なぜ企業CEOと金融業界出身者は大統領や重要閣僚に向かないのか?
こんにちは
まず、第二次世界大戦直後から1970年代半ばまでは、1960年代以降アメリカがベトナム戦争の泥沼にはまりこんでいったことと、リチャード・ニクソン大統領の任期中に難問山積となったこと以外は、比較的平穏な時代でした。
この法律が施行されてからというもの、有力産業の首位企業は軒並み設備投資やR&D投資より、ワイロで政治家を動かして自社に有利な法律や制度をつくらせたほうが「効率良く」収益を向上させることができることを実感して、そっちに経営の重点を置くようになります。
まさに企業CEOが大統領をしてはいけない理由をもろに開陳したインタビューになっています。そして、トランプが対米輸出国全体に対してつけた関税のお値段は、どうやらひとりも買い手がつかないほどのすっ高値だったようです。
本来であれば、懲罰的な50%という高率関税を賦課する期日を6月1日から7月9日に繰り延べたというのは、良いニュースとして米国債の金利低下(=価格上昇)につながるはずです。ところが、市場はもうトランプの朝令暮改に嫌気がさしているので、「また変えたのか」という失望売りで金利が急上昇してしまったのです。
上段のブルームバーグ米ドル現物指数は、ひんぱんに貿易相手国通貨のウエイトを調整している上にデータの速報性も高いので、短期の値動きを観察するには適しています。ただ、集計を開始したのが2004年12月末と比較的最近であるため、長期サイクルを把握することはできません。
大企業の冗員を削減するには、従業員ひとりひとりの能力や仕事ぶりを査定していたのでは時間がかかり過ぎるから、効率の悪い部署を丸ごと解雇して、仕事のできる従業員数名を送りこんだほうが早いという教訓を対ゲリラ戦争に「応用」した結果だったのでしょう。
多分「経済なんてどうとでも理屈はこねられる。まっとうな意見で支持者が多ければ、当たったときの配当は少ない。すっ頓狂な意見なら、当たれば配当は大きい。外れたら、もっともらしい言い訳を考えるより、次から次にすっ頓狂な政策をひねり出していけばいい」とでも考えているのでしょう。
所得でいちばん下から20%の人たちの税引き後・所得移転後の手取り収入が13.6%も減る予算を組んでおいて「貧しい人たちに優しい予算」とはよく言ったものだと思います。これもまた金融業界からトランプ政権に入った人たちの「ディールとは交渉相手からできるだけ多くを巻き上げることなり」という世界観が言わせたセリフなのでしょう。
アメリカの政界には一種のジンクスがあります。「企業CEOとか金融業界出身者は一見経済運営がうまくできそうだけれども、こうした前歴のある人が大統領や重要閣僚になると、必ず経済で失敗する」と言われています。
そして、この現象はたんなる偶然や、運悪くだれがやっても失敗しそうな時期に貧乏くじを引かされたということではなく、論理的に考えれば当然の結果と言うべきなのです。
そこで今日は「なぜ企業CEOと金融業界出身者は大統領や重要閣僚に向かないのか」という疑問に正面から取り組みたいと思います。
まず、企業CEOの適性問題から、考察していきましょう。
お忘れの方や初めからご存じない方が多いのですが、企業は自由競争の市場経済の世界ではありません。典型的な統制経済の世界です。
企業経営者は自社の内外に向かって「これこれの仕事をだれがいくらで引き受けてくれますか?」と市場でセリにかけて、出来高に応じて賃金・給与を払うわけではありません。かなり小さな企業でも、やるべき仕事は多種多様です。
その多種多様な仕事を一々セリで落札した人に請け負ってもらっていたのでは、取引コストがかかり過ぎます。だから企業は、特定の人の労働時間をまとめ買いしておいて、勤務時間中はその人の労働力を自由に使いたいように使うという契約になっています。
そこでの企業CEOは、統制経済を仕切る独裁者です。確保済みの労働力は法律を侵したり社会秩序を乱したりしなければ、どう使おうと自由、ただしその結果として出てきた経営成績には全責任を負うことになっています。
もし、確保済みの労働力をどう使うかについて、社員全員、管理職全員、あるいは重役全員で合意が形成できるまでとことん話し合って決めていたら、おそらく同業他社に比べて決断が遅くなりすぎて、いつもパッとしない業績しか出せない会社になってしまうでしょう。
だから、企業CEOは基本的に独断専行でいいのです。もしその方針に逆らう従業員がいたら――現トランプ大統領がテレビのリアリティショーで連発して人気を博した言葉ですが――「お前はクビだ!」の一言で済ませていいのが、企業という社会なのです。
ところが、一国の元首ともなるとそうはいきません。国民の中には自分の言うことを聞かない人もいれば、やられては困ると思っていることをやってしまう人もいます。
しかし、国民は契約を結んで国民になったのではなくはじめから国民として生まれてきた人が大部分ですから、気に入らないからといってあっさり「お前はクビだ!」と言ってどこかほかの国に行ってもらうことはできません。
このできるはずのないことを堂々とやろうとしているトランプは、大統領としてそもそも不適格だと自分で証明しているようなものですが、トランプほど露骨ではなくても企業CEOから大統領になった人たちには、統制社会の独裁者のように振る舞う傾向が見られます。
そこで、第二次世界大戦以降大統領や重要閣僚になった人たちの中で、だれが企業CEOの前歴を持っていたのか、順を追って見ていきましょう。
まず、第二次世界大戦直後から1970年代半ばまでは、1960年代以降アメリカがベトナム戦争の泥沼にはまりこんでいったことと、リチャード・ニクソン大統領の任期中に難問山積となったこと以外は、比較的平穏な時代でした。
ですが、第二次世界大戦末期に前任のフランクリン・D・ローズヴェルト大統領の病死によって大統領に昇格したハリー・トルーマンは、ふたつの大罪を犯した人間で、私の見るところではドナルド・トランプと共に大統領不適格者の双璧をなしています。
トルーマンの大罪その1は、日本はすでに降伏に傾いていることを知っていながら、後世に何か偉大な業績を残したいという名誉欲に駆られて、多大な非戦闘員の犠牲が出ることを承知で広島と長崎に原爆を落とす命令に署名したことです。
とくに、2発目の長崎に落とした原爆は、広島のリトルボーイとは違う方式で製造されたファットマンも実戦使用に堪えることを証明する以外に何ひとつ意味のない「実験」によって、1945年12月末までで約7万4000人、その後被曝による重症で亡くなった方たちを含めると約14万9000人の尊い命を奪ったのですから、言語道断です。
大罪その2は、常々「お国のために一生懸命働いた政治家ほど引退後貧しい暮らしをするようになるのは可哀そうだ」と語っていた人なのですが、その「清廉潔白な政治家の引退後の処遇」問題の解決策です。
なんと、議会に登録したロビイストを通じてであれば、企業や富豪からのワイロを取り放題という稀代の悪法、「ロビイング規制法(=という名の贈収賄奨励法)」に署名してしまったのです。
トルーマンは、第一次世界大戦に1兵卒として出征したときの戦友と共同で設立した企業が1920年代に破綻したあとも、30年代大不況の中で律儀に残債を返しつづけた(自己破産制度を知らなかっただけという説もあります)人です。
贈収賄奨励法も、資金繰りに追われて前半生を過ごした零細企業経営者がいかにも思いつきそうな「解決策」だったのかもしれませんが、その影響たるやたんに議員やロビイストたちが肥え太っただけではありません。
この法律が施行されてからというもの、有力産業の首位企業は軒並み設備投資やR&D投資より、ワイロで政治家を動かして自社に有利な法律や制度をつくらせたほうが「効率良く」収益を向上させることができることを実感して、そっちに経営の重点を置くようになります。
私は、第二次世界大戦後のアメリカの経済成長率が、年代を追って低下し続けた大きな理由のひとつが、地道な投資活動よりロビイングという政治活動のほうが効率よく儲かることだと思っています。
また、いち早くこの法律のうま味をかぎつけたユダヤ系金融財閥の当主が、始めは自前でタネ銭を出したでしょうが、ワイロで釣って議員たちに巨額の連邦予算をイスラエルに横流しさせれば、そこから議員にたっぷりキックバックが返ってくる仕組みを確立しました。
その結果、イスラエルの政府・軍部と国民はほとんど自腹を切らずに、アメリカ国民の血税によって、パレスチナ人の土地や財産を奪い、米国製の最先端の兵器で戦争を仕掛け、多くの犠牲者を出しつづけているのです。
その中で目立つのが、ジェラルド・フォード、ジョージ・H・W・ブッシュ(父ブッシュ)、ジミー・カーターと、2期目の大統領選に負けた現職大統領が3人もいたという事実です。
このうち、フォードは、ウォーターゲート事件で任期半ばの辞任に追いこまれたリチャード・ニクソンの副大統領だったから大統領に昇格した人で、大統領選に勝った経験はなかったのですが、カーターとブッシュは自力で1期目の大統領選に勝ったのに、2期目で負けたのです。
大統領任期4年、最高でも2期までという慣行が1951年に正規の法律に格上げされてからは、自力で1期目の大統領選に勝った大統領はほぼ確実に2期目も当選することが多くなっていたので、これはかなり異例のことでした。
ふたりとも企業経営をしていた経歴があります。そして、カーターの場合には宗教的信念に関する問題で、ブッシュの場合には「レーガンのようなポピュリストではなく保守本流だ」という意識において、ほとんど妥協のない「独断専行」の人でした。
ゆったりとして柔らかな口調と穏やかな性格がもてはやされていたカーターの人気が一気に失墜したのは、テヘランのアメリカ大使館に学生運動のリーダーたちが乱入、占拠して大使館員40名余りを1年以上にわたって人質として拘束していた時期の無為無策のためだったと言われます。
ただ、そのはた目には無為無策だった長期にわたる人質事件への対応も「抜本的な打開策にはならなくても、何かしら努力をしているように見せるための対策を取るべきだ」という周囲の助言に対するカーター本人の拒絶反応が強かったそうなので、信念に殉じた2期目の敗北だったと言えるでしょう。
彼らふたりに比べると、ジョージ・W・ブッシュ(子ブッシュ)は、箸にも棒にもかからないドラ息子だったことが見え透くような前歴の持ち主です。
どうにもまっとうな仕事に就けそうもないから、父親が自分の顧問に雇って給料を払ってやることにしたら、その父親が大統領だったために、メジャーリーグの野球チームの共同オーナーになれるほど裏金が入ってきたというのが、社会人第1歩という人生を送った人です。
また、大統領になってからの演説などを聴いていても、さすがに2音節、3音節の単語はひんぱんに綴りを間違えるトランプほど無学ではないけれども、きちんと主語・述語・修飾節が揃った文章になっていない発言があまりにも多い人でした。
それでも、企業CEOとして活躍した経験がなかったことが幸いして、無事2期を務め上げたのです。それぐらい、政治は妥協の産物にしかならないことを知っている人間は、独断専行が習い性となっている企業CEO経験者に比べて有利なのです。
ジョー・バイデンの場合、2024年の大統領選に民主党公認候補として出馬したものの、途中で副大統領候補だったカマラ・ハリスに大統領候補の資格を譲っていたので、2期目の大統領選本選に挑戦して果たせなかったというわけではありません。
トランプの場合、父親から引き継いだ小さな不動産会社を全米に名の通った企業に育てたという成功体験の持ち主ですから、それほど大きな成功体験を持たないカーターや父ブッシュに比べても、ずっと大きなハンデをしょって第1期の大統領職に取り組んだわけです。
トランプの独断専行は確信犯
ここで、第二次世界大戦後の大統領・重要閣僚の前歴の最後のページに移りましょう。
ジョー・バイデンの場合、2024年の大統領選に民主党公認候補として出馬したものの、途中で副大統領候補だったカマラ・ハリスに大統領候補の資格を譲っていたので、2期目の大統領選本選に挑戦して果たせなかったというわけではありません。
やはり、1期目を自力で勝ち取りながら継続して2期目を務めることができず、1期あいだを置いて2期目の大統領の座を獲得したトランプの異例さが際立っています。
1期目のトランプは、この企業CEOとしての輝かしい経歴というハンデをしょった人間としては、独断専行型人間の危うさをあまり表に出さず、比較的無難にこなしていました。
先進諸国元首の中で最初に、イスラエルが武力占領したエルサレムを首都として認めたことと、任期末にイラン革命防衛隊の伝説的指導者、ソレイマニ将軍のドローン爆撃による暗殺指令に署名したこと以外には、新たに軍事介入を始めたり、すでに派兵していた地域での軍事行動を拡大することもありませんでした。
ですから、2020年大統領選でジョー・バイデンに負けたあと、2024年に再度2期目に挑戦したときのスローガンが「反戦平和」だったことに説得力を感じていた有権者もかなりいたようです。
それなのに実際に2期目に入ると、まるで世界中に喧嘩を売っているような政策を矢継ぎ早に打ち出して独断専行型人間の怖さをモロに露呈してしまったのは、いったいなぜなのでしょうか。
トランプの心中を察すれば「反戦平和では広く票を集める役には立っても、多少の不正投票や不正開票があってもびくともしない岩盤支持層は築けない。中年以上のプアホワイトの支持を固めるには、良識ある知識人が目を背けるほど粗野でがさつな人間であることをさらけ出す必要がある」と思っていたのでしょう。
そして、たんに選挙戦術としてではなく、2期目の大統領として自分の特色を出すためにも、この「反知識人」層にうける政策を一貫して追求しようと思っていたに違いありません。
たとえば、アメリカ大統領がおこなう年中行事としてはとくに洗練された立ち居振る舞いと格調の高いスピーチが要求される、ウエストポイント(陸軍士官学校)卒業式でのいで立ちと演説内容です。
欧米で男性が格式ばった席に呼ばれたとき、被って許される帽子は360度つばのある帽子だけです。つば無しとか、前に庇しがあるだけの帽子は作業服やスポーツのユニホームの一部としか認められません。
ましてや、どう考えても深遠でも高邁でもない話題を並べたあと、「民主主義とは相手に銃口を突きつけてでも自分の言い分を押し通すこと」と宣言するにいたっては、わざわざ「良識派知識人」を挑発しているとしか思えません。
さらに問題なのが、外国の元首を迎えても、まったく同じような、あるいはもっとひどい非礼、無作法をくり返していることです。
ですが、自分たちが黒人やヒスパニックより高い給料を取り、大きな資産を持っている理由は「白人に生まれついたこと」以外にないと悟っている中年以上のプアホワイトは、まさにこうした非礼や無作法を見て「そうだ、そうだ」と留飲を下げているのかもしれません。
あるインタビューで「あなたは大統領として憲法を守る意志を持っていますか」と聞かれて「わからない」と答えたときには、さすがに「おやおや、何を言い出すやら」と耳を疑ったのですが、これも確信犯としての言動でした。
トランプが統制経済を指揮する独裁者たらんとしているけれども、今までのところ惨敗続きであることは、次の文章とグラフの組み合わせで読み取れます。
まさに企業CEOが大統領をしてはいけない理由をもろに開陳したインタビューになっています。そして、トランプが対米輸出国全体に対してつけた関税のお値段は、どうやらひとりも買い手がつかないほどのすっ高値だったようです。
指のあいだから滑り落ちる覇権国家の威信
そうこうするうちにも、贈収賄奨励法発布以来延々と続いてきた政・官・財界の癒着構造に内臓をむしばまれたアメリカの経済指標が、次々に警戒警報を乱打する局面になってきました。
トランプは、まさに命運の尽きた大帝国の最後の悪あがきにふさわしい暴君と呼べるでしょう。こんな場面にこういう人物が登場することも「時の氏神」と呼べるのでしょうか。適材適所であることは間違いありませんが。
まず、米国債がリスクオフ(危険を避けるべきとき)に逃げこめる安全な資産ではなくなりました。
本来であれば、懲罰的な50%という高率関税を賦課する期日を6月1日から7月9日に繰り延べたというのは、良いニュースとして米国債の金利低下(=価格上昇)につながるはずです。ところが、市場はもうトランプの朝令暮改に嫌気がさしているので、「また変えたのか」という失望売りで金利が急上昇してしまったのです。
さらに、償還年限が15年以上という超長期債の分野でもっと深刻な事態が進行しています。
また、基軸通貨として世界貿易の発展を支えてきた米ドルも、トランプが高率関税によって貿易を委縮させようとしていることも手伝って、米国債同様に売り込まれる営業日が多くなっています。
上段のブルームバーグ米ドル現物指数は、ひんぱんに貿易相手国通貨のウエイトを調整している上にデータの速報性も高いので、短期の値動きを観察するには適しています。ただ、集計を開始したのが2004年12月末と比較的最近であるため、長期サイクルを把握することはできません。
その長期サイクルを描き出しているのが、下段の10年累計変動率(各観察点のちょうど10年前に対する変動率)グラフです。このグラフを見ると、今まさにアメリカ経済全体がブル相場からベア相場への転換点にさしかかっていることが読み取れます。
さらにいったん米ドル指数の10年累計変動率がマイナスに転ずると、その後は米株が割安と言える水準まで値下がりしないうちは、米ドル指数もマイナス幅を狭められないという経験則があることもわかります。
これはアメリカの金融市場全体にとって、かなり深刻な悲観材料です。去年の12月頃までマグニフィセント7を中心に、大型株に商いが集中して軒並み伝統的な評価基準では大幅な割高になっていました。
ですから、今後米ドル指数がマイナス領域に入ると、そこから抜け出すためにはかなり割高感の高かった米株全体が割安になるまで待たなければならないのです。連邦政府の利払い費負担対応力に疑問が生じて、債券価格が本格的に下げたりすると、その展望はますます暗くなります。
企業CEOは重要閣僚にも向かない
大統領や重要閣僚の前歴を紹介した表で最終ページの下からふたりは、企業CEOから国防長官になったロバート・マクナマラと金業界から財務長官に転じたハンク・ポールソンを挙げておきました。
第二次世界大戦末期に東京などの大都市空襲にかかわったマクナマラは、無差別爆撃の倫理性について上官であるカーチス・ルメイに抗議するほど正義感の強い青年将校でした。
しかし、戦後フォード社に入社して、大胆な人員削減や配置転換で業績を急回復させて、フォード家以外では最初のフォード社長となったマクナマラは、ケネディ大統領に請われて国防長官に就任したときにはまったく別人になっていました。
1962年の国防相年次報告で、マクナマラは「軍事面の強化では狙撃・待伏せ・強襲の戦闘力強化。政治面では恐怖感・強奪・暗殺」と述べていました。そして、この姿勢が次の写真に描かれているとおりの無防備な子どもたちまで標的にするナパーム弾爆撃につながったのです。
大企業の冗員を削減するには、従業員ひとりひとりの能力や仕事ぶりを査定していたのでは時間がかかり過ぎるから、効率の悪い部署を丸ごと解雇して、仕事のできる従業員数名を送りこんだほうが早いという教訓を対ゲリラ戦争に「応用」した結果だったのでしょう。
たしかに「効率」はいいのかもしれませんが、抵抗するすべを持たない子どもや女性まで無差別に殺害する作戦は世界中からごうごうたる非難を浴びていたのです。
今、アメリカに批判的な論調が増えていることについて、2023年10月7日以来アメリカがイスラエルべったりだから突然嫌われ始めたと考えるのは、自分たちに都合の悪い過去の歴史をあまりにもかんたんに忘れ去ってしまったとしか表現できません。
2006年にジョージ・W・ブッシュ大統領のもとで財務長官に就任したハンク・ポールソンは、国際金融危機の発端から終結までを見届けるのですが、彼についてはそもそも就任の動機が不純だったと指摘されています。
金融業界では珍しく1990年から2006年まで16年間ゴールドマン・サックス一筋で会長兼CEOに昇りつめたポールソンは、大量のストックオプションを持っていたのですが、もしふつうに退職後株に換えてから売れば、売却益にそうとう高率の課税があります。
しかし、閣僚に就任する際に「利益相反を避けるために持ち株を売らざるを得なかった」ということになれば、無税で自社株を売り切ることができるのです。
また、結局この金融危機で潰れた金融機関はベア・スターンズとリーマン・ブラザーズだけで、その他の金融機関は何とか生き延びたのも、ポールソンが妙なところで愛社精神を発揮したからではないかとの疑いもあります。
破綻した2社はゴールドマン・サックス同様都市銀行部門はきわめて小さいか持っていない、純然たる投資銀行で、なんとか破綻をまぬかれた金融機関は都市銀行機能が大きな典型的な銀行タイプの企業ばかりでした。つまり、直接の商売敵を潰したということです。
当時フランス政府財務相として、ポールソンと危機対策を協議していたクリスティーヌ・ラガルドは「ポールソンがリーマン・ブラザーズほどの大きな投資銀行を破綻させた場合の金融業界全体に対する影響についてあまりにも無頓着なのが恐かった」と回想しています。
そして、ポールソンの場合、金融企業のCEOだということで、CEOとしての独断専行癖とともに、売り手と買い手双方が満足する解決はない世界で育った人間だという問題も抱えていました。
金融市場は略奪経済の世界
金融市場は、買い手が「この値段なら買って損はない」と思って買いの注文を入れる量と、売り手が「この値段なら売っても損失は出ない」と思って売りに出す量が一致した価格で、売買が成立し、価格と数量が決まるという古典的な自由競争の市場ではありません。
売り手も買い手もカネとカネを交換して、結果として元手より大きな金額を得ようとしているのです。金融市場では、カネ以外のモノやサービスの効用を求めているわけではありません。
そして、もしどちらかが首尾よく元手より大きな金額のカネを手に入れたとしたら、そのときの相手方には元手より小さな金額のカネしか戻ってこなかったということになります。
ふつうの市場経済のように、売り手は買い手の好意を得るためにほかの売り手と競争し、買い手は売り手が自分に売ってくれるように他の買い手と競争する世界ではないのです。売り手と買い手が、直接相手を騙してでも自分が得をしようとする世界です。
ゲンコツやこん棒や石ころや弓矢を振り回すわけではありませんが、結局は強い者、ずる賢い者が弱い者、ずる賢くない者から貴重なカネを巻き上げる世界です。
私が証券業界に入って驚いたのは、とても誠実で勤勉な若手営業マンで成績優秀だと表彰された人が「結局、客のふたりや3人殺さないと一人前の営業マンにはなれませんから」と言っていたことでした。
もちろん、文字どおりの意味で殺すわけではありません。お客さんが長年節約して貯めた投資用の資金をすっかり無くしてしまうような金融商品を勧めるといった体験を何度かしないと一人前にはなれないということです。
そういう殺伐とした世界で頭角を現す人には、やはりそれなりの面魂が備わっています。たとえば現トランプ政権の財務長官スコット・ベッセント氏です。
この人の不朽の迷言に「債務肥大化はかんたんに解決できる。ようするに債務の増加率より経済成長率を高くすればいいんだ」というものがあります。一体どうすれば経済成長率を債務増加率より高くできるのかと聞けば、「それは我々経営幹部の考えることじゃない。お前ら下っ端が工夫することだ」と答えるのでしょう。
第2次トランプ政権が最も力を入れている経済政策は、貿易相手国に懲罰的なほど高率の関税を課して、関税収入も大幅増収になり、海外に出ていった生産拠点も戻ってくるという白昼夢のような貿易戦争政策です。
この政策は次の世論調査結果でおわかりのように、アメリカ国民からはかなり嫌われていますが、おそらくトランプもベッセントもほとんど気にしていないでしょう。
多分「経済なんてどうとでも理屈はこねられる。まっとうな意見で支持者が多ければ、当たったときの配当は少ない。すっ頓狂な意見なら、当たれば配当は大きい。外れたら、もっともらしい言い訳を考えるより、次から次にすっ頓狂な政策をひねり出していけばいい」とでも考えているのでしょう。
ベッセント財務長官ほど枢要な地位にいる人ではありませんが、この方のご尊顔はどうしても読者のみなさんにご紹介したくなるほど立派なご面相をお持ちなのが、社会保障庁長官のフランク・ビシニャーノ氏です。
しかし、それなら連邦政府予算全体がほんとうに削減できるのかというと、イスラエルに金額欄ブランクの小切手を送りつづけているぐらいですから、国防費の増加が凄まじくてとうてい予算規模は縮小できそうもありません。
一方、国際プログラムへの出資はほぼ皆減で、住宅都市開発省も、保健福祉省も、予算が大幅に削減されました。教育省は予算規模はあまり大きく減っていませんが、省そのものがトランプ大統領の行政命令ひとつで解体されることになり、連邦地裁での係争案件となっています。
トランプは「チップはもらうほうもあげるほうも非課税にしたから、貧しい人たちに優しい予算だ」と言っていますが、ワートン・ビジネススクールの「予算モデル」の試算では、やっぱり上に厚く下に薄い所得移転になりそうです。
所得でいちばん下から20%の人たちの税引き後・所得移転後の手取り収入が13.6%も減る予算を組んでおいて「貧しい人たちに優しい予算」とはよく言ったものだと思います。これもまた金融業界からトランプ政権に入った人たちの「ディールとは交渉相手からできるだけ多くを巻き上げることなり」という世界観が言わせたセリフなのでしょう。
読んで頂きありがとうございました🐱
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コメント
個人的にはバイデンもトランプもアメリカ人の「結果」であって、本質的にはトランプどうこうではないのかなと。
日本はこの様子を見て反面教師にしなきゃならない部分も多々あります。
士官学校で、常識外れの言動については、日本の大手メディアは、ほとんど報道していません。
あきれているのか、恐れているのか分りませんが…、良くも悪くも、世界は、トランプ氏とこれから200日~1,400日近く「つき合わざるを得ない」わけですから、トランプ氏の動機や限界点について、先生のマーケットでの「現場体験」も生かした分析・解説を期待しております。
不動産鑑定士 高橋雄三
追伸.
再度、精読しての感想です。
言葉で説明するだけでなく、数表・グラフ・写真を活用し、「事実を並べて道理を説く」という立場を貫いていることに再度脱帽です。
トランプの今後についての説得力のあるブログであることが、よーく分りました。
追・追伸.
先生のブログや著作を精読・精査しているつもりです。株式・為替・国債(年利)のマーケットの中で、「主要な矛盾の主要な側面」は国債=金利であるとの感を強くしています。
「金利は経済・市場の体温計」の意味が少し分ったような気がします。