軍事技術開発競争に未曽有の大逆転劇発生 最新情報
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この表をネタニヤフがイスラエル首相を務めていた1996~99年の第1期、2009~21年6月の第2期、そして約1年半の短い空白期間を挟んで2022年12月から現在に至る第3期と比較すると、いろいろ興味深いことが分かります。
まさにイスラエル首脳としては、自軍を「解放軍」として歓迎してくれるだろうと思っていたこの人が、イスラエル軍に対して侵攻をすぐやめてくれと声を上げたのです。つまり、パーレビ政権を慕っていたはずのイラン国民という「獅子」は立ち上がらなかったのです。
一目瞭然、左側の人口力でイスラエルが勝っているのは、予備役人口がイランの35万人に対して46万5000人と多いことだけです。ですが、正規軍の現役兵員が17万人なのに対して、その3倍近い人数を予備役として確保しているのは異常です。
イラン・イラク戦争の頃の北朝鮮製(あるいは北朝鮮から供与された技術でイランが製造した)戦車は、ちょっと乗るのが恐そうな出来栄えでしたが、お互いにほかに頼る国もなく、必死で国家として生き延びるために軍事力の向上に努めたわけです。
逆にイスラエル側から言えば、重要な戦略拠点、とくにエネルギー供給基地が国内最大の港湾都市ハイファ周辺に密集しているため、電力の総供給量が激減し、国内各地の電力消費量を循環停電で抑制しなければならないほど深刻な事態になっています。
どう考えてもおかしいのが、12日間戦争全体でイスラエル側の死者数が29名だったという数字です。民間人犠牲者数はいっさい数えず、兵士の中でも戦闘行動中の死者(Killed in Action)だけを数えたにしても、あまりにも人数が少ないと思います。
構想15年と言えば、もう少し気の利いたことを思いつきそうなものですが、なんと15年かけて策定したのは、換気孔開口部を覆っている被覆をはがして開口部を丸見えにするにはここを狙いなさいというだけの作戦でした。
アルウデイド基地の中心部に構築されたレイドーム(レーダードーム)という全方位パラボラアンテナとその操作を行う管制指令室の入った球形の建物だけがきれいに破壊されて、その他の建物はまったく無傷で残っているのです。
ここには、アメリカの軍需産業各社がロケット打ち上げプロジェクトを独占していた頃は荷重1キロ当たりの打ち上げ費用は高止まりしていたけれども、一般消費者を相手にEVを売ることから出発したイーロン・マスク率いる航空宇宙企業であるスペースX社が参入してから1キロ当たりのロケット打ち上げ費が劇的に低下したことが紹介されています。
一目瞭然「アメリカが冷戦に打ち勝つ1990年代初めまでは軍・民双方を顧客としていた企業群が軍需産業の主流だったが、その後はどんどん国だけを顧客とする企業が主流になって、アメリカの軍需産業全体が弱くなった」というわけです。
ついにイスラエルがガザ全域占領とヨルダン川西岸地区での「入植地」拡大に踏み切りました。これまでも救援物資の搬入を阻止されて飢餓状態が続いていた非武装のパレスチナ民間人への殺傷行為が激化するのは、ほんとうに許しがたい人命の尊厳に対する冒涜です。
ただ、これでイスラエルが滅亡への道をたどり始めたことも明白で、それと同時にいつまでもイスラエル全面支援を続けていれば、アメリカもまた存亡の危機に立たされるでしょう。
今回はウェブマガジンで前後編2回にわたってお送りした同一タイトルの記事のYouTube凝集版に最新情報を加えてお届けします。
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イスラエル「核兵器保有の切迫した危機」を口実にイランを空爆
イスラエルは「イランの核兵器保有が切迫した危機となっている」ことを口実に、今年6月13日爆撃機とミサイルを併用してイラン各地を爆撃しました。
「イランが今にも核兵器を保有できるところまで開発を進めている」というのは、次の表でご覧いただけるようにネタニヤフがイスラエルの首相を務めるようになる前から決まり文句のように繰り返してきた主張です。
この表をネタニヤフがイスラエル首相を務めていた1996~99年の第1期、2009~21年6月の第2期、そして約1年半の短い空白期間を挟んで2022年12月から現在に至る第3期と比較すると、いろいろ興味深いことが分かります。
まず、ネタニヤフは首相在任中かどうかにかかわらず、ほぼ毎年イラン核兵器保有の危機を訴えつづけていました。ただ、最初に首相に就任した翌年である1997年から野に下っていた2002年までと、2014年から2020年まではこうした発言を控えていたのです。
ネタニヤフには世界中のどこの国の首脳陣よりも、米国大統領と側近たちの動向について早く正確な情報が入ってきます。
そう考えると、ハイテクバブル崩壊前後の1997~2002年の6年間と、世界的には国際金融危機が解決してほぼ平穏な日常が戻ってきたと見られていた2014~20年の7年間こそ、ネタニヤフでさえ「今、アメリカを対イラン戦争に引きずり込んではまずい」と自重するほど、アメリカが深刻な危機に直面していた時期だったのではないでしょうか。
しかし、それ以外ではまるで放射性物質の半減期をなぞるように毎年少しずつ切迫感を高めるような時期設定をして「イラン核兵器保有の危機」を煽りつづけてきました。
そして、ついに今年「あと数日か数週間」というところまで危機感を高めてから、6月13日のイラン空爆に踏み切ったわけです。
イスラエルが抜き打ちで戦端を切ってからの半日は、爆撃機、ミサイル、イラン国内に設定した仮設兵器工場で製造した地上爆弾などを駆使して、イラン革命防衛隊本部ビルを跡形もなく消滅させるなど、重要な軍事施設や防空網管制施設を狙い撃ちで破壊しました。
しかし、このままではイスラエルの一方的な勝利に終わるかとも見えたイラン・イスラエル「12日間」戦争の最初の半日のうちに、じつはイスラエルにとっては期待外れの事態が起きていたのです。
それは、イスラエル軍がこのイラン侵攻を「立ち上がるライオン」作戦と名付けていたことからも推測することができます。ライオンは、1979年にホメイニ師を最高指導者とするイスラム革命が成功するまでイランを支配していたシャー・パーレビ政権の象徴です。
パーレビ独裁時代のイラン国旗には、太陽を背にして前足で剣を握ったライオンが描かれていました。つまりイスラエルは、自国軍がイランに攻めこめば、イスラム神政に不満を抱いていたイラン国民が立ち上がって、政権転覆への運動が盛り上がると思いこんでいたのです。
この期待は完全な空振りに終わりました。むしろ、イスラム神政には批判的だったイラン国民でさえも、イスラエルによる突然の空爆に対しては一致団結して抵抗することを選んだのです。
次のテヘラン空襲の写真に添えた文章は、イランで長年にわたって女性の地位向上運動に取り組んできた結果、2023年にノーベル平和賞も受賞したナルゲス・モハンマディさんが書いたものです。
まさにイスラエル首脳としては、自軍を「解放軍」として歓迎してくれるだろうと思っていたこの人が、イスラエル軍に対して侵攻をすぐやめてくれと声を上げたのです。つまり、パーレビ政権を慕っていたはずのイラン国民という「獅子」は立ち上がらなかったのです。
そもそも、ガザやヨルダン川西岸地区であれほどパレスチナ人に対して暴虐のかぎりをつくしている連中を解放軍として歓迎してくれる人たちがいると妄想すること自体、とんでもなく傲慢で見当はずれなものの見方です。
でも、完全に狂気に支配された国ですから「パレスチナ人など何千人、何万人殺しても自分たちが嫌われる理由になるはずがない」と勝手に思いこんでいたのでしょう。
イスラエル側にはそれ以外にもいくつかの誤算がありました。そのひとつが開戦後約半日間のイスラエルによる一方的な攻勢は、かなりの犠牲を覚悟した上でイラン側が見せた誘いの隙だったことです。
態勢を立て直してからのイランの反撃は、イスラエルが予想していたよりはるかに強烈でした。そこには、今回の主題であるアメリカの軍需産業がワイロ漬けで極端に開発能力が低下し、高くて粗末な兵器しか作れなくなっているという事情が介在していたのです。
性能競争で勝ったイランのミサイル
いつイスラエルに加担した米軍に直接攻めこまれるかもしれないことを認識していたイラン政府・正規軍・革命防衛隊は、短距離軽量級から長距離重量級まで多種多様なミサイルを豊富に備蓄しています。その概要は次の図表のとおりです。
この点については、ごく最近イスラエルで発行されているヘブライ語新聞『イェディオト・アーロノト』紙が、ペンタゴンの内部資料に以下のような記述があったとすっぱ抜いています。
12日間戦争でイスラエルが発射したサード型迎撃ミサイルは100発以上に及んだが、これはすぐさま実戦に投入できるサードミサイル全在庫の約4分の1に当たる。その補充は遅々として進まず、2024年には11発しか製造できなかったし、今年も12発しか製造できない見通しだ。このままイスラエル軍にサードミサイルを発射させておけば、米軍自体の対ミサイル防衛能力にも支障をきたすことになる。
イラン側はまさにこの敵側の弱みを正確に把握した上で、反撃に出た際にはまず形式が古くて廃番にする直前のミサイルを大量に発射する飽和攻撃を仕掛け、迎撃ミサイルの残量が少なくなった時点を見計らって極超音速(Hypersonic)ミサイルを繰り出したのです。
極超音速とは、超音速(Supersonic)と呼ばれるマッハ1を超えたスピードのミサイルに対し、定義上はマッハ5以上でだいたいにおいてマッハ7~10くらいにスピードを保てるミサイルのことです。
また極超音速ミサイルの中にも上の図表の右側に示すセジルのような弾道を描いて発射されるもの以外に、弾道を描かず比較的低空を滑るように飛んで行く滑空飛翔体と呼ばれるミサイルも、すでに実戦に投入しています。
今回のイスラエルに対する反撃の過程で、イランは世界で初めてコーラムシャー(カイバー型とも呼ばれる)という極超音速飛翔体を弾頭も装着して、イスラエルに着弾させた模様です。
ロシアはウクライナ戦線で威嚇ないし警告として、弾頭をつけていないオレシュニク型極超音速ミサイルを着弾させていました。
この極超音速ミサイルの特徴は次の図解が示すとおりです。
レーダーは目標物が、一定の仰角を越えた高さに来るまで探知できないので、レーダーが探知できた頃にはもう標的のすぐ近くまで迫っていることになります。
さらに、空気密度の差に微妙なでこぼこがあると、そこで水切り石が跳ねるように跳ねながら進むので探知はさらにむずかしいけれども、地表近くを飛んでいるので標的間近に迫っても方位や角度を調節しやすいという利点もあります。
ようするに様々な点で、発射地点、自重、推進力、発射角度、発射方位をつかめばその後の軌道を推定しやすく、迎撃にかなり時間をかけることも可能な弾道ミサイルに比べて、はるかに探知がむずかしく、標的と着弾地点との誤差も小さくできるミサイルなのです。
なぜアメリカの兵器産業はこれほど利点の多い極超音速ミサイルを開発できずにいるのかというと、ワイロ漬けの産業の常として、ありとあらゆる兵器や部品をすさまじく割高にしてしまったために、自縄自縛に陥っているという事実が浮かび上がってきます。
こんなに性能の良い新兵器を性能に見合った価格で売れば、ほとんど実用性がないほど高額になってしまうし、もしこれだけは破格の「安値」販売をしたら他の兵器がほとんど売れなくなってしまうという、純粋に企業利益の観点から開発が棚上げになっているのです。
イスラエルは、このままイランのミサイル攻撃を受けつづけると12~14日間で迎撃ミサイルの在庫が底をついてしまうと分かってアメリカに泣きつき、アメリカ側からイランに休戦を持ちかけたのが、開戦後12日目に当たる6月24日のことでした。
しかし、イスラエルはイランに突然攻撃を仕掛けて無事に済むほどの軍事力、経済力、人口力を持ち合わせていたのでしょうか。
対イランとなるとイスラエルは蟷螂の斧
『世界の軍事力(Global Fire Power)』という定期刊行物が、世界145カ国について様々な視点から軍事力ランキングをつくり、特定の2カ国が実際に戦争状態に入ったら、どういう結果が出そうかを推定する材料を提供しています。
ここでは、まず8項目からなる総合力の優劣と、その中でも近代国民国家の総力戦になってからはいちばん重要度が高いと思われる財政・金融力比較から見ていきましょう。
空軍力のイスラエル優位についてはちょっとあとで詳述しますが、地理的特徴でのイスラエル優位はあきらかにおかしいと思います。細かい項目を読むと狭い国土なので交通輸送インフラなどの整備が進んでいることがイスラエルを高く評価する理由となっています。
ですが、全面戦争になった場合、決定的な要因になるのはリスク分散ができる広大な国土を持っているかどうかでしょう。
その点では、日本の四国地方にほぼ等しい2万2000平方キロの国土に900万人が住むイスラエルは、その75倍に当たる165万平方キロの国土に約8300万人が住んでいて、しかも国土の多くが険阻な山岳地帯になっているイランよりはるかに不利だと思います。
右側の財政・金融力に眼を転じると、目立つのは小国としては身分不相応なほど大きなイスラエルの対外債務です。これほど大きな対外債務をしょいこんでいる最大の理由は、やはりパレスチナ人に対する不断の侵略などに要する軍事予算が肥大化していることでしょう。
また、その大きな対外債務をさらに上回る外貨準備を持っているのは、世界的に嫌われものとなっているのでさまざまな物資を買うにも金払いは良くしなければすぐ見放されてしまう程度の自覚は持っているということでしょうか。
続いて、空軍力・陸軍力の比較です。なお、海軍力についての比較を省略するのは、現代戦争では一にも二にもスピードが大事で、その点最新鋭空母や大型原子力潜水艦までふくめても、海軍全体が積極的に敵軍を打ち負かす決定要因となることはなさそうだからです。
フーシ派イエメン軍はドローンと肩撃ち式ミサイル以外には高速ボートだけで、アメリカ空母艦隊を紅海から追い出しましたし、ロシア軍が唯一劣勢なのは、海軍らしい海軍を持たないウクライナ軍に黒海艦隊の旗艦を撃沈された海戦だけですから。
さて空軍力比較ですが、戦闘機や爆撃機の機数にあまり大きな差はありません。いちばん大きな差がついているのは、攻撃用ヘリコプターですが、これは空軍対空軍の戦闘行動ではほとんど意味を持ちません。
自国内での反乱軍や暴動参加者をなるべく大勢殺傷するために低空でホバリングしながら機銃掃射をするための兵器です。あるいは、完全に敵国上空の制空権を握ってから、なるべく大勢非武装民間人を殺傷するためにも使います。
その意味ではいかにもイスラエル軍にふさわしい兵器で優位に立っていると言えます。
実際に2023年10月7日のハマス戦闘部隊によるイスラエル領内侵入事件中で最大の死者を出したミュージックフェスティバル参加者の無差別殺戮も、ほとんどがイスラエル軍のアパッチヘリからの機銃掃射で亡くなったことが判明しています。
空の戦いも、次第に戦闘機・爆撃機からミサイルとクローンが主役に移りつつありますが、ミサイル発射能力を規定する可動式ロケット発射装置台数は、このデータでは陸軍力に分類されています。ここではイラン755台対イスラエル150台と、イランが圧倒的に有利です。
また戦車や装甲車の台数でも、イランがかなり差をつけた優位にあり、陸軍力でイスラエルが勝っているのは自走砲の台数だけ、それも比較的小さな差となっています。
イスラエルの戦車台数が全部で12台というのは、戦車隊同士の戦いなどはまったく考えておらず、抵抗もできない民間非戦闘員をキャタピラーで踏みにじるためだけに存在する戦車だということでしょう。
今度は、私としては財政・金融力の次に大事な2位の座を争うと見ている人口力とエネルギー資源力の比較です。
一目瞭然、左側の人口力でイスラエルが勝っているのは、予備役人口がイランの35万人に対して46万5000人と多いことだけです。ですが、正規軍の現役兵員が17万人なのに対して、その3倍近い人数を予備役として確保しているのは異常です。
いつでも大量動員をかけて正規軍の規模をほぼ4倍にできるという周辺諸国への威嚇なのでしょうが、これだけの人数のイスラエル国民がいつ戦場に引きずり出されるか分からない状態で暮らしていること自体、大きな反政府運動のきっかけになりかねないと思います。
実際にはこの表では46万5000人となっている予備役人口は、長引くガザでのジェノサイド戦争に加えて、対イラン12日戦争ではイスラエル側の戦死者も多かったために、ほぼ3万5000人が正規軍に組み入れられて、43万人に減少しています。
そして、ガザやヨルダン川西岸地区の実戦から復員した兵士たちのあいだで、自軍兵士の残虐行為を目撃したことによるトラウマを克服できずに自殺する事例が増えています。
ガザ全面占領やヨルダン川西岸地区の入植地域拡大、はてはシリア南部の武力制圧まで手を広げれば、こうしたケースはさらに激増するでしょう。
ネタニヤフが「ガザ全面占領のために、今年11月までに予備役40万人を動員する」と豪語したとか、前線の指揮官が「全面占領のためには、現状ですでに兵員が6万人不足している」と指摘したとかの報道があります。
これはあとで詳しく論じますが、もうイランとことを構えるのはこりごりと思っているアメリカ軍を強引に対イラン戦争に引きずりこむために「イスラエル軍はガザ全面占領だけで手一杯だからイランは米軍が引き受けてくれ」という、アメリカ国内の親イスラエル好戦派政治家たちへのメッセージでしょう。
エネルギー資源力にいたっては、まったくイスラエルに勝ち目がないことは明白です。イスラエルのほうが多いのは、石炭消費量だけですが、これはもちろん特に戦時でエネルギー資源の希少性が高まったときには、少ないほうが有利です。
なお、天然ガスの消費量はイランのほうが約23倍とはるかに多いのですが、しかしその消費量は国内で生産している量より少なめにとどめています。
そもそもイスラエルがイランに正面戦を挑むこと自体が自殺行為とさえ言えるほど成算のない強がりに過ぎなかったのですが、それでも実際にやってしまったのは、手に負えなくなったらいつでもアメリカが助けてくれるという思いこみがあったからでしょう。
私はそこに、イスラエル側の最大の誤算があったと思います。というのも、第二次世界大戦直後の贈収賄奨励法制定以来、延々とワイロ漬けで肥え太ってきたアメリカの軍需産業、国防族政治家、そして高級将校、高等文官たちは、いつのまにか世界最強の軍事力を喪失していたからです。
アメリカの軍事力は世界最強ではない
その兆候が顕在化したのは、アメリカの全面支援を受けてフセイン独裁下のイラクがイランに侵略戦争を仕掛けたイラン・イラク戦争(1980~88年)頃のことでした。
イスラム革命以来、アメリカの経済封鎖で孤立無援状態になったイランを、朝鮮戦争(1950~53年)以来はるかに長期にわたって経済封鎖下にあった北朝鮮が兵器や軍事技術で支援し、イランからエネルギー資源を受け取るという関係が成立しました。
イラン・イラク戦争の頃の北朝鮮製(あるいは北朝鮮から供与された技術でイランが製造した)戦車は、ちょっと乗るのが恐そうな出来栄えでしたが、お互いにほかに頼る国もなく、必死で国家として生き延びるために軍事力の向上に努めたわけです。
現在の北朝鮮は軍用航空機製造技術では一流、ミサイルの先端技術ではロシアやイランほど進んではいないけれども生産量では世界一と言われるほど成長しています。
イランが軍事力でイスラエルのみならずアメリカとも互角以上に戦える国になった背景に、今どき珍しいスターリン主義的な社会主義国で、最高権力者が血筋で決まる王朝を形成している北朝鮮の支援があったという事実には、歴史の皮肉以上のものを感じます。
イランミサイル攻撃の戦果
それはさておき、12日間戦争でのイラン側最大の戦果は、非常に無駄の少ない戦略的要衝ばかりの狙い撃ちで、イスラエル国民の日常生活に大きな支障をきたすほどの被害を与えたことでしょう。
逆にイスラエル側から言えば、重要な戦略拠点、とくにエネルギー供給基地が国内最大の港湾都市ハイファ周辺に密集しているため、電力の総供給量が激減し、国内各地の電力消費量を循環停電で抑制しなければならないほど深刻な事態になっています。
イスラエルに関する悪いニュースにはアメリカの大手メディアで強力なフィルターがかけられているのでご存じの方が少ないのですが、イスラエルは毎年200~300億ドルの貿易赤字を垂れ流していて、貿易収支の順位は世界195カ国中180位前後に低迷しています。
そういう背景を知ると、キリヤットガット産業都市にはかつて半導体製造でガリバー型寡占だったインテルが、輸出総額の64%を賄う大工場を操業していたという事実は、アメリカのハイテク大手がどれほどこの大量殺人国家に肩入れしているかを象徴する事実でしょう。
しかし、そのインテルイスラエル工場もイランのピンポイントミサイル攻撃で大破し、復旧のめどは立っていません。被害状況を写真で見ると、次のとおりです。
ですが、その下のワイツマン科学研究所の被害はかなり衝撃的です。もともと胴のあたりが丸く膨らんだ設計の建物ですが、ミサイル着弾時の実写映像を見ると、建物内に置かれていた研究・実験装置、PC、書類などがほとんど根こそぎガラス窓を突き破って外に散乱した印象があります。つまり、建物のほぼ真ん中をミサイルが直撃したのです。
さらに、右側の建物はテルアビブの高層住宅ですが、かなり大きな被害が出ていることは間違いありません。ただ、次にご紹介する被害状況を数量的にとらえた表では、今回の12日間戦争に限ってイスラエル当局は戦死した兵士の人数だけを公表して、民間非戦闘員の死者数は公表していないようです。
どう考えてもおかしいのが、12日間戦争全体でイスラエル側の死者数が29名だったという数字です。民間人犠牲者数はいっさい数えず、兵士の中でも戦闘行動中の死者(Killed in Action)だけを数えたにしても、あまりにも人数が少ないと思います。
イスラエルという国は、平然と何千人、何万人という数のパレスチナ人を虐殺するくせに、自国民が数十人、数百人殺されるとこの世の終わりのように大騒ぎし、それを数千人、数万人単位で報復殺人をするための口実にする国です。
2023年10月7日のハマス戦闘部隊侵入事件にしても、自軍のアパッチヘリによる機銃掃射で亡くなった自国民のほうがハマスによって殺された人より多かったにもかかわらず、自国民の死者が1200人に達したことをパレスチナ人皆殺しを正当化する理由としてしまう連中です。
そのイスラエル政府が、この12日間戦争に限って犠牲者数を過小に発表しているのは、アメリカにしがみついてさえいれば、自分たちは安全なまま周辺諸国の国民をいくらでも殺せるという「安心感」が揺らぐほど大きな被害を受けた証拠ではないでしょうか。
「真夜中の金槌」作戦のお粗末
さて、イスラエル政府になんとか敵(かたき)を討つてくれとせっつかれたトランプ政権は、もうミサイルの性能競争ではっきり負けたとわかっているので、いやいやながらイスラエルをなだめるためだけのお粗末な作戦を遂行しました。
イラン国内3カ所の原子力施設に爆弾を投下して、ウラン濃縮施設を破壊しようという触れ込みだったのですが、まず作戦名からして迫力不足なことおびただしい軍事行動でした。
真夜中の雷(いかづち)作戦ならまだしも迫力がありますが、真夜中の金槌作戦では夜中にこっそり忍び込んで、トンカチでひと叩きしたらどの程度ダメージを与えたかも確認せずに逃げ帰るだけのお粗末な作戦というイメージしか浮かびません。
そして実際にその程度の作戦だったのです。
構想15年と言えば、もう少し気の利いたことを思いつきそうなものですが、なんと15年かけて策定したのは、換気孔開口部を覆っている被覆をはがして開口部を丸見えにするにはここを狙いなさいというだけの作戦でした。
一応貫通深度最長のバンカーバスター爆弾を投下したことにはなっていますが、照準を合わせた換気孔にぴったり的中したとして、どこまで深く貫通することができるのか、地下80~100メートルの深さにあるウラン濃縮設備にどの程度の被害を与えることができるのかをきちんと検討した気配はありません。
トランプは例によって「フォルドウのウラン濃縮施設は完璧に抹消した」と大口をたたきましたが、これは自慢というより、イスラエル政府に対する「これ以上何もする必要がなくなった」という言い訳でしょう。
バンカーバスターがすっぽり換気孔の中に収まって摩擦による破壊力低下もなく無事ウラン濃縮施設まで届くという奇跡のような幸運に恵まれなければ、最大貫通深度61メートルの爆弾で地下78~98メートルにある濃縮施設を破壊するには、まったく同じ地点に2発バンカーバスターを立て続けに投下する必要があります。
ある軍事アナリストは「やりもせずに不可能と断言することはできないが、今まで実戦状況の中で一度も試されたことのない高度なテクニックと幸運を要する作戦だ」と述べています。つまり無理に決まっているということです。
イランの反撃は果敢だった
「真夜中の金槌」作戦に対するイランの反撃は迅速かつ果敢で、中東諸国に置かれた米軍基地の中で最大のアルウデイド空軍基地に十数発のミサイルを撃ちこみました。
その大多数は意図的に近隣の空き地に着弾させたのですが、1発はこの空軍基地の中枢神経とも言うべき場所を直撃したのです。
イラン側から連絡があった。「自国の原子力施設にあんなに大きな被害が出たのに、何の報復もしないと、国民に腰抜けと非難される。だから、アルウデイド基地そばの空き地に十数発ミサイルを撃たせてくれ。絶対に実害が出ないようにするから、これで手打ちということにしてくれないだろうか」ってことだった。実際に、義理堅く、1発残らず何も置いていない空き地に着弾したので、それでいいことにしてやった。
真相はどうだったのでしょうか。その答えは次の4枚組写真にはっきり出ています。
アルウデイド基地の中心部に構築されたレイドーム(レーダードーム)という全方位パラボラアンテナとその操作を行う管制指令室の入った球形の建物だけがきれいに破壊されて、その他の建物はまったく無傷で残っているのです。
あらゆる無線情報の送受信、中継、傍受をおこなうレイドームは、現代空軍基地の中枢神経とも言うべき最重要施設です。その施設だけを狙い撃ちで破壊して、他の建物は無傷で残している理由はなんでしょうか。
「やる気になれば、戦闘機や爆撃機の格納庫、爆弾やミサイルの貯蔵庫、兵舎だって壊滅させることができるけれども、今回は中枢神経だけを狙った。次はもっと大きなダメージを覚悟しろ」という警告です。
そして、基本的に極超音速ミサイルに太刀打ちできるスピードの兵器をもっていない米・イスラエル連合軍には、有効な迎撃手段がないのです。
なぜ米軍は最強ではなくなったのか
なぜこんなに情けないことになってしまったのでしょうか。
表面だけ見れば、アメリカの国防予算は今でも他国の国防予算を圧倒しています。具体的な数字で言うと、2023年のアメリカの国防予算8770億ドルは、2位中国から12位イタリアまで11ヵ国の国防予算の合計額より大きいのです。
2022年から2023年にかけてこの15ヵ国で国防予算がどの位増えたか(名目増加額)、そしてもし各国が購入した軍需物資がすべてアメリカ並みに高価格だったとしたら、それぞれの国は米ドルでいくら分の軍需物資を買ったことになるか(実質増加額)というグラフです。
当然、アメリカはいつも名目と実質の増加額が同じです。
当時すでにロシア軍による自国領土への侵攻に直面していたウクライナも、名目ではアメリカとほぼ同額の200億ドルの国防予算増加がありましたが、軍需物資が割安だったので、アメリカで買っていたとしたら1150億ドル分の軍需物資を買えたことが分かります。
基本的には、旧ソ連東欧圏諸国とアルジェリアでは軍需物資が非常に割安なことが明瞭に読み取れます。ほとんどの国で軍需物資はアメリカよりは割安ですが、ドイツ、イギリス、イスラエルのようにアメリカの軍需産業からの調達の多い国は、アメリカ以上に軍需物資が割高です。
中国もアメリカよりは割安なのですが、ソ連東欧圏ほど大きな差ではありません。巨大寡占企業がスポンサーとなって政治家を操って自分たちに都合のいい法律や制度をつくらせるアメリカ型の利権社会ではありませんが、中国も一党独裁の共産党幹部が既得権益グループに利権を分配する利権社会なので、やはり軍需物資は割高なのでしょう。
パランティアが挑む割高な軍需物資の謎
これは文字どおり皮肉なのですが「アメリカの兵器はなぜこんなに割高なのか」という謎にもっとも本格的に取り組んでいるのは、軍需産業アナリストたちではなく、暗殺優先順位策定アプリでイスラエル軍によるパレスチナ人ジェノサイドに大いに貢献しているパランティアです。まず次のグラフをご覧ください。
ここには、アメリカの軍需産業各社がロケット打ち上げプロジェクトを独占していた頃は荷重1キロ当たりの打ち上げ費用は高止まりしていたけれども、一般消費者を相手にEVを売ることから出発したイーロン・マスク率いる航空宇宙企業であるスペースX社が参入してから1キロ当たりのロケット打ち上げ費が劇的に低下したことが紹介されています。
さらに、パランティアは、アメリカの軍需産業の主流を占めていた企業が時代の変遷によってどう変わってきたかを、どんな顧客層を相手にしていた企業が多かったかから再検討します。次の2段組グラフの上段です。
一目瞭然「アメリカが冷戦に打ち勝つ1990年代初めまでは軍・民双方を顧客としていた企業群が軍需産業の主流だったが、その後はどんどん国だけを顧客とする企業が主流になって、アメリカの軍需産業全体が弱くなった」というわけです。
さらに、下段で「アメリカと中国の軍需産業大手を比較すると、アメリカは国防専業に近い企業が多いのに、中国は国防と民需双方で売上を伸ばしている企業が多い。アメリカの軍需産業は国という甘い発注者だけを相手にしていたのでコスト削減努力を忘れてしまった。だから、軍需産業再建には軍需・民需双方で売上を伸ばす企業を育てるべきだ」と結論します。
ここで問題になるのが、中国の軍需産業もまたけっこう割高な兵器を量産しているという事実です。さらに突っこんで言えば、アメリカの国防総省のお偉方たちが諸外国と比べてもとくに軍需産業に甘い発注をするのは、アメリカがワイロ万能社会だからです。
パランティア自身が長い赤字垂れ流し期間をCIA直属のベンチャーキャピタルからのミルク補給で生き延びてきた企業なので、それはなかなか言いにくいことではありますが。
もうひとつのポイントは、「軍需も民需も」という手広い経営をしている企業は、ワイロを渡す相手も広く分散しています。つまりロビイング投資の効率が悪いのです。
最近、アメリカでは非常に巨額の時価総額を謳歌する企業でも専門として特化する分野が極端に狭いというケースが増えていますが、これもまたロビイング投資効率の問題でしょう。
アメリカの軍需産業がどんどん弱くなり、世界的な技術競争についていけなくなっている最大の理由は、幅広い顧客層を失ってしまったからではなく、ロビイングさえしておけば楽をして儲けつづけることができるので、技術革新への意欲も低下しきっていることでしょう。
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