90兆ドルに達したアメリカ民間部門総債務の山が崩れ始めた

こんにちは
今月2日、老舗格付け会社のフィッチが「アメリカ国債のレーティングをトリプルAからダブルA+に格下げする」と発表しました。

日米ともに、金融市場はこのニュースを「連邦政府債務の上限枠をめぐる空騒ぎ」と似たようなものと受けとめているようです。しかし、政府も民間企業も家計も全部借金漬けで運営されている多重債務国家、アメリカにとってこれは深刻きわまる問題です。

そこで今日は、すでに90兆ドルという巨額に達しているアメリカ民間部門の総債務が、国債の格下げによって金利負担が重くなっていったら、いったいどういうことが起きるのかについて書いてみようと思います。

もともと収益を稼ぐために存在する組織ではない国は、どうせ国民にたかって生きていくしかない存在です。

ですから、借金の山にのしかかられて身動きが取れなくなっても、税金を上げる、インフレを起こして元利返済の実質負担を軽くする、あるいは居直って債務不履行を宣言するといった手を使って平然と生き延びることができます。

慎重だった金融業界に何が起きているのか?

それに比べると、企業や世帯は借金が返せないと存続の危機に陥ります。そして、アメリカの民間部門は今、借金を返しきれずに多くの企業が破綻したり、家計が自己破産を申請したりが日常茶飯事という世相になりつつあります。

次のグラフをご覧ください。


企業部門の債務合計額は季節調整前で94兆8000億ドルとなっています。この数字を季節調整済のほうで非金融企業、金融企業に分けると、非金融が69兆5000億ドル金融が20兆4000億ドルで、合わせて89兆9000億ドルと、ぎりぎり90兆ドル未満となっています。

しかし、季節調整という手法はつごうの悪い数字を少しはマシに見せるために使われることも多く、すなおに季節調整前の94兆8000億ドルと見ておいたほうが安全でしょう。非金融企業はGDPの約2.7倍、金融企業はGDPの約80%の債務をしょっていることになります。

このグラフをざっと見渡しただけでおわかりでしょうが、国際金融危機のあと金融業界は借金を増やすことに非常に慎重になっていました。第1次コロナショックのあった2020年頃までサブプライムローン・バブルのピークを下回る水準に保ってきたのです。

金融企業の総債務を、証券化して投資家に売った分証券化しないで持っている分に分けると、金融業界がどれほど債務の増大にナーバスになっていたかが、もっとはっきり浮かび上がってきます。


金融機関が借金をするときには、どこかに投融資をして利ざやを稼ぐために借りるわけです。

自社が投融資をした分を市場で売買のできる証券にして投資家に売ってしまえば、投融資先の企業が配当や金利を払えなくなったときに被害を受けるのは金融業者ではなく、その証券を買った投資家ということになります。

今年の第1四半期末の時点で、金融業界は総債務の約63%を証券化し、手元に残しているのは37%だけとなっていました。

銀行業界による融資が史上最大の激減

こうして手堅くやってきたはずのアメリカ金融業界に、大異変が起きています。銀行にとってもっとも安上がりな資金調達法である預金がかなり目減りしている上に、今年の3月下旬に1週間で総融資残高が1347億ドルも減少するという事件が起きていたのです。


昨年末から今年の3月までアメリカで中堅銀行がバタバタと破綻したので、預金が目減りしているのは事実です。ただ、融資をするための預金という資金が減っているので、融資を差し止めたり、貸し剥がしをしたりといったことをしているわけではありません

銀行が預金総額のうちどのくらいの額を融資に使っているかの比率を預貸率といいますが、ほとんどの米銀の預貸率は70%以下なので、預金がかなり大幅に減ってもそのために融資を縮小する必要はまったくないからです。

しかも、使おうと思えば使える余剰預金は潤沢にあるはずなのに、米銀業界は今必死で預金より高い金利を払わなければならないであろう借金を増やしています。次のグラフが示すとおりです。


ご覧のとおり、今年の第1四半期までの4四半期(丸1年)で、サブプライムローン・バブルがパンパンに膨れあがっていた2006~07年の4四半期間とほぼ同額の2兆ドルに迫る借金をしていたのです。

いったいなぜでしょうか?

私は第1次コロナショックも過ぎてほぼ平常どおりの経済活動ができるようになった2021年に、金融業界と機関投資家だけでひそかに膨らませていたAIとEVのバブルが2022年に崩壊したために抱えこんだかなり巨額の評価損を、なるべく小さな実現損、できれば実現益にするための軍資金だったと思います。

2021年は異常なくらい新規上場時の新株売出しと買収・合併活動が盛んになった年でした。


上半期だけなのが残念ですが、上段のIPO案件の2021年の激増ぶりとその後2年続きの激減ぶりが、2021年IPO組の企業がいかに悲惨な末路をたどったかを暗示しています。

この時期に特別買収目的会社(SPAC)を通じてIPOをしたEVメーカーの大半が、IPO直後の高値に比べて株価が80~90%台の大暴落をしたことはご存じの方が多いと思います。

意外に知られていないのは、2021年当時からAI銘柄の本命と目されていたエヌヴィディアが、あっという間に2000億ドル、3000億ドル台を駆け抜けて2021年の秋には時価総額8000億ドル台でピークアウトし、翌22年秋には4000億ドル台を割りこんでいたことです。

こうして巨額の評価損を抱えこんだ機関投資家や金融業界が、銀行危機から市場参加者の目をそらす目的も兼ねて、今年の3月頃から派手に宣伝し始めたのが、個人投資家向けのAIバブル、あるいはAIによる損失の救済バブルなのです。

エヌヴィディアに関しては今のところ大成功で、アメリカ株式市場での取引き開始以来初めての、何ひとつ独自事業も独自製品も独自サービスもなく時価総額1兆ドルを達成した企業となりおおせています。

それでも米株市場は巨大企業がお好き

ですが、結局のところAIバブルでも最大の恩恵に与ったのは、過去10年ほど不動の地位を固めている巨大ハイテク企業群でした。


今回のハイテクバブルの特徴は、以前にも増して時価総額トップ1~2社への集中度が高いことです。

次のようなグラフを見ると、S&P500株価指数という、各業界の大手を集めた指数の中でさえ、時価総額トップ10社と「その他大勢」のあいだには、とうてい埋めることのできない格差があるように感じます。


さらに、巨大企業は着々と設備投資を進めているのに、群小企業群は設備投資も低迷気味となると、この差は将来ますます広がるのではないかという懸念も生じます。


でも、この株価パフォーマンスや設備投資意欲のあるなしは、ほんとうに企業としての収益力の差を反映しているのでしょうか? 私は大いに疑問があると思います。

株価上昇率の差は自社株買い資金力の差

私は巨大企業のほうが株価パフォーマンスがいい最大の理由は、巨大企業は潤沢な自社株買い資金を持っていることだと思います。


自社株買いというのは、経営陣が自社の株を一般投資家から買い入れることによって、流通中の株数を減らして「1株利益が上昇した。すなわち利益成長があった」と見せかけ、かつ自社が買い入れ価格を指定したより下の価格では株を売らせないという露骨な株価操縦です。

このグラフをすぐ前の設備投資のグラフと見比べていただくと、同じグラフに貼り付けるラベルを変えただけではないかと思うほど、よく似たパターンを描いています。投資や自社株買いに回せる資金が潤沢な企業ほど株価も上がるというわけです。

アップルが示す「金持ち企業」の退廃

じつは、史上初の時価総額3兆ドル企業になったアップルは、自社株買いでも巨大ハイテク各社の中でさえ突出した存在です。


アップルが積極的に自社株買いに取り組むようになったのは、今から10年前の2013年でした。その後の10年間でアップルが自社株買いに費やした費用は5880億ドルで、S&P500採用銘柄中492社の時価総額はこの数字より小さいのです。

こうしてアップルは流通中の株式総数も約4割削減して、景況や自社製品の好不調にかかわらず着実に1株利益を伸ばしつづける企業という虚像を市場関係者の間で定着させたのです。

そのとがめはふたつのかたちで現れました。万年割高株となってしまったことと、新製品・新サービスの開発における独創性の喪失です。


この上中下3段組のグラフは、株式市場に関わりを持っていらっしゃる方なら、どなたでも「これは買えないね」とおっしゃる割高さだと思います。とくに株価売上高倍率が6~8倍の範囲に定着してしまったのは異常です。

売上を全部株主に還元したとしても株を買ったときに払った資金を回収するまで6~8年かかるわけで、売上高当期利益率が100%などということはあり得ない以上、アップル株を買った人が配当で投下資金を回収しようとしたら最低でも20~30年はかかることを意味します。

さて、新事業・新製品・新サービスにおける独創性の喪失ですが、まず次の図表の上段グラフに地味に出ています。


過去3四半期連続で前年同期の売上を下回っているのです。何かひとつでも消費者が「これはおもしろい」と飛びつくような斬新な事業、製品、サービスがあれば、ここまで売上が停滞することはなかったのではないでしょうか。

そして、同じことをもっと悲劇的に現しているのが、今年のイチ推しはフェイスブック改めメタが入れこんでメタメタやられた醜い現実を見せないための遮眼帯メタヴァースのモノマネ商品だったという事実です。

私はアップルが世界に果たした最大の貢献iポッドとiチューンズストアの組み合わせによって、CD1枚を丸ごと買わずに好きな楽曲だけバラで買えるようにしたことだと思っています。

その結果、2~3年スタジオに籠もってゴテゴテ電子的な装飾音で飾り立てたCD1本が大ヒットすれば一生食っていける世の中ではなくなって大衆音楽がスタジオ録音再生芸術からライブパフォーマンスに戻ったのはすばらしいことだからです。

そのアップルが、ここまで落ちぶれ果てるとは・・・・・・。やっぱり、人間だけではなく企業も、ムダに大金を貯めこんではいけないのだと思います。

皮肉なことに、連邦準備制度による連続的な利上げは、当面アップルやマイクロソフトの優位をさらに強めるでしょう。借金で自社株買いをしてきた企業の中で、営業利益率が借入金の金利を下回る企業は、今までどおりに自社株買いをすることはできないだろうからです。

ただ、ここまで巨大ハイテク企業一本かぶりの相場で「やはり巨大ハイテク企業はあまりにも割高だ」という認識が広まったら、米株市場には大きすぎる穴を埋めるどんなテーマも見当たらないでしょう。

もうひとつの懸念要因は家計債務

米株市場の崩壊より早めにやって来そうなのが、家計債務の肥大化による個人破産の激増です。次のグラフをご覧ください。


財務省債があまりにも大きなノイズを出しているので目立ちませんが、家計部門の新規借入額が非金融企業とほぼ肩を並べるほど大きく、また過去最高だったサブプライムローン膨張期並みに膨らんでいます。

もっと怖いことに、今回の個人家計借入の増加は、比較的金利の低い住宅ローン中心ではなく、正真正銘高利貸し水準の金利を取るクレジットカード債務が中心になっていることです。


もちろん、増加額で比べればいちばん大きかったのは住宅ローンの6270億ドルです。しかし、これは総額12兆ドルの中の6000億ドル強なので、パーセンテージにすれば5%増えた程度にとどまっています。

一方、クレジットカード債務のほうは総額がやっと1兆ドルに達した中の1440億ドルですから、過去1年で約15%も増えているはずです。しかも直近の今年第1四半期との比較では住宅ローンが300億ドル増に対し、クレジットカード債務の増加額は450億ドルとなっています。

クレジットカード債務残高の前年同期比増減率は、次のグラフのように変化していました。


2020~21年のコロナ対策大盤振る舞いで一過性の激減があったあとは、10%台後半の伸びが定着してしまった感があります。さすがに「これは危ない」と思ったのか、直近では一括払いの残高は増えつづけていても、分割払いの債務残高は微減に転じました。



しかし、焼け石に水とも言えないほどの小さな減少幅であり、「一括払い」のつもりで借りるカードローンはまだ激増し続けています。これがどんなに悲惨な結果を招くかは、次のクレジットカード金利推移でご想像いただけるでしょう。


2010年代前半あたりには、全クレジットカードローン平均金利は分割払い金利よりかなり低い時期もあったのですが、連邦準備制度による利上げ連発が始まった頃から、全クレジットカードローン平均金利が分割払い金利にさや寄せする傾向が顕著です。

一括払いで済むつもりで借りたカードローンが、決済日に間に合わずに延滞金利を取られることになったというケースが多いのでしょう。

自動車ローン負担も急激に重くなっている

クレジットカードローンほど目立ちませんが、自動車ローンも急激に金利が上がっています


過去10年ほど、初めのうちはセダンやハッチバックよりSUVを買う人が増えたことによって、最近ではEVを買う人も増えていることによって、新車の価格はかなり上がっています

しかし、2013~21年の間は、自動車ローン金利が4%台と非常に低かったので、ローン支払い負担はあまり増えていなかったのです。

ところが、新車価格は上がり続け金利も急激に上昇しているため、直近3年間で月間ローン支払い負担は28%も高くなって、736ドルに達しました。これは史上最高の自動車ローン負担額です。

過去約2年にわたって実質賃金が下がりつづけていたのですが、ここ2~3ヵ月わずかながら上昇に転じました。この事実がアメリカ経済悲観論に対する反証だとおっしゃる方もいらっしゃいます。

しかし、新車価格の上昇率は直近1年で3.5%にとどまったといっても、自動車ローンの返済負担は激増しています。さらに、公共交通機関の乗車賃は直近1年で9.0%も上がってしまいました。

サブプライムローン・バブルが崩壊したあと、ローンを組んで住宅を買うことができるのは信用点数が660以上の人に限定されたと言っても過言ではありません。最近では、自動車ローンを新規に借り入れる人の中でも信用点数が660以上の人の比率が高まりつつあります。

このままでは、アメリカ国民の中で移動の自由を奪われてしまう人の数が激増するのではないかと思います。

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