学費ローン延滞大量発生でアメリカは金融危機から体制崩壊の危機へ

こんにちは
今日は先週お届けしたAI論前編(こちら)に続いて、後編をお届けする予定でした。しかし、緊急に影響を考察する必要のある問題が発生したため、予定を変更して学費ローンの延滞について書かせていただきます。

発端は連邦政府債務の上限枠をめぐるカラ騒ぎ

アメリカ連邦政府の総債務が、連邦議会で設定した現在の上限枠を突破しそうになったため、民主党・共和党のあいだで上限枠の引き上げをめぐる駆け引きが展開されました。

上限枠が引き上げられないと、満期償還を予定している米国債の償還ができないといった事態が生じ、金融市場ばかりか世界経済に致命的とも言えるような打撃を与えることになります。

両党ともその責任を負わされるのはいやなので、いつも期限ぎりぎりに新しい上限枠を設定して一件落着となるので、正直なところ今回の上限枠をめぐる駆け引きについても、あまり注目していませんでした。

中には好調な消費の腰折れを招く項目も

ところが、今回成立した妥協案にはアメリカ国民の生活にかなり深刻な影響を及ぼす細目が含まれています。それがコロナ対策の一環としての「学費ローンを未納のままでいても延滞扱いにならない」という特例措置の廃止です。

この罰則無しで学費ローンの未納を続けられるという特例がどれほどアメリカ国民の消費行動を活性化したかは、ちょっと日本では想像もつかないほどです。

たとえば、次の2枚組グラフをご覧ください。


耐久財も非耐久財も、消費財の購入は第1次コロナショックの落ちこみ後、過去のトレンドをはるかに上回る勢いで推移しています。

最近は消費の主流を占めているサービスの消費は、ほぼ一貫して過去のトレンドを下回っていることと比べると、まさに対照的です。

もちろん理由の一端はロックダウンなどによって行きたいところに行けない時期が続いたので旅行や娯楽施設利用、スポーツ観戦、コンサートや劇場に足を運ぶことができなかったため、その代償としてモノの消費ばかりが増えたということでしょう。

ただ、それだけではなく、バイデン政権が3回にわたって実施した大型支援策の発動に呼応してトラック陸運の需要が伸びていることも明白なのです。


もちろん、世界中どこの政府でもやるように緊急支援とか補正予算とかはありとあらゆる項目まで数え入れて「盛った」数字になっていますが、それにしても表面上の金額だけでも3回合わせて10兆ドルを超える対策というのは、驚きです。

この10兆ドル余りの中で、いわゆる「真水」部分だけでも2兆3000億ドル、GDPの1割近くに達するという推計もあります。

その支援策がいかに大きな製商品の購入に結び付いたかを示すのが、陸運発注量指数です。この指数は1万が好調・不調の境界になっているのですが、コロナ対策が本格化した2020年夏ごろから2022年初頭まで約1年半にわたって長期水準の4~6割増しが続いたのです。

なぜ需要はモノに集中したのか?

これほど物流を活性化させた需要がどこから来ているかと言うと、バイデン政権によるコロナ支援策がかなり意図的に、下に厚く上に薄い構造になっていることが挙げられます。


下段の表は直接給付や税制上の優遇措置が、さまざまな所得階層の世帯にとってどの程度所得を増加させたかを示しています。

アメリカ社会全体としては消費の主な対象がモノからサービスに移っていると言っても、中にはまだ欲しいものが買えないという所得水準の人たちも大勢います

とくに世帯所得が2万1300ドル未満という層の人たちの所得が約3分の1増えれば、このチャンスに欲しいものを買っておこうということになるのは、自然な成り行きだと思います。

下に厚く上に薄い支援策自体は、もちろん逆に上に厚く下に薄いよりいいことです。ただ、終わりのある臨時措置ですから、そのあとどうなるかにも細心の気配りが必要だったと思います。

バイデン政権のコロナ支援策でいちばん無責任さが表れているのが、緊急事態が続いているかぎり「家賃を未納にしていても滞納扱いしないし、学費ローンの返済が遅れても延滞扱いしない」という項目を入れていたことです。

とくに、学費ローンについては「いずれは学費ローンの残債全部を棒引きにする(いわゆる徳政令です)。それまでの経過措置として未納のままであっても、延滞扱いにしないことにする」と主張していたことです。

同じように「未納でも延滞扱いにはしない」と言われても、家賃の場合はいずれ支払わなければならないことがわかっているので、あまりこの特例を利用して未納を続けた人はいませんでした。

ところが、学費ローンの場合は民主党が2020年大統領選の公約のひとつにもしていたため、「未納のままでいれば、そのうち徳政令で全額チャラになるから、あとからの返済負担が大きくなる心配はいらない」と考えた人が多かったようです。

その学費ローンの残高がどれほど大きな金額かを示しているのが、上段のグラフです。1兆7,600億ドルは、GDPの7%に相当します。そして、現在学費ローンを返済中の人が約4000万人いる中で、民主党を信じて未納を続けてしまった人が64%、約2500万人もいるのです。

これは、ほんとうに深刻な話です。下段の表でいちばん手厚く支援を受けている世帯所得2万1300ドル未満の人たちが受け取った金額が年間3590ドルに対して、学費ローンの月間返済額の平均値は約393ドル、1年未納を続ければ4700ドルも「浮く」ことになっていたからです。

民主党側の主張としては「一応政府系金融機関からの学費ローンに関しては、一定の限度額以下なら免除するという大統領令は出した。だが、保守派ばかりで固めた最高裁がこの大統領令を憲法判断で無効にしたら、それはもう最高裁の責任だ」ということなのでしょう。

実際、最高裁は現在この案件を検討中ですが、自分で何とか学費を工面して大学に通っている人、ローンを受けられずに大学入学を断念した人に対してあまりにも不公平なので、この大統領令は無効と判断する可能性が高いと言われています。

学費ローン未納=延滞扱いの再開が意味すること

さて、今回の妥協で学費ローン未納を延滞扱いしない特例は、6月末をもって打ち切ることが確定しました。ただ、60日間の周知徹底期間を置いて、8月末までは未納でも延滞にはならない、9月からは未納の延滞扱いが再開されることになります。

それがとくに学費ローンの残債がある世帯にどれほど深刻な影響を及ぼすかを暗示しているのが、次の2枚組グラフです。


2010年末から2020年初めまでの10年強にわたって、学費ローンは通常の30日以上延滞率でも、90日以上の重度延滞率でも断トツでした。それが、2020年半ばから魔法でもかけたように急落したのは、まさに未納を延滞扱いしないという特例措置のおかげです。

また、学費ローンに90日以上という重度の延滞が多かった理由のひとつが、学費ローンの性質上延滞から債務不履行に切り換えたとしても、差し押さえて競売で資金回収ができるような担保物件がないという事情も存在します。

学費ローンを未納にしたままでいた世帯の多くは、それまで学費ローンの返済負担がきついので、欲しくても買えなかったモノを買ってしまった可能性が高いのです。経過金利はいっさいなしでも、今年の9月から毎月返済を続けることができない世帯が続出するでしょう。

「2007~09年の国際金融危機で急上昇したクレジットカード・ローンの延滞に懲りて、その後クレジットカード債務には慎重になった人が多い。学費ローンに関しても同じように経験に学んで今後慎重に行動するようになるだろう」とおっしゃる方もいます。

ですが、痛い経験から学んでクレジットカード・ローンの延滞率が下がったのとは違って、学費ローン延滞率の急低下は民主党バイデン政権による制度いじりの結果なのです。

この政権を支持するリベラル派の人たちは「なんとか制度を工夫すれば、本来返さなければいけないローン負担を帳消しにすることもできる」という身勝手な発想をする人が多いような気がします。

債務負担激増が凍て付く中古住宅市場と連動

間の悪いことに、アメリカの庶民は学費ローン返済負担が突然のしかかってくる頃に、これまでの住宅価格高騰による持家の評価益を実現して、下がる一方の実質賃金を補って生活水準を維持することも非常にむずかしくなっています

アメリカ庶民の生活を支えてきた重要な柱のひとつが、持家のある世帯ではよほど不運な時期に買っていなければたいていの家には評価益が溜まっていて、買い替えによって評価益の一部を住宅以外の用途にも使えることでした。

低金利の時代には、たとえ残債のある持家でも他の家に住み替えるときに一度ローンを完済して低金利のローンを組めば、ローン返済負担も減らすことができていたのです。

しかし、住宅ローン金利が30年物固定金利だけではなく5年物変動金利でさえ急騰している現在、残債のある持ち家を売って新しい家のローンを起こすと、ほとんどの世帯にとってかなり返済額が上がってしまいます

住宅ローン金利の急騰ぶりを示すのが、次の2段組グラフです。


下段のグラフでは、現在の30年固定金利ローンの負担は国際金融危機のさ中の2008年と同じ程度に見えます。しかし、実際には年収に対するローン負担が現在と同じ高さだったのは、ちょうど日本で地価・株価バブルがピークに差しかかっていた1988~89年のことなのです。

そのあたりの事情を示しているのが、次の2枚組グラフの上段です。



年収の半分近くをローン返済負担に振り向けなければならないとしたら、自宅の売却代金と手持ちの資金だけで次に住む家を買える世帯以外は、ほとんど買い替えを考えなくなるでしょう。

それによって何が困るかと言うと、下段のグラフでおわかりのように中古住宅買い替え市場は非常に大きく、年間400~700万戸が売買されているからです。アメリカの住宅市場は完全に中古買い替えが主で、毎年130~180万戸にとどまる新築購入や持家建築は従なのです。

ギャラップ社が毎年行っている世論調査では、「住宅は今が買いどき」と考えている人の比率が、調査開始以来最低の21%に下がっています。


去年も「初めて30%台を割りこんだ」と話題になったのですが、今年はさらに下がってかろうじて20%台に踏みとどまっている感じです。しかも、「来年は住宅価格が上がる」と見ている人が56%もいて、住宅の買いどきが来るのはかなり先のことと考えているようです。

アメリカでは、中古住宅売買市場が冷えこむと、その派生需要のケースも多い住宅新築市場も低迷するようになります。

米株市場には住宅建築会社がほとんどなく、全国ネットの大手は皆無と言ってもいいほどなのであまり金融業界では話題になりませんが、地場産業としては住宅建築の存在は大きいのです。

さらに、銀行危機が不動産業界の中でも非常に重要なオフィスビル、大型小売施設開発に支障をきたす形勢になっています。

オフィス小売施設開発融資は中小銀行中心

表面的には銀行危機は小康状態にあるように見えます。


上段のグラフからは、3月いっぱいかなりのスピードで続いていた預金流出は、4月の第2週以降ほぼ横ばいに変わったことが読み取れます。

しかし、下段を見ると、今回銀行危機が勃発してから慌てて創設された、緊急措置としては異例の最長1年までの期間にわたって資金を貸してくれるバンク・ターム・ファンディング・プログラムの利用は、5月第4週についに900億ドルを突破しています。

また、連邦準備制度以外の目立たないところで政府による銀行支援はかなり巨額に達するようになっています。


連邦住宅貸付銀行は、名前どおりに住宅ローンの貸付を本業とする銀行ですが、銀行危機に際しては「前貸金(Advances)」という名目で担保を取って流動性が不足している銀行に融資をしています。

この前貸金の残高が、国際金融危機のピークでさえ到達しなかった1兆ドルを突破しました。銀行危機はまったく終息しておらず、むしろなるべく目立たないところに潜伏させられているだけだと思います。

こうした緊急支援措置の対象となっている金融機関は、今のところほとんどが地方の中小銀行でしょう。しかし、「大手銀行の破綻さえなければ、国民経済に大きな影響はない」と考えるのは間違っています。

下段の表にあるとおり、商業用不動産開発、中でも現在かなり深刻な構造不況に陥っているオフィスビルや大型商業施設の開発資金に関するかぎり、最大の貸し手は中小銀行なのです。中小銀行の資金繰り悪化は、即商業用不動産開発の冷えこみにつながるのです。

「もともとオフィスビルも大型小売施設も建てすぎだから、新規事業が立ち往生しても別に需要を満たせないわけではない。むしろ、不動産開発業者や中小銀行が捨て値で処分した物件を大手金融機関が買い集めれば業界の安定化につながる」との見方もあるでしょう。

しかし、ほとんどあらゆる産業分野で寡占化が進んでいるアメリカで珍しく競合企業の多い、住宅建築、不動産開発、そして中小銀行までもが寡占化の波に呑みこまれてしまうのは決して健全な変化ではありません

米株市場はますますの寡占化を促す

こうした状況の中で、2022年を通じて不振だったアメリカ株が今年に入ってAI銘柄を中心に一握りの巨大寡占企業が牽引するブル相場に転換したように見えるのは、決して危機が回避された証拠ではなく、むしろ危機の深化を示しています。


上段を見ると、今年5月25日までの時点でS&P500採用銘柄のうち、S&P500株価指数を上回る値上がりをしていたのは、たった29銘柄だったことがわかります。下段のいわゆるハイテク大手7銘柄を除くと、わずか22銘柄、サッカー2チーム分だけです。

また、アメリカ株は1990年代後半以降どんなに景気が悪くてもS&P500を上回る値上がりをするのは50~60銘柄台、景気がいいときには20~40銘柄台と、つねにほんの一握りの銘柄に牽引されていて、残る450近くの銘柄は足を引っ張っている構造だとわかります。

1998年の28銘柄、99年の30銘柄までアウトパフォーム銘柄が少なくなったとき、米株市場は2000~02年のハイテクバブル崩壊を迎えました。今年5月までの29銘柄というのも、かなり切迫した危険信号だと思います。

読んで頂きありがとうございました🐱 ご意見、ご感想やご質問はコメント欄かTwitter@etsusukemasuda2 にお寄せ頂ければ幸いです。 Foomii→増田悦佐の世界情勢を読む YouTube→増田悦佐のYouTubeチャンネル

コメント