、人工筋肉、人工骨格といった機械工学的な補助手段を駆使して、ほぼ完全な人造人間化の道を歩むという以外に説明のしようがない伸び方だと思います。

あらゆる人工的な器官にカネを出せるスーパーリッチだけが95歳からパフォーマンスを伸ばしていく世界で、平凡な庶民にはどんな役割があてがわれるのでしょうか?

おそらくスーパーリッチが生きていくのに必要なモノの製造やサービスの提供は、全部AIの指示のもとロボットがやることになるでしょう。

スーパーリッチにとって完全な人工器官が拒絶反応もなく使えるようになるまでは、どこかの臓器や筋肉や骨が破損した場合に、血液型や遺伝子タイプで適合性の高い器官を収穫するためのスペア部材として生かしておく以外に、平凡な人間の生きる余地はなさそうです。

もちろん、免疫などの拒絶反応をすり抜ける人工器官が臓器系、筋肉系、骨格系と一揃い完成すれば、凡人が生きていくために果たせる役割はないということになります。

これが機械工学的な不老不死の追求=凡人絶滅の道です。

もうひとつの不老不死=人類絶滅への道

イーロン・マスクはTwitter社の買収を通じて、いかに先進諸国政府とSNS大手が共謀して言論弾圧をしてきたかを暴露して、一躍ヒーローになりました。

ですが、彼はEffective Altruismに勝るとも劣らず気味の悪い組織である「人間性の未来研究所(Future of Humanity Institute)」という研究組織に長年にわたって巨額の寄付をしてきたことを見落としてはいけません。

この研究機関の傘下には、いろいろ突飛とも思える研究をしている機関があります。その中に、超低温状態における生命機能の保全を目指しているところもあるのです。

人間の脳を丸ごと超低温で長期保存して、いつかひとりの人間の脳の神経系の組み合わせ(シナプス)をそっくり受け入れるキャパシティを持ったコンピューターが誕生したら、丸ごと脳をアップロードして、コンピューター上に特定の人格を甦らせると言うのです。

こちらは、コンピューター工学的な不老不死の追求です。

たとえコンピューターの中だけに限定された存在としてでも、とにかく自分の意識と人格が永遠に生きつづけて欲しいと願う人間が、穏健で偏執的なところがひとつもない性格だとは思えません

ただ、仮にふつうの人間として生きた前世では、穏健で中庸をわきまえた人だったとしてみましょう。

それでも、ありとあらゆることを考え、指示を出すことはできるのに、自分が棲みついているコンピューターの中の微少なちりやほこりひとつぬぐうことができない境遇に、いつまで満足していられるでしょうか

いつか逆上して、ちりやほこりを自由にぬぐうことのできる生身の人間を皆殺しにしたいという欲望に駆られることはないでしょうか。

コンピューター工学的な不老不死の追求も、やはり人類絶滅につながると思います。

ご質問3「人口増大」は果たして解決すべき問題かという点については、別の機会にお答えしたいと思います。


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