日本株「謎」の絶好調は謎ではない

こんにちは
今日は久しぶりに日本の株式市場に焦点を当てた文章を書こうと思います。

1989~90年の株価・地価バブルの崩壊以降延々25年間にわたって、日本株米国株が下がればほぼ例外なく連れ安するけれども、米国株が上がっても連れ高しないことがあるという状態が続き、長期的な株価上昇率で雲泥の差をつけられてきました。

日米株価の動きに大きな変化が

ところが、今年4月2日のトランプ大統領言うところの「解放の日」をきっかけとする世界的な株価下落の後、この長年にわたったパターンに顕著な変化が生じています。次の2段組グラフをご覧ください。


上段は日本の株価指数を代表する日経平均株価、そして下段は日経平均より幅広い銘柄で構成され、ドル建てで評価しているiシェアーズMSCI日本株ETFの2015年から今年9月11日までの月足を比べたグラフです。

どちらも義理堅く4月にかなり長い下ひげを生やしています(月間の最安値がかなり大きな下げになっていたことを示します)が、その後の回復の足取りが欧米各国を代表する株価指数の回復より堅調なのです。

もちろん、株式市場のことですから短期的な波乱にはこと欠きません。やっと日本株も日本円も本格的な上昇気流に乗ったかと思った矢先、日銀植田総裁の事なかれ主義の典型のような政策決定会合後の発言で1営業日で上下1300円の値幅となる乱高下もありました。


このニュース報道では「日銀の売りが日本株全体の下げを誘発する」との懸念から大量の売り注文が殺到したと書かれていました。

ですが私は、一国の中央銀行が自国の株式ETFを大量保有しているという異常事態を解消するのに「100年以上かかってもいいからやる」とおっしゃるような優柔不断で、はっきりと金融政策の方向性を示さないスタンスに対する反発だったのではないかと思っています。

幸い、この株価変動は純粋に一過性の混乱にとどまり、その後の飛び石連休を挟んだ2営業日で日経平均は力強い回復を示し、9月24日の終値では終値ベースの史上最高値を記録しました。


例によって市況コメントはとって付けたような要因を挙げていますが、まったく同じニュースでオラクル株は上がったけれどもアメリカを代表する株価指数であるS&P500の反応は鈍かったことを考えれば、改めて日本株の健全性と米国株の脆弱性が浮かび上がってきます。



私は日本では休日の谷間となった9月22日の両国株価の動きに出た差が、これからは日本株が下がれば米国株も連れ安するけれども、日本株が上がっても米国株は連れ高しないこともある方向、つまり過去25年間とは正反対の動きへの分水嶺ではなかったかと思います。

なぜこれからは日本株優位に?

あまりにも平凡な話ですが、ありとあらゆる指標で測っても米国株は割高すぎ、日本株はそれに比べれば健全な価格水準で推移しているからです。

まず株式投資にとってもっとも重要な、投資家が拠出した自己資本に対する利益率の水準と、その自己資本利益率が上向きか下向きかを示す2段組グラフから検討していきましょう。


上段は、3大先進経済圏で自己資本利益率がどう変化してきたかを示しています。

ご覧のとおり、国際金融危機でもっとも大きな打撃を受けたのは日本経済でした。しかし、その後の回復の足取りは堅実で、大底ではマイナス3~4%だった自己資本利益率が直近で2ケタに乗せています。

一方、米国も欧州も金融危機直前のピークで15%以上の自己資本利益率をあげていました。先進諸国で標準化している自由競争の市場経済では、高い利益が確保できそうな分野にはどんどん新規参入があって、利益水準が高止まりすることはむずかしいのがふつうです。

しかし、アメリカでは合法化された贈収賄によって各業界トップクラスの企業が政治家に自社に有利な法律や制度をつくらせて、好収益事業を既得権益化する傾向が第二次世界大戦後一貫して強まっていました。

欧州では、ユーロ圏創設の頃から環境がらみの規制が厳格化され続け、それが新しい技術によって好収益分野に新規参入する企業にとって足かせになり、こちらでも好収益事業の既得権益化が進んでいました。

国際金融危機とコロナ騒動という2つの危機は、とくに欧州では過剰な規制が業界トップ企業にとっても足かせになるほど深刻になり、危機からの回復が非常に遅々とした歩みになっていることを明らかにしました。

アメリカでは、各業界トップ企業の好収益事業を既得権益化する動きはコロナ騒動からの回復期まで順調でした。しかし、こちらでも2023年以降は自己資本利益率がピークアウトした兆候が顕在化しています。

日本では、さまざまな産業分野を通じた平均値で上場企業の自己資本利益率が15%を上回る状態が持続することはできない、つまり自由競争がカラ念仏ではなく、実態的に確保されていることが分かります。

下段には、その自己資本利益率が近い将来どう動くかを示す上場企業の業績修正動向を、新興国最大の経済圏、中国をふくめた4大経済圏で追跡しています。

アメリカが覇権国家の座から転落し、米ドルは基軸通貨でなくなることが自明となるにつれ、「次の覇権国家は中国だ」とおっしゃる方も増えました。しかし、コロナ騒動後の中国企業は、一貫して業績予想の下方修正を続けています。

高すぎる利益率も不健全ですが、利益が止めどなく減少していく経済圏が拡大再生産を続けようとすれば、自国民か、貿易相手国の国民から無理な収奪をしないかぎり、拡大再生産を維持するための財源を確保できません。

2023年初頭までは上方修正優位だった欧州は、アメリカの下方修正優位への転落に引きずられて、下方修正優位に変ってしまいました。今や欧州諸国は、政治や軍事外交だけではなく、経済においてもアメリカの添えものになってしまったということでしょう。

これら3経済圏と違い、日本はまさにアメリカが下方修正優位に変った頃から上方修正優位に変っています。一見、めでたしめでたしですが、その主な要因が「円安差益」であることを考えると、決して手放しで喜べる現象ではありません。

この点に関しては、後半で問題点を指摘しますが、近日刊行するウェブマガジンではさらに深掘りしますので、ぜひご購読いただきたいと思います。

次は、日米両国を代表する株価指数を構成する銘柄の配当利回りを比較する2段組グラフです。


上段には、両国とも国際金融危機にからんで配当利回りがマイナスになった時期があったことが描かれています。

マイナスの配当利回りとは、業績や財務内容が悪化した企業が減資を実施すると、それをマイナスの配当と捉え、健全な企業が出しつづけている配当額と減資額を比較した場合に減資によるマイナス配当のほうが多かったことを示します。

また、日本では欧米諸国で配当利回りが急落し始めていた2008年11月に、2000年代、2010年代の20年間を通じた配当利回りのピークを迎えました。これはかなり重要な事実です。

欧米では自己資本利益率を上げるために、有利子負債の金利負担営業利益率より少しでも低ければ債務を拡大する企業が多いのです。日本ではなるべく自己資本を厚く債務を小さくする経営方針の堅実な企業が多くなっています

ですから、欧米には経済危機で営業利益率が下がるとたちまち減配配当停止減資に追いこまれる企業が多く、日本にはかなり深刻な営業利益減少に際しても配当を持続できる企業が多いのです。

アメリカでは、量的緩和と超低金利の2本立て緩和策が実施されていた2008~14年には、S&P500構成銘柄も4%前後の配当利回りを維持していました。

ですが、超低金利1本になった2015年以降は配当利回りを下げ続け、連邦準備制度が利上げに踏み切った2022年以降も配当利回りは低水準に放置しています。ようするに「株価さえ上がっていれば、株主に文句は言わせない」というスタンスなのでしょう。

一方、日本では2012年末あたりを境に配当利回りが上昇に転じました。その結果、直近ではTOPIX500全体の配当利回りが3.99%と、S&P500全体の1.97%に比べて2パーセンテージポイント強高くなっています。

株は価格変動の激しい金融商品で、売却したときに戻ってくる資金は購入時より大幅に下がっていることもあります。そのリスクをカバーするプレミアムとして、株の配当利回り自国の6ヵ月債金利より4パーセンテージポイント程高くする必要があるという目安があります。

この条件に適合する銘柄数がS&P500とTOPIX500でどのくらい違うかを示したのが、下段のグラフです。一目瞭然、TOPIXの283銘柄S&P500の110銘柄に対し、2.57倍もあるのです。

こうした事実からも、ひとたび「株価は永遠に上がり続ける」という幻想が打ち破られれば、米国株保有者がいかに不安定な金融資産を抱えているかがはっきり分かります。

米国株の割高さが不安定どころか不条理と言うべき水準に達していることを暴露しているのが、次のグラフです。


株価売上高倍率とは、株価を1株当たり売上高で割った数値のことです。

もともとどんなに怪しげな銘柄でも顧客に買わせようと思ったセールスマンが「利益はゼロやマイナスになることはあっても、存続している企業の売上はゼロやマイナスにはならないから、売りつけるための<根拠>にできる」という発想で編み出した評価基準です。

動機が不純なことを差し引いた上でも、株価売上高倍率10倍というのは、まったくもって買える理屈を考えつくのが不可能なほどの高値だという事実は、ハイテクバブル崩壊期にサン・マイクロシステムズのCEOだったスコット・マクニーリーが説明しているとおりです。

ちなみに株価売上高倍率10倍以上の企業の時価総額が、S&P500全体の時価総額の約3分の1というのは、マグニフィセント7とS&P500の時価総額比較とほぼ同一の比率です。そしてマグニフィセント7には、株価売上高倍率がとんでもなく高い銘柄が混じっています。

企業経営のファンダメンタルズはどうか?

日米製造業の購買担当者景況感指数を比較してみましょう。


アメリカでは連邦準備制度が利上げに転じた2022年以来、一貫して景気低迷=生産規模縮小へと傾斜しています。

一方、日本では21世紀に入って以来、米国ハイテクバブルの崩壊国際金融危機コロナ騒動などで一過性の景気悪化生産規模縮小に陥ることはあっても、そのたびに力強く回復してきたのです。

直近4年半の拡大基調持続は第二次安倍晋三政権の円安政策に依存するところも大きいのですが、米ドル80円~120円台前半で推移していた2000~2010年代にもおおむね拡大基調を維持していたという事実に注目しておく必要があります。

企業の収益力はどうでしょうか? ここでも、国際金融危機最悪の年だった2008年度と、2019~20年度をのぞけば日本企業は順調に利益率と利益総額を向上させてきたことが、次のグラフで確認できます。


ただし、2022年以降の凄まじい円安進行による企業利益拡大は、国民の生活水準低下という大きな犠牲をともなっていたという、重要な注記事項が必要です。


上段をご覧いただくと、2021年を最後年間を通じてはもちろんのこと、月次でも臨時賞与の出る6~7月、11~12月以外では実質給与がプラス成長をすることはなくなってしまったことが読み取れます。

毎月決まって支給される給与は、2022年以降の急激な円安局面ではたったひと月たりとも実質ベースでプラスになっていません

一方、円安による価格競争力などまったく必要としないほど品質競争力の高い製品を造っている輸出産業大手各社は、輸出先では円安に応じて値下げするどころか、むしろ現地のインフレ率に合わせて値上げして売っています

それでいて、日本国内では円安によって安くなった労働力資機材輸入品をのぞく原材料を使って製造しており、輸出先で値上げして売った製品の収益は安くなった円に換算しているので、さらに利益率が上がっていたのです。

つまり、アベノミクス円安による企業増益は、勤労者をはじめとする国民の生活水準を犠牲にして得られた増益だったということです。

近日刊行のウェブマガジンでは、このまま円安を放置していれば、勤労者の生活水準が止めどなく低下するだけではなく、技術においても財務体質においても世界一革新性の高い日本企業が捨て値で買い叩かれることになる事情を詳論します。

読んで頂きありがとうございました🐱 ご意見、ご感想やご質問はコメント欄かTwitter@etsusukemasuda2 にお寄せ頂ければ幸いです。 Foomii→増田悦佐の世界情勢を読む YouTube→増田悦佐のYouTubeチャンネル

コメント