ついに始まったアメリカ株大崩壊 後篇
こんにちは
トランプ大統領自身が皮肉にも「解放の日」と名付けた4月2日に発表した一方的な高率関税導入方針は、世界経済に激震を惹き起こしました。その深刻さは、次の2段組グラフ上段からも読み取っていただけるでしょう。
じつは2018年にも第1次トランプ政権下で、中国を主な標的として関税を引き上げていたのですが、今回の「相互(あるいは報復)関税」の名のもとでの懲罰的な関税政策は、想定している税率の高さでも対象国の多さでも、前回とは比較にならないほど大規模でした。
上段が、アメリカ国民が賭け金を払って予想している今年中に景気後退が起きる確率ですが、2月半ばまでは20%前後で推移していましたが、その後徐々に上昇に転じ、4月末には66%(約3分の2)に上がりました。
左下の次期予想PERだけは明らかに過大と言える20倍を下回っていますが、それ以外の5つの評価基準どれを見ても過大評価です。とくに、たいていは2~3倍以内に収まる株価純純資産倍率が4.5倍強、そして株価配当倍率が70倍超というのは、とんでもない過大評価です。
もう1946年に制定された贈収賄合法化法はすっかり定着してしまった1973年を起点として、アメリカのテクノロジーセクター株の、米国内のその他セクター株とアメリカを除く世界全体のテクノロジーセクター株との相対価格を示すグラフです。
ところが、これは各投資主体グループごとにさまざまなスタンスの違いを相殺消去したあとの純額ベースの売り越し/買い越しなのでそうとうな過小評価なのです。また、機関投資家の場合、信用取引のためにする借入れはブローカーからしかできないわけではありません。
そして、今年2025年はコロナ騒動の2020年にべら棒な規模で発行した5年債の償還期限を迎えるので、これまで経験したこともないほど巨額の既発債を償還するための借換え債の大増発をしなければならない年なのです。
なお下段は、各月について直近12か月間の利払い費累計額を示しています。20世紀を通じて年間利払い費は4000億ドルに達したことがなかったのに、2020年には約5800億ドル、そして今年はすでにその2倍近い1兆1200億ドルに膨らんでしまいました。
道化師が玉座に座ると?
道化師は玉座に座ったからと言って、帝王になれるわけではない。王宮がサーカステントに変わるだけだ。しかし、狂気の道化師に凶器を持たせっぱなしにしているのは危険だ。
じつは2018年にも第1次トランプ政権下で、中国を主な標的として関税を引き上げていたのですが、今回の「相互(あるいは報復)関税」の名のもとでの懲罰的な関税政策は、想定している税率の高さでも対象国の多さでも、前回とは比較にならないほど大規模でした。
このグラフを見ると、1980年代半ばからの40年間、世界貿易政策の不確実性に関するかぎりトランプひとりが世界中を引っかき回していたも同然だとわかります。
しかも、前回アメリカで大恐慌が起きた1929年の翌年に当たる1930年に当時のフーバー大統領が慌てて署名したスムート=ホーリー関税法は、たんなる景気後退で済んでいたかもしれない経済不振を大不況にしてしまったという説もあるほど重要な経済政策上の汚点でした。
現代世界で貿易が経済全体に占める重要性は1920~30年代の約3倍ですから、今回のトランプ関税が思惑どおりに実施されれば、世界経済に及ぼす被害もまた当時よりはるかに大きくなることが懸念されます。
なお、アメリカ国内ではトランプ当選が決まった去年の11月から今年1月にかけて、明らかにご祝儀相場と見るべき株価上昇がありました。
ですが、世界各国の中央銀行は第1次トランプ政権の実績についてかなり否定的な評価をしていそうで、今回もトランプ当選が決まった頃からアメリカ株についてのスタンスを買い越しから売り越しに変えていて、高率関税導入方針を見てからは売り越し額を急増させています。
ふつう、中央銀行は株のように価格が安定しない金融資産は持ちません。世界中の中央銀行がアメリカ株を持っていること自体、世界経済の基軸通貨となっている米ドルに対する信任投票のようなものです。
控えめに表現しても、世界各国の中央銀行が持っていた米ドルに対する信認が今回の関税政策発表で大きく揺らいだと見ていいでしょう。
2月半ば頃までは第2次トランプ政権に好意的な見方が多かったアメリカ国内でも、その後批判的な見方が増えてきたことは、今年中に景気後退が起きる確率に関する賭けのオッズを見てもわかります。
上段が、アメリカ国民が賭け金を払って予想している今年中に景気後退が起きる確率ですが、2月半ばまでは20%前後で推移していましたが、その後徐々に上昇に転じ、4月末には66%(約3分の2)に上がりました。
さらに、下段の企業の設備投資に関する意向を集計したデータをご覧ください。
直近の数値は、国際金融危機のどん底での標準偏差でマイナス3近い数字ほどきびしくはありませんが、コロナ騒動時のマイナス2強に次いで、21世紀に入ってから3番目に設備投資を縮小する意向が強いマイナス1.7くらいになっています。
問題は、実体経済についてはこれほど冷えこみ気味の予想が支配的になっているのに、株式市場の見方があまりにも楽観的だということです。次のグラフは20世紀に入ってから現在までの125年間にわたって、6つの評価基準で見たアメリカ株の評価を比べたものです。
左下の次期予想PERだけは明らかに過大と言える20倍を下回っていますが、それ以外の5つの評価基準どれを見ても過大評価です。とくに、たいていは2~3倍以内に収まる株価純純資産倍率が4.5倍強、そして株価配当倍率が70倍超というのは、とんでもない過大評価です。
次期予想PERとは、アナリストたちのコンセンサス予想1株利益で直近の株価を割った数値を指します。
自分の担当銘柄についてはつねに高めの業績予想を出して本来客観的であるべき調査対象企業のご機嫌を取るアナリストばかりになっているので、そのインフレ気味の次期1株利益予想との比較では株価が控えめに見えるだけのことです。
慢性的過大評価が招く時価総額の激変
こうして、さまざまな評価基準で見比べても危険なほど高い評価が定着してしまっている市場では、ほんの少しでも株価にマイナスと見られることがあると株価は急落し、少し時間が経つとまた元の過大評価に戻るといった乱高下がくり返されることになります。
次の3枚組グラフが、そのへんの事情を的確にとらえています。
ご覧のとおり、今年の2月から3月にかけてアメリカ株にオーバーウエイトの人たちの比率が一挙に40パーセンテージポイントも減少していました。具体的には2月はプラス17%だったのに、3月にはマイナス23%になっていたのです。
このかん、アメリカ株に対してとくに大きなマイナス要因があったわけではありません。
しいて言うなら、中国の新興生成AI開発業者が、チャットGPTよりずっと開発費も消費電力も安上がりで、ほぼ同等の仕事ができる生成AIモデルを開発したと1月末に発表したことぐらいでしょう。
しかし、そもそも生成AIモデルの出来不出来がこの時期のアメリカ株価格になんらかの影響を及ぼすこと自体、不思議な話です。
生成AIモデル開発業者ではトップを走っているオープンAIは巨額赤字を垂れ流していて、上場はおろか非営利団体から営利企業への転換さえむずかしい状態でした。
結局、AIブームで実際に業績も伸び株価も上がったのは、グラフィクス・プロセシング・ユニット(GPU)という部品のトップメーカーであるエヌヴィディアだけだったのです。
そのエヌヴィディアでさえ、ほんとうに業績が上がっているのか、循環取引という相手先企業とお互いに売上を立て合うけれども現金の収受なしという詐欺まがいの手法で収益を膨らませているという疑惑がつきまとっていたのです。
つまり、仮に中国に強力な競合企業が誕生していたとしても、その企業の台頭によって大きな収益鈍化の危険があるアメリカ企業はほとんど存在しなかったのです。
しかし、ファンドマネジャーたちのあいだでアメリカ株オーバーウエイトの人が大幅に減少した影響は大きく、2月初めからの20日間で約2兆ドル時価総額が増えたS&P500株価指数は、その後の20日間で5兆5000億ドルも時価総額が減ったことを示しているのが、右上のグラフです。
右下のグラフは、こうした株価と時価総額の激変になんとか理屈をつけようとした1例です。
まず「2月中旬の大天井から4月初めまでの暴落は、バークシャー・ハサウェイ社を率いるウォーレン・バフェットがアメリカ株に弱気になって現金を積み増ししたから下がった」と説明します。
その上で「4月2日のトランプ関税案公表で悪材料出尽くしと見てバフェットが買い出動したから、株価も上がった」というわけです。
しかし、これは「目先のニュースに右往左往せず、長期的なスタンスで投資する」ことを持論としているウォーレン・バフェットの日頃の言動とはあまりにも違う、ご都合主義的な解釈でしょう。
トランプ関税案発表の翌日に当たる5月3日に開催されたバークシャー社の株主総会で今年12月かぎりで勇退すると公表したバフェットは、同時にアメリカ株だけではなくアメリカ経済全体について、次の図表が示すとおりの暗い展望を語っていました。
そして、償還期限が1年を超える債券は、米国債もふくめて全部で150億ドルしか持っていません。
「今後アメリカで、米ドル以外の通貨をもっとたくさん持っておきたいと思う事態が進展するだろう」とのことばと重ねると、バフェットは米国財務省の債務返済能力が今後1年程度で劇的に劣化するだろうと予測しているのではないでしょうか。
こう見てくると、「バフェットが弱気になって現金を積み増ししているから、米株市場全体が弱気になっている」と考えるより、市場全体が弱気になっているからバフェットも弱気になっていると考えたほうがはるかに自然でしょう。
実際にアメリカのヘッジファンドは2025年年初から個別銘柄についてカラ売りポジションを拡大しています。次の2段組グラフの上段です。
トランプ関税案が公表された4月には、前月比で25%超という大幅なカラ売りポジションの拡大に踏み切りましたが、これは集計開始以来最大の増加率だそうです。こうした米株市場に関する悲観論の台頭には株式市場の内部、外部それぞれに大きな要因があります。
マグニフィセント7からマリグナント7へ
「マグニフィセント7」は、もともと黒沢昭監督の名作『七人の侍』を西部劇に翻案した『荒野の七人』の原題です。
それを米株市場を牽引してきたアップル、マイクロソフト、エヌヴィディア、アルファベット(グーグル)、アマゾン、メタ(フェイスブック)、テスラの7社に引っかけて、この7社さえ好調なら米株市場全体も強気でいられるという意味で「壮麗なる7社」と呼んでいたのです。
ところが、どうも去年の秋頃からこの7社についていろいろ悪材料が飛び出すことが多く、かつてのマグニフィセント7は、今やマリグナント(悪性腫瘍などの「悪性」を示す形容詞です)7と呼ぶほうが適切ではないかと思えるほど、相場のお荷物になっています。
マグニフィセント7は、それぞれ自社の主力事業部門でなんらかの技術革新を進めている企業であり、同時に時価総額が大きいという意味で、ハイテク超大手7社とも呼ばれます。
ところが、この「ハイテク」という形容がくせものでして、じつはアメリカの企業社会はなかなか優秀なハイテク企業が育たないことで悪名高いところだったのです。次の2段組グラフの上段をご覧ください。
もう1946年に制定された贈収賄合法化法はすっかり定着してしまった1973年を起点として、アメリカのテクノロジーセクター株の、米国内のその他セクター株とアメリカを除く世界全体のテクノロジーセクター株との相対価格を示すグラフです。
まず、ハイテクバブルの時期だった1998~2001年と直近の6~7年以外では一貫して米国内のその他セクターの株価のほうがパフォーマンスは良かったことがわかります。
世界各国のテクノロジー株との比較はもっとひどくて、直近6~7年以外は一貫して世界のテクノロジーセクターのほうがアメリカのテクノロジーセクターより株価パフォーマンスが良かったのです。
アメリカでは業界を代表する大手企業になると、政治家にワイロを渡して自社に有利な法律や仕組みをつくってもらうほうが、地道にR&D投資をするより効率的に儲けることができます。
研究開発は必要不可欠なはずのテクノロジーセクターの企業でさえそうした風潮にどっぷりはまりこんでいますから、世界各国のテクノロジー企業に株価で負けつづけていたのは当然でしょう。
マグニフィセント7にしても、超大手になるきっかけをつくったのは貧しいベンチャー企業だった頃の、あまり開発にカネのかからないちょっとした思い付きであって、唸るほどカネが儲かってからのR&Dは、生成AIのように出口のない袋小路に迷いこむものばかりです。
ちなみにEV(電気自動車)専業のテスラの場合、創業以来今日にいたるまで政府からの補助金なしでは一度も営業利益を出したことのない、典型的な公的資金寄生虫企業です。
米国のテクノロジー株が国内の他セクター株に対しても、国外のテクノロジーセクター株に対しても高いパフォーマンスをするようになった2019年頃からの6~7年間は、これらハイテク超大手株の過大評価が顕在化した時期と一致しています。
下段に目を転ずると、米国株時価総額の世界シェアが、2024年に50%を超えてから減少に転じたことがわかります。
そもそも過大評価だった株価が、エヌヴィディアやマイクロソフトの循環取引疑惑浮上、アルファベット(グーグル)の独禁法違反判決、アップルのエピック社との訴訟での敗訴と、悪材料がボロボロ出てきたのですから、これまた当然の成り行きでしょう。
次の2段組グラフは、マグニフィセント7の株価が、ようやく過大評価を訂正する過程にあるとはいえ、まだまだ実力並みの評価に下がるまでの道のりは長いことを教えています。
でも、この7社の中で唯一高いPERを正当化するだけの収益成長力があると見なされていたエヌヴィディアの売上急成長のかなりの部分は、循環取引という手法での架空売上だった可能性が高いのです。
それを考えると、このグループは買い越し高のシェアが下がるだけではなく、売り越しになるまで企業活動の実態に見合った株価への水準訂正は終わらないと見るべきでしょう。
さらに、もしトランプ関税が構想どおりに実施されるとすれば、マグニフィセント7の株価はもっと大きく下がるはずです。
これら各社の売っている製商品の素材、部品、組み立てが海外の下請けに依存する度合いが高いことはよく知られています。でも、次の2段組グラフ上段が示すとおり、各社とも海外売上比率も米国企業の中では突出して高いのです。
アメリカが他国からの輸入品に高率関税を課せば、相手国もマグニフィセント7の製商品を輸入する際に高率の関税を課すようになるでしょう。
下段はマグニフィセント7株価指数が4月前半のショック安から、後半は立ち直りつつあることを示していますが、急ぎすぎでしょう。
トランプがとくに中国に対して懲罰的な高率関税を課せば、中国もこれに対抗してマグニフィセント7から輸入する製商品に高率関税を課してくるはずです。
マグニフィセント7の時価総額がS&P500の時価総額に占める比率は、次のグラフでご覧いただけるように4月上旬のショック安時点で27.6%まで下がりました。
つまり2024年秋までの米株上昇を牽引する壮麗なパフォーマンスとは打って変わって、今後は下落が続く米株の足を引っ張る悪性腫瘍になってしまうということです。
さて、なぜ米株は下げつづけるかについての外部要因に移りましょう。
ベーシス取引が招く全面安
金利も低く、これからも諸外国通貨に比べて安くなり続けると予想されていた日本円を借りて、借りた日本円でもっと利回りの高い国々の金融資産を買って運用することを円キャリー取引と呼ぶことはご存じのことと思います。
まず円を借りてその円を売って海外通貨建ての金融資産を買い、あとで借りて売っていた日本円を買い戻すのがネガティブキャリーなら、そのとき買っておいた金融資産をあとから売るポジティブキャリーのほうは、どこでどんな資産を運用していたのでしょうか。
これはもう、市場規模から見ても、ほとんどが米ドルで米国債を買って運用するしかないと想像がつきます。
米国債の現物と先物のあいだにできる数ベーシスポイント(1ベーシスポイントは1%の100分の1)の差を利用して、100倍に達することもある大きなレバレッジを掛けて利ザヤを取る手法です。
米株が2月半ばに大天井をつけてから4月上旬のショック安にいたる約2ヵ月間、ポジティブキャリーで米国債を運用していた人たちの大半は、株安→リスクオフ(危険回避)→国債価格上昇(金利下落)に賭けていました。
ところが、今回の米株安は同時に米国債安も招いてしまったのです。数十倍から百倍におよぶレバレッジを掛けていますから、想定とは反対の値動きになると損失は莫大です。
だれかがどこかで最小の損失で手仕舞いしようと損切りをしたため、米国債売りのなだれ現象が起きました。
続いて、他国通貨を借りて米ドル建てで米国債を買っていた人たちの損切りによって、米ドルを売って借りていた他国通貨を返済する動きも活発化し、米ドルも下落に転じました。こうして、米株、米国債、米ドルの全面安となっていったのです。
このベーシス取引は総額としてどれくらいの規模に達していたのでしょうか。ちなみに日本円のネガティブキャリーは約1兆ドルだったと言われています。
次の2枚組グラフを一見したところでは、アセットマネジャーが約8000億ドルの先物買い越し(=現物売り越し)、レバレッジファンドが約7000億ドルの先物売り越し(=現物買い越し)、合わせて約1兆5000億ドル、ブローカーからの借入れ額が2兆ドルですから、だいたい1.5~2.0兆ドルと考えたくなります。
ところが、これは各投資主体グループごとにさまざまなスタンスの違いを相殺消去したあとの純額ベースの売り越し/買い越しなのでそうとうな過小評価なのです。また、機関投資家の場合、信用取引のためにする借入れはブローカーからしかできないわけではありません。
純額ベースではない総額ベースでは発行済みで流通中の米国債総額27兆ドルに対して約4分の3に当たる20兆ドルものベーシス取引が行われていたと推定されています。
そこで「そろそろ時価総額集中バブルがはじけてリスクオフ資産である米国債に資金が流れる」と当てこんでいた債券投資家たちが大挙して金利低下=米国債価格上昇に賭けて、さらに傷口を広げてしまったというのが、現状なのです。
中央銀行も財務省も金利をコントロールできない
「米ドルは不換紙幣のまま世界の基軸通貨となっているし、米国債は世界中でいちばん担保としての利用価値の高い金融資産なのだから、どんどんドル札を増刷したり、米国債の発行高を増やしたりすれば、アメリカが財政危機に陥ることはない」といった議論もあります。
しかし、実際には米ドルも米国債も発行高が多すぎれば確実に価値が下がり危機を回避するどころか火に油を注ぐような結果になります。商品一般と同様、需要と供給の法則に逆らうことはできないのです。
まず、その概念図からご覧ください。
毎年膨大な経常黒字を出している日本や中国のような国がその黒字を米国債というかたちで持ちつづけると需要が供給を上回るので、国債の買い手は低い金利しか得られなくても買いつづけ、経済全体にとって低金利で借入れができ、企業活動や住宅取得も活発になります。
逆に、これまで安定した買い手だった経常黒字国が売り手に回ると需給が逆転し、売り手は低価格でも売らざるを得なくなり、経済全体にとって金利が上がることによる企業活動や住宅取得の低迷が生ずるというわけです。
もちろん、需給が変わるきっかけを作るのは外国勢とは限らず、財務省が国債を乱発することかもしれないし、大手機関投資家が買い持ちしていた米国債を売りはじめることかもしれません。
ただ、アメリカの場合、次のグラフに出ているように流通中の米国債総額の27%、約7兆2500億ドルを外国の政府・中央銀行、企業、投資家などが持っているため、つねにアメリカに対して敵意を持っている米国債保有国による売り崩しを警戒しているわけです。
なお、膨大な金額の米国債・米ドルを外国勢が持っていることについて、かなり経済に詳しいアメリカの知識人でも「世界貿易が円滑に米ドルでおこなえるように、アメリカは犠牲的精神で経常赤字を出して、米ドル・米国債を世界中にばら撒きつづけている」といった議論をする人が多いです。
そんなバカな話はありません。国も企業も個人世帯も、稼ぎより多くの支出をしているから世界中に借用証を乱発しなければならないだけです。
国家財政も経常収支もトントンにして、主要貿易相手国の通貨や国債をアメリカも持っておけば、赤字を出さずに済むというだけの話です。でも、実際には借用証を乱発してその場しのぎを続けています。
毎年、身の程知らずに稼ぎより高い生活水準を享受してきた咎めは、慢性的な経常赤字と巨大な氷山のごとき累積債務というかたちでアメリカ経済を圧迫しています。
そして、今回リスクオフ資産であるはずの米国債が株価暴落の最中に売られたのは、次の図表右側のグラフにあるとおり、たしかに外国勢による売却という要因が大きかったのも事実です。
外国勢が保有している米国債総額は、4月2日「解放の日」の約8兆7000億ドルから、ほぼ1ヵ月で約7兆2500億ドルに激減しました。
そして、今年2025年はコロナ騒動の2020年にべら棒な規模で発行した5年債の償還期限を迎えるので、これまで経験したこともないほど巨額の既発債を償還するための借換え債の大増発をしなければならない年なのです。
なお、下段のグラフでは今年1年をなんとかやり過ごせば、来年以降はそれほど巨額の借換え債発行をしなくても済むように見えます。しかし、それはまったく机上の空論です。このグラフには、すでに発行済みで流通中の米国債の償還期限別の残高が示されているだけです。
今年償還予定の国債を額面で買い戻す資金がないからこそ、大量の借換え債を発行し、その借換え債の償還期限には、また巨額の借換え債の発行を余儀なくされるでしょう。
借換え債の増発額が多くなるほど高金利で需要を喚起する必要があるので、償還するまでに必要となる毎年の利払い費負担は元本の伸び方よりはるかに急激に増えていきます。
米国財政をパーフェクトストームが襲う
今年、アメリカ合衆国財務省は約7兆ドルという前代未聞の高くて厚い償還の壁に直面しています。また年間で財政赤字が1兆9000億ドルになる見込みですから、借換え債と今年の財政赤字補填分だけで約9兆ドルの米国債を発行する必要があります。償還期限をなるべく特定の年に集中させないようにするためには短期・中期・長期債をバランスよく発行する必要があるでしょう。そのとき問題になるのが、長期債を買ってもらうために必要な期間プレミアムがどの程度になるかということです。
期間プレミアムとは、長期債の買い手は償還まで長期間待たされる分だけ高い金利を要求するということです。10年債の2年債に対する適正な期間プレミアムが3%とすると、現在4.2~4.3%の水準で取引されている10年債の金利は6%まで上がる必要があると言われています。
そのとき、もっと大きな期間プレミアムが必要な20年債と30年債で構成されたETFであるTLTの価格はどうなっているでしょうか。次の2段組グラフ下段にあるとおり、4月末の約89ドルに比べて3割も低い60ドル弱になると推定されています。
そこまで国債価格が下がると、財務省としては償還期限まで待たずに市中で額面よりはるかに安く取引されている国債を買いあさる衝動に駆られるかもしれません。とくに経済音痴の多いトランプ政権の経済関係閣僚ならやりそうです。
しかしそれは、国が投資家に対して約束した元本返済を部分的に踏み倒すことであり、たとえ部分的とはいえ債務不履行になります。
アメリカ政府の信用はがた落ちになり、米国債を持っている投資家は国内外を問わず、我先に少しでも損失を小さく抑えるために売り切ろうとするでしょう。こうして、なだれのような米国債価格下落、金利の暴騰が起きます。
日本はいつまでアメリカに臣従するのか?
今、米ドルは世界中のほとんどの通貨に対して下落しています。もともと米ドルの諸外国通貨に対する価格がピークを打つのは、決まって米国経済が深刻な内臓疾患を抱えているときでしたから、今年の1月をピークに米ドルが下落に転じたこと自体に驚きはありません。
しかし、一時本格的な反騰に入った日本円が日銀の優柔不断な政策スタンスにも災いされて、米ドルと一緒にほとんどあらゆる通貨に対する価値を下げているのは問題です。
政府・日銀は日本経済は価格競争力以外になんのとりえもない弱小経済であるかのように円安政策を取りつづけ、その結果として輸入インフレによる国民全体の窮乏化の上に企業利益だけが毎年のように史上最高を更新するといういびつな経済にしてしまいました。
また、円を人為的に下げるための円売り米ドル買い介入を執拗におこなって、1国としては世界最大の米国債保有額を維持しています。
純粋に経済合理性から見ても、米国債がこれ以上値下がりせず、高い円で買っていた米国債保有分を売って円に換えれば利益が出るうちに、少しでも多額の米国債売りを敢行すべきです。
さらに、直近では「トランプ政権がイスラエルのネタニヤフ政権を見限った」という報道もありますが、基本的にワイロ漬けのアメリカの政治家たちが巨額献金をしてくれるイスラエルと本気で手を切るとは考えられません。
おそらく、最後まで民主・共和超党派で軍事・経済両面にわたるイスラエル支援を続け、財政破綻と共に軍事力も衰微していく道、すなわちイスラエルとの心中を選ぶでしょう。
アメリカがそこまで追いこまれてもアメリカに臣従していて、いいことはひとつもありません。たんにアメリカへの臣従を止めるだけではなく、イスラエルによるパレスチナ人ジェノサイドを止めるためにも、積極的に米国債売りを進めるべきです。
今、日本はひとりの兵士を出征させることもなく、1発の銃弾を撃つこともなく、世界に平和を取り戻すための大きな貢献ができるチャンスを迎えているのです。
読んで頂きありがとうございました🐱
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コメント
アメリカ経済の実態についての、大きな視点と、マーケットについての具体的で細かな分析から多くのことを学ばせてもらいました。
勇気と元気が湧いてきました。
世界史的な分析と提言、有料メルマガの読者だけにとどめておくのは「歴史的な損失」ではないでしょうか。
ぜひ無料版のメルマガにも載せるよう要望します。
不動産鑑定士 高橋雄三
追伸.
本ブログは無料版でした。マチガイマシタ。