ローマ帝国の滅亡やら、なんやらかんやら ご質問にお答えします その42
こんにちは
第一次世界大戦で短期的な落ちこみがあった以外は、アメリカ経済全体が豊かになるにつれて、階段を一段ずつ昇るように高原状態を形成しながら伸びていた住宅着工が、移民制限法の実施によって激減し、住宅はすそ野の広い産業ですから、経済全体が停滞したのです。
「2014年になってもまだ日本が世界一だったのか。それに引き換え、今ではもうアメリカには相当引き離されているし、ひょっとしたら中国にも抜かれているんじゃないだろうか」とお考えの方が多いのではないでしょうか。
これまでずっと、しっかりした論理と信頼のおけるデータによって裏付けた文章しか書かないというスタンスで、このブログもウェブマガジン「増田悦佐の世界情勢を読む」も執筆してまいりました。
これからも論理的整合性や実証性のないことは書かないという基本姿勢に変わりはありませんが、多岐にわたるご質問になるべくまとめてお答えしようとすると、いちいちデータを添えていることを煩瑣と感じる方もいらっしゃるかもしれないことに気づきました。
そうした場合には、ブログでは文章中心で最重要と思うデータに絞ってご紹介し、もっと詳しく知りたいとお思いの方には、より充実したデータも書き添えたウェブマガでご覧いただくというかたちをとってみようかと思っております。
ちょうど、非常に多岐にわたるご質問をいただいておりますので、そのお答えを、ここではデータをやや端折って書き、ウェブマガではきちんとデータを揃えて詳しく論じさせていただこうと思います。
まず、ご質問のリストをご紹介します。
1.崩壊期西ローマ帝国と現代米国の共通点
いろいろ共通点はあります。たとえば、財政難で「パンとサーカス(食費支給と派手なスペクタクルの提供)」によって市民たちの不満を懐柔することができなくなってきたこともそのひとつです。
また、西暦4~5世紀はコンスタンチヌス帝によって「国教(と言っても、当初は布教を迫害・弾圧されることがなくなっただけだったのですが)」となったキリスト教が、従来盛んだったローマ神話の断片的なエピソードにもとづく土俗信仰に対する力を強めていった時期です。
経済が停滞し、世相がすさむにつれて、「もっと禁欲的に」と熱心な信者のみならず一般市民まで抑制しようとするキリスト教聖職者たちと、もともとかなり奔放だった性のあり方をさらに刹那的、さらに猟奇的にしようとする人たちのあいだで衝突が増えました。
かのユリウス・カエサルも「すべての妻の夫であり、すべての夫の妻である」と言われたくらい、女性ばかりでなく男性との間でもいろいろロマンスを発展させた人でした。
どちらが旧勢力でどちらが新興勢力かは逆ですが、性的ダイバーシティと女性の選択の自由を尊重する人たちと、すべての妊娠は神からの授かりものだからどんな場合であれ中絶は絶対にいけないという人たちの角逐は、西ローマ帝国崩壊期に似ています。
でも最大の共通点は移民に対する態度の激変でしょう。興隆期のローマが小さな都市国家から地中海沿岸をほぼ完全制覇するまでに成長したのは、ローマ以外で生まれ育った人たちがローマの市民権を取ることについて、非常に寛容だったことが大きいと思います。
しかし、4~5世紀ごろになると、市民たちの中でも国家支給の食べもの以外は食べることもできず、奴隷より生活水準が低い人たちを中心に、これ以上市民権取得者(移民)が増えると、自分たちの取り分がさらに減ることを恐れて、市民権取得の敷居を高くしろという運動が起きました。
しかし、4~5世紀ごろになると、市民たちの中でも国家支給の食べもの以外は食べることもできず、奴隷より生活水準が低い人たちを中心に、これ以上市民権取得者(移民)が増えると、自分たちの取り分がさらに減ることを恐れて、市民権取得の敷居を高くしろという運動が起きました。
新しく市民権を取ろうとする人たちのほうがずっと勤労意欲は高いでしょうし、ローマの城壁内にいつまでも市民権を取れない身分の不安定な外国人が存在しているほうが危険です。市民権取得者の増加で、むしろ養ってくれる人手が増えるはずなのに、ずいぶん不利な方向を望んだものです。
現代アメリカのトランプ政権も、第一次世界大戦中から1930年代までを除けば、ほぼ一貫してアメリカ経済の成長の源泉のひとつであった移民を極端に制限し、非合法移民ばかりか合法的にアメリカに来て市民権を得た人まで、気に入らない人間は強制送還するという暴挙に出ています。
これはもう、1920年代に三次にわたって制定した移民制限法によって、民間住宅建築が激減し、ふつうの景気後退で済んでいたかもしれない1929年大恐慌(一時的な株の投げ売り)後のアメリカ経済を大不況に追いやってしまった教訓をまったく学んでいないと思います。
そしてこの時期の移民が西欧からの人たちばかりになったのも、決してそれ以外の地域からの移民志願者が減ったからではなく、排外主義が蔓延している国に行けば迫害されるかもしれないと思う人も多かったからです。
もう働ける状態になってから来る人が多いので、移民による人口増加はすぐ住宅需要の増加につながります。逆に、新移民の人数がピークの1%にも満たないほど減ってしまえば、働き手も減るし、住宅需要も激減します。その証拠が次のグラフです。
第一次世界大戦で短期的な落ちこみがあった以外は、アメリカ経済全体が豊かになるにつれて、階段を一段ずつ昇るように高原状態を形成しながら伸びていた住宅着工が、移民制限法の実施によって激減し、住宅はすそ野の広い産業ですから、経済全体が停滞したのです。
トランプ政権が取締りを強化して以来、メキシコから陸伝いに警備の手薄な場所で国境を越えてやってくる非合法移民ほほぼゼロになっています。ですが、同時に正規の手続きで就労ビザを取る移民志願者も激減しています。
偏狭な排外主義に凝り固まった人たちの中に新参の外国人として入りこめば、運が悪ければどんな目にあわされるか分からないと不安を抱く人たちが増えているのでしょう。1929年の大恐慌を1930年代いっぱい続く大不況にしてしまった頃の世相とそっくりです。
2.米国経済崩壊後の中国、共産党は?
習近平が「永世首席なんだから、せめて毛沢東並みの武勲を挙げなければ」というようなバカげた方針を取らなければ、いずれは崩壊するにしても共産党一党独裁はしばらく生き延びるでしょう。
しかし、まったく軍務に就いたこともない習近平が本気で「台湾武力解放」などを企てれば、現役の人民解放軍幹部将校たちのあいだから内乱が勃発してあっさり共産党支配も消えてなくなるでしょう。
アメリカに勝利したばかりで意気軒高だったベトナム軍がポルポト政権によるすさまじい知識人弾圧を制止するためにカンボジアに侵攻した空き巣を狙うようにベトナムに攻め入ったとき以来、中国はインド軍との国境を挟んだ小競り合いはあっても本格的な軍事行動を経験していません。
ベトナム侵攻のときも、正規軍がカンボジアにいる間は、自警団や義勇軍相手に威勢よく進撃していたのですが、ベトナム正規軍が返ってくると全く歯が立たず、ほうほうの体で逃げ帰ったのが実情です。
人民解放軍の中でも当時の自分たちの実戦経験のなさを身をもって知っている人たちはほとんどいなくなりましたが、それでも本来内乱鎮圧用で外敵と対峙するための訓練を受けていない自軍の弱さは、わかっているはずです。
3.反習近平民主化とその後の中国は?
もし人民解放軍の内乱で現政権が倒れるとすれば、軍管区ごとの疑似「軍閥」の割拠というようなことがあるかもしれません。
あるいは、いまだに都市戸籍を持った都市住民の3分の1ぐらいの生活水準に抑えられている農民の反乱が起き、それぞれの地方で日常使われている言語圏ごとの分裂が生じるかもしれません。
経済的には都市戸籍持ち都市民と農民の中間ぐらいだけれども、何十年都市に住んでいても出稼ぎ農民の短期居住と見なされるので政治的・社会的には無権利状態に置かれている「民工(出稼ぎ農民)」と農民の連携した反乱となれば、いちばん民主化に近い道をたどることができそうですが、そううまくいくかどうかは分かりません。
他国の政治がどう動くかで日本がほんとうに平和でいられるかどうかが決まるという発想には、同意しかねます。
どこの国も他国が平和でいられるようにと願って行動するわけではありませんし、逆に敵を完全に追い出すか、殺し尽くすまでは攻め続けるという国も、現代世界ではイスラエルぐらいのものでしょう。
完全な戦争状態の黒でもなく、真の平和の白でもなく、モノトーンのスペクトラムの中で、いかに薄いグレーに持っていけるか自分たちでできることを考えるべきでしょう。
4. 生成AI、ヒューマノイドロボット等々
そもそも私は、生成AIやヒューマノイドロボットなどが最先端技術だなどとは毛頭思っておりません。袋小路がそうとうどん詰まりに近づいた状態だと見ております。
私は、生成AI、再生可能エネルギーによる発電、EVを研究開発の三大愚挙と呼んでいます。どれもエネルギー収支から見て絶対にペイするはずのないことを「R&Dに大金を投じれば何とかなるかもしれない」などという浅薄な望みだけでやっているわけがないでしょう。
いずれも、利権社会の東西両横綱、アメリカと中国がシャカリキになってやっていることだと気づけば、なぜこんなに不毛な分野ばかりに巨額の資金が動くのか分かります。
利権によって私腹を肥やすことを目的に政治家をやっている連中にとって、いちばんサステナブルな(持続性の高い)利権は、国家補助がなければとうてい立ち行かない事業に補助金を出して、キックバックを貰うことです。
辛抱強く続けていけばそのうち自力で収益が上がるような事業は、そこで利権としての縁が薄れてしまう危険があります。だから、揃いも揃って、未来永劫にわたってペイするはずのないようなプロジェクトのために補助金をあさりに来た連中としっかりタッグを組むのです。
利権政治屋にそこまで自然科学的な見識も論理的な思考能力もありそうに思えませんが、おそらく補助金あさりに来た連中のさもしい目つきなどから、自分と同類だということに感づくのでしょう。
学術誌の論文掲載がピアレビュー(同輩研究者による査読)を必須条件とするようになってからの学術論文の世界には、まさに衆愚政治と呼ぶべき事態が起きています。
だれも自分が理解できていない論文を論評してとんでもない誤解をしていたことがばれないように、だれでもわかる内容で、百度も千度も証明済みのことをちょっとサンプルを変えただけのような論文ばかりが引用回数を稼ぎます。
その引用回数が多い論文を書いた人が一流研究者で外部資金を引っ張ってくるときの看板になるので、どこまで愚鈍で無内容な論文を量産できるかの勝負です。
失礼ながら、中国の大学や研究機関が一流学術誌に載った論文の引用回数トップテンのうち7~8スロットを占めているのは、まさに適材適所と言うべきでしょう。その山をなす論文の中から何かしら人類に役立つ新発見、新発明が出てきたら心の底からおめでとうと祝福して差し上げます。
5.ITにおける技術革新での日本の後進性
私には、なぜIT(情報通信テクノロジー)などというひねこびた分野にこだわられるのか、見当がつきません。
たとえば、モノを運ぶ時のことを考えてみましょう。質量をもった物体であれば、形があり、大きさがあり、重さがあり、硬さ・柔らかさがあり、固体、液体、気体の区別があり、同じ距離を運ぶにしても最適な方法は千差万別です。
デジタル化した情報は、文字、音声、画像、どれをとってもそれ自体に質量はないので、運ぶ方法は千載一律、ひたすらどれだけ速く、どれだけ大量に運べるかだけの退屈な世界です。
そのIT分野で後進的であるということは、その他のもっとはるかに実りの多い分野で先進的だということです。
6. 日本企業の競争力は上がらない?
日本の知識人が「日本はダメだ」と言ってさえいれば賢そうに見えるから、マスコミもそういう情報ばかり流すのでしょうが、こういうときこそ「お話」ではなく、確固としたデータをご覧ください。
2014年の時点で世界の革新的企業トップ100社の国別内訳は次のとおりでした。
「2014年になってもまだ日本が世界一だったのか。それに引き換え、今ではもうアメリカには相当引き離されているし、ひょっとしたら中国にも抜かれているんじゃないだろうか」とお考えの方が多いのではないでしょうか。
今年の3月に公表されたばかりの2025年版をご覧ください。
とくに惨めなのがアメリカで、チャラチャラした自己宣伝は得意でも、2014年段階に比べて、トップ100社に残っている企業数はほぼ半減です。生成AIとか、再生可能エネルギー発電とかEVとか、不毛な分野ばかりに注力しているから、当然の報いだと思います。
7. デジタル貿易の赤字5.5兆円?
まさに企業にとっても国家にとても得意不得意があるのは当然ですが、私は日本がITやデジタルに弱いのは、ほんとうに幸運だったと思っています。悪銭身に付かずで、IT、デジタル分野の大企業はどんなに時価総額が莫大になってもいつかコケると確信しています。
それ以上に、オフィス用アプリの抱き合わせ販売という明白な独占禁止法違反で巨万の富を稼いでいるマイクロソフトや、だれかがどこかでiフォンに入っているアプリを使うだけで自動的に不労所得を課金しているアップルのようなうっとうしい企業がでかいツラをしている国には住みたくないのです。
エヌヴィディアやオープンAIやテスラのようなイカサマ企業に至っては論外ですが。
私が注目したいのは、日本がこれからの乱世を生き抜くのに最適な貿易構造を持っていることです。まず、この先半年から1年で崩壊する可能性が高いアメリカが実際に高転びに転げ落ちたとき、日本の直接的被害はどの位だとお考えでしょうか。
そうとう深刻とお考えの方が多いでしょうが、間違いなく先進諸国でもっとも軽微です。
「いや、直接的にはそうでも日本から輸入した部品や中間財、資本財を使ってアメリカに輸出している国からの間接被害はあるだろう」とお考えでしょうか。それは中国だって、EUだって似たようなものです。
中国経済が突然消え失せたらどうでしょうか? 輸出と輸入をネットすると、測ったようにほぼ一致するのです。つまり、今まで中国に輸出していた分を国内消費に回せば、ほぼ影響なくやり過ごせます。
日本の大衆は賢いから、ちゃんと来たるべき危機に備えています。
8. 大企業がないのは弱み?
重厚長大型製造業が経済全体を牽引していた頃には、たしかに巨額の調達をする信用力があって、莫大な資金を投じて超大型設備を造って規模の経済を最大限に生かすことが最適解でした。
しかし、製造業の中でも軽薄短小型の羽振りが良くなり、さらにGDPの7~8割はサービス業が占めるようになった今の時代に、大企業であること自体にそれほど大きなアドバンテージはありません。
利権社会では、どんな産業分野でもロビイング投資の費用対効果が大手数社より超大手1社に圧倒的有利という事情はありますが。幸い、日本はそこまで腐敗が進んだ社会ではないので、それは考慮する必要がありません。
ごく最近まで、金融業者にとっては、超大手が時価発行増資にしろ、社債発行にしろ派手に資金を調達してくれるとたっぷり儲かっていましたが、最近では大手になるほど調達より増配や自社株買いで払い出しをするほうが多いので、金融業界にもあまりメリットはないはずです。
むしろ、このところマグニフィセント7などの時価総額が莫大な企業ほど、客観的な評価基準を無視して割高でも「買え、買え」と客に強要しているのは、破滅願望に近いものがあるのではないでしょうか。
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