戦時インフレから戦後大相場への読みが外れた連邦準備制度、次はどう出る?

こんにちは
今月24日、アメリカ東海岸時間で午後7時に、連邦準備制度(Fed)理事会のジェローム・パウエル議長が「今年3月11日をもって、バンク・ターム・ファンディング・プログラム(BTFP)を打ち切る」と宣言しました。

かなり重要なニュースですが、日本ではあまり深く議論されていないように感じますので、この問題について考察します。

駆け込み寺の門が閉まる

このBTFPという制度は、去年の年初から3月まで銀行破綻が相次いだことからドロ縄的に創設された制度です。資金繰りに困っている銀行は米国債や不動産担保証券などを額面どおりの価値で担保として差し出せば最長1年間Fedから資金を借りることができます。

金利は銀行が連邦準備銀行に開設した口座に資金を預けておくのと似たような水準ですが、微妙に違っていて、この制度で借りた資金をそのままFedに預ければ利ざやが稼げることもあります。

次の2段組グラフの上段はBTFPの利用残高を示していますが、去年の12月から急に増えています。



下段のグラフでおわかりいただけるように、去年の11月から銀行準備で受け取る金利のほうがBTFPで支払う金利より高くなり、現状ではその差が約0.5%になっているのでBTFP利用残高も急激に増えたわけです。

Fedとしては、市中銀行が全米に12ある連邦準備銀行に預けてある資金(銀行準備)にも金利を払い、リバースレポという国債を担保に市中銀行からカネを借りたらそこでも翌日には日割り分の金利を付けて返さなければいけません。

だから、銀行がBTFPを借りて銀行準備に回せば銀行にとっては順ザヤ、Fedにとっては逆ザヤなのは、ますます支払金利が増えて赤字が増えるという困った状態だったわけです。

投融資で5%の収益をあげるのがむずかしい中で、連邦準備銀行の口座に置いておくだけで5%強の金利が取れるほど利上げを進めてしまったので自業自得ですが、銀行準備が高止まりしていることは、次の2段組グラフの上段でおわかりいただけると思います。



幸か不幸か、最近では「リバースレポのご用はありませんか」と声をかけられるような大手行でも手元現金が逼迫していて、このノーリスクで日銭の稼げる運用をあまりしなくなったことは、Fed自身の金利負担軽減にはなります。

ですが、アメリカの銀行業界全体がいかに手元流動性の確保に汲々としているかの証拠でもあるわけですから、手放しで喜べる事態ではありません。

なぜ現在アメリカの銀行業界で流動性が不足気味かと言うと、2023年は世界的に流動性が枯渇気味で金融資産価格も下落している市場が多かったのに、アメリカだけはFedが高金利政策で世界中の流動性を吸い寄せていたという事実があります。

次の2段組グラフの上段をご覧ください。


世界的に見ると、2023年は1970年代以降では国際金融危機の2008年に次ぐ深刻な金融資産価格の下落に見舞われた年でしたが、アメリカはFedの高金利政策によって世界中で不足がちの流動性を掻き集めて予想外に好調な株式市場を演出したわけです。

アメリカ国内で見ると、流動性の多い少ないは連邦準備制度総資産対リバースレポと連邦政府財務省が連邦準備銀行に開設している一般口座に入れてある資金量の綱引きで決まります。

連邦準備制度の総資産が増えるのは、その資産を買った分だけドルを市中にばら撒くわけで、流動性増加要因です。逆にリバースレポで銀行からカネを借りたり、財務省から預かっている資金が増えたりすれば、流動性は減少するわけです。

2022年以降Fedは総資産をじりじり減らしているのですが、2023年を通じてほぼ同額リバースレポの利用が減ったり、財務省一般口座の預金が減ったりでだいたいにおいて安定した流動性を維持していました。

銀行によるリバースレポ利用の減少が、0.5%の利ざやのそのまた日割り分などというケチくさいマネをしなくてもほかにいろいろ稼げる投融資対象があるので減っているのであればなんの問題もありません。

どうもそうではなく、たった1晩でも大口の引き落としがあると資金繰りに困るという銀行がリバースレポに参加する特権を持った大手行の中でもかなり増えているようなのです。

この時期に今や銀行救済策の大黒柱になったBTFPを打ち切られてしまうのは、駆け込み寺の門が突然占められてしまうようなもので、銀行業界は大いに困っていると思います。というのも、2024~27年の4年間は毎年約2兆ドル以上の社債・融資の償還が控えているからです。


私が以前から「アメリカの金融市場は2024年頃から本格的に悪化して、2027年にはほぼ決着が付いているだろう」と見ていたのは、この4年間という償還期限の厚い壁があったことも大きな理由です。

こうしたきびしい環境の中で、下段を見ると今や連邦政府とFedによる銀行救済策は、BTFP一本に絞りこまれた感があります。

昔は割引窓口と呼ばれていたものが今は「優先信用」と名前だけは立派になっていますが、ここを使っただけで経営不安が噂されるので使いにくい実情は変わりません。そして、さまざまな政府出資の金融機関の救済プログラムもほとんど意味のない数字になっています。

中小銀行が突然大量死? 大手も危ない

BTFPが打ち切られてしまうと即大きな問題が噴出しそうなのが、中堅以下の銀行群です。次の2段組グラフ上段でおわかりいただけるように、現段階でもしBTFPの資金を借りていなかったら、中小銀行全体として現金準備が安全性基準を下回っています



ただ、大手行なら安心かというと、そうも言い切れません。

大手行の預金の中にはもし銀行が破綻したとしても預金が返ってくる保険の効かない1口10万ドル以上の大口口座が多く、預金者は当然こうした銀行の財務体質に注意していてちょっとでも危険を感じたら引き落とすことが多いからです。

一応の目安としては、融資総額満期まで保有する予定の有価証券(いざ換金しようとすると買いたたかれることの多い流動性の低いものもふくまれている)の合計額が預金総額の90%以上だと要注意ということになっています。

そこで比較的知名度の高い米銀16行をリスクの高い順にリストアップしたのが、次の表です。


目立つのは5大銀行の一角を占めるウェルズ・ファーゴに危険信号が点っていることでしょう。ですが、預金残高全米2位のバンク・オブ・アメリカもこの比率が88%で、ウェルズ・ファーゴと大した差はありません。

満期まで保有するつもりの有価証券については、別に買いたたかれなくても現時点で含み損が莫大になっていることは、次の2段組グラフの上段にはっきり出ています。


さらに、民間銀行業界全体としての含み損は売却可能な証券もふくめて6700億ドル前後ですが、ここまで追い詰められた銀行業界を救うはずのFedは、すでに実現損で1200億ドル、含み損となると、民間銀行全体の2倍近い1兆2000億ドル前後に達しているのです。

急激かつ大幅な利上げはいったいなんのため?

なぜアメリカの金融業界がここまで追い詰められてしまったのかと言えば、もちろん発端はFedが2022年以来実施してきた急激で大幅な利上げです。

利上げがおこなわれるとだれが持っている債券でも、いっせいに価格が下がります。市中で高い利回りを約束する債券が出回ったら、同じ利回りにしなければ売れないので価格を額面や購入時の価格より安くしなければならないからです。

そして、債券を発行する側にとっても、利上げがおこなわれるたびに新しく発行する債券に支払う金利負担が増えます。その結果、連邦政府もFedも大幅な負担金利の増加に苦しんでいるわけです。


連邦政府の金利負担が激増しているのもさることながら、現在Fedは1日当たり約7億ドルの金利を支払い続けているというのも驚きです。

それもこれも、あまりにも急激で大幅な利上げを連発してしまったから身から出た錆びなのですが、いったいFedはこの利上げで何をしたかったのでしょうか

ちょっと大げさに振りかぶった問いかけになりますが、Fedだけではなく世界中の中央銀行はほんとうに「安定した貨幣価値を守り、より豊かな生活のための経済発展を促す」金融政策を実施しているのでしょうか。

こんな疑問を感じたのも、我々が現在暮らしている世界は20世紀半ばまでの経済学者たちが考えていたどんどん成長が加速し、豊かさにあふれた暮らしのできるものになっているとはとうてい思えないからです。

20世紀半ばから延々と数量経済史の第一人者であり続けたアンガス・マディソンは2010年に亡くなる直前まで楽観論を貫いた人で、遺作に次の2段組グラフの上段に引用したグラフを掲載していました。


このグラフは縦軸が対数目盛りなので、直線は同じ比率で伸びつづけることを意味し、実額で示せばだんだん上に向かう曲線になります。そしてその直線の勾配が徐々に急になるということは、成長率の加速を意味しています。

ところが、現実には下段で示したように1980年代初めあたりに屈折があって、それ以後の世界経済は明らかに1970年代までより低成長になっています。なぜでしょうか。私は、世界中で中央銀行が金融政策の担い手として定着したことのマイナスが大きいと思っています。

マディソンのグラフを見てもいわゆる「離陸」が起きたのは19世紀初め頃(1800年代初頭)なのですが、当時何が大きく変わったかというと、凄まじいインフレが起きては、その後これまた大幅なデフレが起きるといった大幅な貨幣価値の変動が少なくなったことです。

次の2枚組グラフの左側をご覧ください。


それまで派手な上下動をくり返していたインフレ率が、1800年頃かなり小幅に収縮します。「それこそ中央銀行制度のおかげではないか」とおっしゃる方もいらっしゃるでしょうが、当時経済発展が最も進んでいた西欧でもほとんど現代の中央銀行に似た組織はありませんでした。

右側のグラフでおわかりいただけるように、皮肉なことに中央銀行制度が整備され始めた19世紀後半から、世界のインフレ率中央値がふたたび上昇に転じてしまうのです。

しかも、今度のインフレ率の上昇は以前の乱高下と違って、毎年のインフレ率は比較的低めに保つけれども、ほとんどデフレが起きることを許さず、その結果長期的に見ると貨幣価値はじりじり下落しつづけるという特徴があります。

次の2段組グラフの上段には1960年代以降デフレを経験する国が非常に少なくなったこと、そして下段には1930年代不況を最後にアメリカはデフレを「根絶」した国になったことが描かれています。


ここで非常におもしろいのは、独立直前から連邦準備制度創設直前までの約140年間という長い期間にわたってアメリカのインフレ率は年率マイナス0.2%とほぼゼロインフレに近かったことです。

その間、アメリカが先行するイギリス、フランス、ドイツの経済に追いつき追い越すために、貨幣価値が安定していたことはプラスになることはあったにしても、マイナスでなかったのは確実でしょう。

また、連邦準備制度創設までは、白いPの字を入れた黒の六角形がひんぱんに出てきます。銀行恐慌ですが、これもまた健全な銀行を選ぶのは企業や消費者の自己責任ということになっていても経済発展にとってさしたる障害ではなかったようです。

またFed創設以降の平均インフレ率は年間3.3%ですが、これは現金を持っていると毎年3.3%ずつ価値が目減りすることを意味します。しかし、目減りした価値はだれのもにもならず静かに消えていくのでしょうか。

そうではありません。自己資金を上回る借金のできる大企業や国のような組織、そして大富豪などが巨額の借金をしてその返済負担が毎年3.3%ずつ目減りしていくことによって回収されているのです。

つまり万年インフレ経済は、貧者から富者への所得移転なのです。もっと始末の悪いことに、戦争によって生産設備が破壊され、労働力も兵士として動員される一方、軍備などの大きな資源を取られる大戦争は必然的にインフレを招きます

そして、急激な戦時インフレ、4~5年間に70%以上、あるいは9~10年間に200%以上のインフレが起きると、その後必ず株式市場で大ブル相場が出現するという経験則があります。


借金でどうにも首が回らないほど国債を乱発してしまった国の政府にとって、インフレで国債の元利返済負担を大幅に軽減した上に、後から株式市場の活況も付いてくるというのは堪えられない魅力的な選択肢でしょう。

私は、Fedのパウエル議長が連邦政府やFed自体の大赤字も顧みずにBTFPのように金融業界の財政規律を弛緩させる救済策を続けてきたのは、いずれどこかで大戦争を起こして、戦時インフレとその後の株価暴騰ですべて丸く収まると考えていたからではないかと思います。

それが一転してBTFPの打ち切り宣言に変わったのは「現在のアメリカの経済力、軍事力を考えると、大戦争に発展した場合に負ける可能性も大きい。しかも国際世論を敵に回した孤独な惨敗で、どう考えてもあとに株価暴騰がくるとは思えない」と悟ったからでしょう。

そうでなければ、かなりの数の中小銀行とある程度は大手銀行も破綻することを覚悟で、これほどの急旋回をする理由が見当たりません

インフレは株式市場でも富者に有利、貧者に不利に働く

次の2段組グラフはインフレ率が高いと株価の変動性は低く、また現物に対する先物のプレミアムが高くても株価の変動性は低いことを示しています。


ほとんどの株式市場参加者は、株価が上がると思って株を買います。もちろん、下がると思ってカラ売りから入る人もいますが、かなりのリスクを承知した上での少数派です。

そして、市場参加者の大部分は名目でしか価格を見ないのでインフレ率が高いほど、ほぼ自動的に株価も上がります思惑どおりに株価が上がっている限り想定外の取引をする必要がないので株価の変動性も低くなります

こんなところからも金融業界は慢性的なインフレを要求し、この業界が連邦政府に送りこんだ利益代表であるFedの幹部たちも慢性的なインフレを実現するために金融政策を展開するわけです。

Fedには金利や貨幣供給量をコントロールする能力はないけれども、金融環境を万年インフレに保つ能力はあるようです。

先物のプレミアムが高いほど株価の変動性が低いのも、同じ理由で将来上がると思っている人たちが安心して株を買うので、乱高下のないジリ高になるわけです。ただひとつ注意が必要なのは、インフレ率が高いと株価と債券価格が逆相関ではなく正相関になることです。


つまり、ふつうなら株価が高いと債券価格は低く、株価が低いと債券価格は高くなるものですが、インフレ率が高いときにはあらゆるモノの値段が上がるのと一緒に金融商品の値段も上がるので、正の相関になるわけです。

なぜ要注意かといえば、上がっているときだけはなく、あまりにも割高になって下がるときも一緒に下がるからです。とくに少額の資金で出発した個人投資家の場合、どこにも逃げ場がなくて、投げ売りして市場から退場ということになります。

ここでも分散投資ができるし、かなり長く続く下降期をやり過ごすことができる大口の投資家は、個人投資家が捨て値で処分した株や債券を安く買って、さらに資産を増やすことになります。

カネを借りるときだけではなく、相場を張るときにも、インフレは金持ちに有利で貧しい人に不利な金融環境なのです。

その結果、先進諸国でもとくに慢性インフレが顕著なアメリカの所得分布は、どんどん金持ちがますます豊かになり、貧乏人がますます貧しくなる構造になっています。


上段を見ると、現在アメリカで所得が下から90%に入る人たちは1970年代初めより貧しい暮らしをする一方、上から1%の人たちは当時より3.5倍豊かな暮らしをしています。

国民所得のシェアでいうと、トップ1%には20人分の所得があり、下から半分には4分の1人分の所得しかないという状態です。

さて、戦時インフレで債務や含み損の大半を踏み倒し、その後の株式ブル相場でまた儲けようという路線を放棄したFedは、次にどう出るのでしょうか。

もう自由競争の市場経済自体にも見切りを付けて、全面監視社会・完全統制経済への道を踏み出すのではないでしょうか。それが昨今また一段と具体性を高めている中央銀行デジタル通貨の提唱です。

ちょっと長くなリ過ぎましたので、その点についてはまたの機会に。

読んで頂きありがとうございました🐱 ご意見、ご感想やご質問はコメント欄かTwitter@etsusukemasuda2 にお寄せ頂ければ幸いです。 Foomii→増田悦佐の世界情勢を読む YouTube→増田悦佐のYouTubeチャンネル

コメント

不動産鑑定士 髙橋 雄三 さんのコメント…
「日本インフレ不可避論」の資料を集め、構想を練っています。
今日の記事で多くのヒントをいただきました。

「インフレで利益を得るのは誰か?」という視点です。
〇国家⇔ 多額の借金(国債の発行)が目減りする。
〇大企業⇔ 多額の借入金が目減りする。
〇巨額の借金をしている富豪⇔ 借金が目減りする。

「万年インフレ経済は貧者から富者への所得移転」という視点に目が覚める思いです。

不動産鑑定士 髙橋 雄三
スイーツ さんの投稿…
増田先生、今回のブログ記事と直接関係ないのですが、例の鈴木傾城氏はここ最近「金融リテラシーも無い一般国民が安易にNISAだとか投資に手を出したら危ない。」と言うようになりました。

知らない人の為に解説しますが、この人はずっと「投資しない奴は馬鹿」という理屈ばかり言ってきた人物です。それなのに、増田先生や荻原博子先生のような事を言うようになったのは何故?

おそらく、アリバイ作り、もしくは訴訟逃れ責任逃れだと僕は思っています。
増田悦佐 さんの投稿…
高橋雄三様:コメントありがとうございます。
まだ健全な発想をする経済学者もちらほら生き残っていた1980年代頃までは、インフレが貧者から富者への所得移転だという認識は、歴史の教える教訓として広く共有されていたのですが。
今はもう、建前はいざ知らず、世界中の中央銀行がインフレを維持し、株価上昇率を名目経済成長率より高く保つためなら、カネは万年過剰供給でいいという「金融政策」を取り、それを「理論化」するModern Monetary Theory (MMT、またの名Magic Money Tree=魔法のカネの成る木)がもてはやされる世の中ですから、なにをか言わんやです。
なお、第69回勉強会のYouTube動画もぜひご覧ください。
増田悦佐 さんの投稿…
スイーツ様:
コメントありがとうございます。
まあ、おっしゃるようにお尻に火が点いてしまったので必死に消し止めようとしているのかもしれませんが、鈴木傾城さんはなかなか時勢を見る眼があるじゃないですか。
どういう動機であれ、まともな主張をする人が増えてくれるのは大歓迎です。