第二次世界大戦とともにアメリカの市場経済は終わっていた 後編

こんにちは
今日は前回に続いて、第二次世界大戦後のアメリカ経済が自由競争の市場経済ではなく、カネとコネで動く利権経済に変わってしまったことと、その後4分の3世紀を経てアメリカ国民に利権経済が続いたことのしわ寄せが回ってきた実情について書きます。

軍需産業に勝るとも劣らない利権がのさばる医薬品業界

まず、次のグラフと表の組み合わせをご覧ください。


下のロビイング額トップ20社の表を見ると、4分の1に当たる5社が軍需依存度の大きな企業です。ただ、上の産業別ロビイング投資額から見ると軍需産業は第8位となっていて、意外に小さな金額しか投じていません。

理由の一端は、単一企業としては8位のロビイング投資をしているボーイング社が、業界団体としては軍需ではなく航空運輸産業に属していることです。

もっと大きな要因としては、軍需産業が非常に寡占化の進んだ業界であって、中小零細企業が少額の資金を出し合って業界団体としてロビイングをすることが少ないという産業構造も影響しています。

その点、産業別で最大のロビイング投資をしている医療・健康関連業界は、大手製薬会社が巨額献金をしているだけではなく、さまざまな業界団体や、医師会・看護師会などの職能団体もそれぞれロビイングをしているだけに、総額が大きくなっているのです。

ちなみに、医療・薬品分野は軍需と並んで、政府省庁のような大規模な需要家と市場を通さずに相対取引で売上の多くを稼ぎ出す分野でもあります。

アメリカ連邦政府国防総省の出入り業者を受注高順でトップ10社まで数え上げると、みごとに軍需と医療・健康関連の企業ばかりが並んでいます。


大口需要家との相対取引に慣れていることが何を意味するかというと、1946年に「ロビイング規制法」という名の贈収賄奨励法が成立した時点で、この法律をうまく活用すればどんなにおいしい商売ができるか熟知していたということです。

もうひとつ、軍需産業と医薬品産業の共通点があります。それは「命に関わることなのだから、我々専門家の言うとおりにしなさい」という脅しが通用しやすい分野で仕事をしているという事実です。

第二次世界大戦中から続いた規制物質の「薬品化」

第二次世界大戦中は枢軸国側だけではなく、連合国側でも長時間労働をさせても事故や生産遅延を起こさないように、現在ならきびしく規制される化学物質を「眠け覚まし」や「士気高揚」のために市販薬として売ることを許可していました。

第二次大戦後の経済復興期にも、こうした危険な薬物は特例として市販薬としての流通が許可されていたのですが、だいたいにおいて1950年代半ば頃までにはきびしい規制のもとで管理されるようになりました。

ところが、ここに顕著な例外があって、それはアメリカでは大企業にうま味のある「非常時体制」を平時に持ち越すことを許すロビイングによる法律・制度の改変でした。

代表的な2例を、1950年代初期の医師向けのポスターからご紹介しましょう。


抗うつ剤としてのリタリンも、痩せ薬としてのアペトロールもそれなりの効果はあったのですが、依存症形成のリスクが大きいということで、医師がこうした目的で処方することは減っていきました

ですが、はっきり言って依存症形成リスクが大きいということは、製薬会社にとっては需要を長期にわたって拡大できる「良い製品」となるのです。そこで製薬会社は、執拗になんとか適応症の転換(repurpose)によって薬品としての寿命を引き延ばそうと画策します。

こうした製薬会社の努力のおかげで非常に多数の患者を出現させることに成功した可能性がそうとう高いのが、注意欠陥多動性障害という病気です。

アメリカだけで激増したADHD

注意欠陥多動性障害(Attention Deficiency Hyperactivity Disorder、略してADHD)という病気をご存じでしょうか。とくに幼児期から少年期にかけて発症することが多い、注意力が散漫でじっとしていることが苦手という症状に付けられた病名です。

私は、子どもの頃に注意力が散漫だったり、じっとしているのが苦手だったりするのは、病気というより個性と見るべきではないかと疑っていました。

この病気を発症する子どもの数が1980年代頃から急激に増えていった事情をいろいろ調べてみました。もちろんほんとうに深刻な病気として治療を必要とするケースもあるのでしょう。

ですが、大半はリタリンとか、効能を発揮する期間を長くしたメチルフェニデート製剤であるコンサータの売上拡大のために、必要以上に多くの症例がADHDと診断されてきたのではないかとの疑いを、私は深めました。

まず怪しいのは、ADHDに顕著な効能を示すとされているメチルフェニデートの消費量があまりにもアメリカ1国に偏っていることです。


アメリカ社会に「注意力が散漫でじっとしているのが苦手な子ども」を大勢生み出す要因があるのかもしれないとも思いますが、それにしても全世界の消費量の85%を地球人口の4.1%の人口しかない国だけで消費しているというのは、やはり不思議です。

さらに、1990年代末以降もADHDと診断される人たちの全人口に占める比率は上昇しつづけています。


ところが、かつてはほぼ唯一の特効薬とまで呼ばれていたリタリンを服用している子どもたちの比率は、延々と下がりつづけているのです。


こちらについては、同じメチルフェニデート製剤でも、服用したあと有効成分を体内で徐々に放出する工夫をしたので服用回数を少なくして、依存症形成リスクも低めたと言われる「徐放性」のコンサータという薬がリタリンからシェアを奪っているのかもしれません。

ですが、2001年にはADHDの子どもたちの約3分の2がリタリンを服用していたのに、2018年にはその比率が8%に下がっているのは、やはり不自然な気がします。

ADHDという病気は依存症形成リスクの大きな薬品を処方しなくてもいいケースがかなり多い病気だという認識が浸透してきたのではないでしょうか。

それでもマーケットリサーチは高成長を予測

ただ、すでに異常なほどADHD症例の多いアメリカ国内でさえ、マーケットリサ―チ企業は「そろそろリスクの高い覚醒剤系医薬品の売上は横ばいにとどまるようになるけれども、それ以外の医薬品の高成長は続く」といった強気の予測を出しています。


もともとリタリンという薬の寿命を延ばすために多くの症例が発見されるようになったADHDが、さすがに覚醒剤を常用することの危険が知れ渡ると、今度は覚醒剤以外の医薬品の売り上げ成長に貢献すると予測されているわけです。

また、以前は総人口に占めるADHD患者の比率がアメリカよりはるかに低かったヨーロッパ諸国やアジア太平洋諸国でもADHDの症例は増えていき、医薬品市場の中で高成長を維持する分野にとどまると期待されているわけです。


こちらでは、2022年に161億ドルだったADHDの市場規模が2030年代初頭、つまり今後10年以内に倍増しているだろうというかなり強気の予測となっています。

私がADHDは完全に医療関係者や製薬会社がつくり出した病気ではないにせよ、彼らの宣伝によって大きく患者数を増やした病気だと確信したのは「ADHDと診断され薬品投与を受けている子どもたちの両親によるレポート 2003~11年」という医学論文を読んだためです。

この論文の中で、ADHDの子どもたちの比率を、人種・民族系統や家庭内で日常会話に使っていることばの違いに応じてグループごとに算出した箇所があります。その概要は次のとおりでした。

白人世帯では12.2%、黒人世帯では11.9%、ヒスパニック世帯では6.9%でした。なんとなくラテン系の人たちは移り気で、行動派のイメージがありますが、統計はまったく逆の数字を出しています。ここまでは、人を偏見で判断してはいけないということかもしれません。

しかし、家庭内の日常会話を英語でしている世帯では12.4%、それ以外のことばでしている世帯では2.7%と大きな差が付いているのです。

小学校低学年のころに児童がADHDだと判定されるきっかけの多くが授業中に先生の話を聞かないでいることだそうですが、あまり英語ができないのでそうなることが多そうな日常生活で別のことばを使っている家の子どもがこれほどADHD発症率が低いのです。

これはもう、製薬会社のコマーシャルやニュース報道などでADHDということばが出てきても、それが何を意味するかわからない、あるいは興味を持たない家庭で育った子どものほうがADHD発症率が低いことの歴然たる証拠ではないでしょうか。

そしてADHDの多くが、知らないとか関心が低いという理由で発見されないでいれば、それなりに成人に近づくにつれて症状そのものも弱まっていく程度の病状であることが多いのではないでしょうか。

ADHDは危険な薬の正当化に大いに貢献

現在、アメリカ社会で依存症形成や薬物過剰摂取死に関して大きな問題になっている3分野と言えば、ADHD治療薬としての覚醒剤双極性障害(躁鬱症)治療薬としての抗うつ剤、建前としては末期癌の患者の激痛を緩和する薬としてのオピオイド(合成麻薬)でしょう。

次のグラフは、こうした「規制物質」がどんなに将来性豊かな市場を形成しているかというマーケットリサーチ会社の宣材パンフレットの一部です。


規制物質市場全体の半分近くを占めているオピオイドが、末期癌患者の激痛を緩和するためだけに使われているはずはありません

とにかく良く効く鎮痛剤を患者が欲しがると、製薬会社からのキックバックも大きいし、同じ患者が何度も処方をもらいに来るので自分の所得増加にも貢献するオピオイドを処方する医師が多いからこそ、これだけの数字になっているのでしょう。

また、覚醒剤も市場全体の4分の1近くになっていますが、投薬などしなくても成長につれて自然治癒することが多いADHD患者に処方されるだけではなく、本来疲労を感じているべきときにも元気でいたい人たちからの要望に応じる医師が多いことを示唆しています。

こうした規制物質市場の繁栄がとくにアメリカで目立つのは、やはり1946年のロビイング規制法制定によって製薬会社が多額のワイロによって薬品行政当局を丸めこむことができるようになった第二次世界大戦以降のことだと思います。

アメリカ英語の中で、さまざまな医薬品関連用語がどの程度の頻度で出現するかを調べたデータは、次の2つのことばについて、明瞭に第二次世界大戦直後からの急増を示しています。


やや専門性が高いアディクションということばは、1970年代後半にピークを打ってその後は横ばいになっています。アディクション症状を示す人を見る機会が多くなるにつれて、ことば自体の衝撃性も1970年代末頃には薄れていったのでしょう。

それに比べて、ごく一般的に薬という意味でも使われていますが、最近ではとくに非合法で所持したり、服用したりする中毒性や依存症形成リスクの高いクスリに使われることが多くなったドラッグスは、21世紀に入って使用頻度がさらに加速しています。

規制物質市場急拡大の主役はオピオイド

このドラッグスということばの使用頻度が大激増したことの主役がオピオイドであることは、次からの一連のグラフでも明白だと思います。


まず薬物過剰摂取死全体を見ると、男性で2010年代後半に横ばい状態になっていたものが、2020年のロックダウンやマスク着用が強制されていた時期に大激増します。

現場に出なければ仕事にならない人たちのあいだで「家に閉じこもってすることはないけれども、政府に支給された特別手当や失業保険給付の割り増しで取りあえず遣うカネはある」ということで危険な薬物摂取が増えていたのでしょう。

その意味からも、ロックダウンやマスク着用の強制はほんとうに大きな被害をアメリカ国民に及ぼしたと思います。中でも犠牲者が増えたのがオピオイド服用による過剰摂取死でした。


2016年以来大激増が続いていた上に、2019年からさらに多くの犠牲者を出してしまったのが、フェンタニルなどの合成オピオイドでした。

また、第二次世界大戦直後には痩せ薬として使われていたメタンフェタミンなどの覚醒剤も2016年頃から犠牲者数が激増を続け、薬物過剰摂取死の原因となった薬品の中で合成オピオイドに次ぐ第2位となっています。

オピオイド全体の犠牲者数は2021年に8万人を突破し、全薬物過剰摂取死のうち約8割を占めるにいたりました。



なお、医師の処方箋をもらって服用する処方箋オピオイドは過去3~4年、年間犠牲者数が1万人台前半にとどまっています。オピオイド中毒死全体の中では低めに見えますが、かなり大きな問題をはらんだ数字だと思います。

まず、医師の処方箋に通りの量を服用していれば安全なはずなのに、犠牲者が出ること自体が大問題です。

おそらく、同時に数人の医師から処方してもらって危険な量を服用することができる、つまり処方箋薬局で名寄せをして危険な量を売らないようにする体制ができていないのでしょう。このへんにも製薬会社の「売らんかな」の姿勢がちらついています。

さらに、オピオイド常用者が医師にオピオイドを何度も処方してもらっているうちに、もっと強い刺激を求めてフェンタニルなどの違法オピオイドに移行するようになったために、処方オピオイドの犠牲者数は横ばいにとどまっている可能性があることです。


1999年から2011年まで処方薬オピオイドの中毒死が年々かなり増えていた頃には、他のオピオイドとの併用で死に至るケースはなく、処方薬だけでなくなっていた方が多かったのです。

フェンタニルなどの強力なオピオイドを買い求めることが容易になってからは、違法オピオイドに移行するチャンスが増えたために、処方薬オピオイドの犠牲者数は横ばいにとどまっているのではないかと思います。

したがって、サンフランシスコのように違法オピオイドの売買が半ば公然とおこなわれ、民主党リベラル系の市長が違法薬物を「安全」に取引し、吸引したり注射したりする場所を提供している地域では、違法薬物過剰摂取死が激増しています。



ロックダウンが実施された2020年には前年比で64%も伸びていたサンフランシスコ市内の薬物過剰摂取死は、日常生活が帰ってきた2021~22年には小康状態を取り戻したように見えていました。

しかし今年はまた、第1四半期だけで200人の犠牲者を出し、年間通算では800人になると予想されています。人口80万人強の都市で800人の犠牲者が出るということは、10万人当たり100人、病気などによる自然死以外では激甚災害でもなければあり得ない数字です。

アメリカのオピオイド禍の深刻さは、製薬会社や医師たちがこれだけ悲惨な犠牲者の出る問題を、自分たちが呼び水となってつくり出しているところにあります。

さらに、本来そうした行為を取り締まるべきアメリカ食品医薬品局(FDA)もアメリカ国立衛生研究所(NIH)も完全に製薬会社や病院協会や医師会から受け取るワイロに取りこまれて、国民大衆による追及から製薬業界や医師たちを守る役割を果たしています。

その結果、アメリカ国民は世界一多額の医療費負担をしていながら、平均寿命は先進諸国の中で唯一80歳を大幅に割りこみ、発展途上国並みの水準にとどまっているのです。


アメリカが贈収賄を正当で合法的な政治活動と見なすロビイング規制法という悪法を廃棄しないかぎり、軍事産業や医薬品産業がコネとカネで政治・経済・社会を歪め続けることを阻止できないのではないかと、私は思っています。


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コメント

不動産鑑定士 髙橋 雄三 さんのコメント…
第二次世界大戦後、世界の政治・経済を牛耳ってきたアメリカの実態(強みと弱み)についてこれほど鋭く切りこんだ分析に目が覚める思いです。

激動・激変の時代にあって、しっかりと対応策を考えぬき、腰を抜かさずに、立ち回っていく勇気を持ち続けたいと願っています。

不動産鑑定士 高橋 雄三
増田悦佐 さんの投稿…
高橋雄三様:
コメントありがとうございます。
もちろん日本だけが無風地帯でいられるわけはありませんが、今回の米中両利権大国を震源地とする大波乱に関して言えば、日本の傷はヨーロッパ老大国群、アジア新興国群よりかなり軽くて済むと思います。