プーチンはツァーリ(皇帝)になる気か?

こんにちは
昨日(3月4日)未明、とんでもないニュースが飛びこんできました。

ロシア軍がウクライナ、ザポリージャ州にあるヨーロッパ最大の原子力発電所に対する砲撃を開始したというのです。

寝耳に水というのはまさにこのことかと驚くとともに、わずか1週間前に投稿した「今回のロシア軍によるウクライナ侵攻は大戦争にはならない」との主張を全面撤回せざるを得ないことになりました。

すでに現状で、この戦争は第二次世界大戦が終結した1945年以来の77年間でもっとも深刻な、大戦争に拡大する可能性の高い危機となってしまっています。

個人的に、プーチンをもう少し冷静に利害得失が計算できる現実主義的な政治家だと見こんでおりました。この点については、明らかに買いかぶりだったと認めざるを得ません

↓2月24日のブログ↓

ウクライナ紛争は戦争に発展するのか? ご質問にお答えします その22


また、世論が圧倒的に一方に傾いたときには、常に少数派の眼で見ればどう見えるのかを伝えるのが自分の使命だという意識もあり、完全に事態を見誤っていたことをお詫びします

原発砲撃は理屈抜きの禁じ手

次にご覧に入れるのが今回砲撃を受けており、5日未明にはロシア軍の手に陥落したとの報道もあるザポリージャ原子力発電所をはじめとするウクライナの原発所在地と原子炉の基数を示した地図です。


1000メガワット時の原子炉6基で6000メガワット時という最大出力は、ヨーロッパでは最大、世界でも3番目に大きな原発となります。

さまざまな軍事情報を総合すると、ロシア軍は砲撃の精度に非常な自信を持っていて、絶対に原子炉本体には当たらないように砲撃し、原発施設全体を制圧することができると確信していたようです。

そして、米軍や、ましてはNATO軍の寄せ集め部隊では絶対にそこまで精度の高い砲撃はできないだろうから、長期戦に持ちこまれた場合にもいわば原発を人質に取ったかたちで優位を維持できるとの計算があったのでしょう。

しかし、どんなに砲撃の精度に自信があろうと、ほんのちょっとでも照準が狂えば敵味方の兵士たちばかりか、民間非戦闘員に多大の犠牲が出る大惨事を招くような作戦行動は絶対に採用すべきではありません

南東部と北西部は水と油だった

ちょっと前回の投稿と重複するところもありますが、ここでなぜ私は当初ロシア軍によるウクライナ侵攻を好意的に見ていたのかをご説明させていただきます。

そもそもの発端は、第一次世界大戦末期にロシアでプロレタリア革命が成功してから、第二次世界大戦が終結するまでに形成されたウクライナという国の発祥があまりにも人工的だったことです。

旧ソビエト連邦内にあったウクライナ共和国は、東欧のポーランド、ハンガリー、チェコスロバキアといった形式的には独立国とされている国々を外堀とすれば、ソ連の本体であるロシア共和国を守るための内堀として人工的に造られた国でした。

次の地図は、2010年に大接戦だった大統領選挙に親ロ派のヤヌコビッチが親欧米派のティモシェンコを破ったとき、両者の得票がいかにロシア語を母語とする有権者の比率と密接に関連しているかを示しています。


ヤヌコビッチが勝った地域はロシア語を母語とする人たちが優勢、ティモシェンコが勝った地域はウクライナ語を母語とする人たちが優勢とはっきり分かれていて、地理的にも南東はヤヌコビッチ派、北西はティモシェンコ派ときれいに2分することができます。

こういう分け方をすると、南東部はあまり働かなくても食っていけるけど一生懸命働いても大して報われない「社会主義」統制経済に郷愁を感じる人たちが多く、北西部は自由競争の市場経済に親近感を持っている人たちが多いのだろうと思われるかもしれません。

実際には、ウクライナの場合、工業も農業も観光業も南東部が強く、北西部にはあまりめぼしい産業がないのです。

それでいて、EUやNATOに加盟すればほとんど自動的に西欧的な生活水準に引っ張り上げてもらえるのではないかといった幻想を持っている人が多いのも北西部でした。

そのために、北西部を地盤とする親西欧派が政権を取るたびに、貿易などではいちばん密接な取引のあるロシアとの国交がぎくしゃくしても、強引にEUやNATOへの加盟を国策として推進してきたわけです。

しかし、経済発展では進んでいる南東部では、このままロシアと親しく付きあっていたほうが得だということで親ロ派を形成していたわけです。

面積ではかなり北西部のほうが広いですが、人口密度は豊かな南東部のほうが高く、人口比ではほぼ互角なのも悲劇の遠因となりました。

先ほどと同じ大統領選の得票率をもう少し細かく分類したのが、次の地図です。



これだけはっきりとロシア語を母語とする人たちの比率が高いほど親ロ的になり、低いほど親西欧的になるのなら、いっそのこと赤と青緑の境界線を国境として2つの国にわけてしまったほうが現在のような不幸な事態を招かずに済んだかもしれません。

ところが、親ロ派のヤヌコビッチ政権誕生に不満を抱いていたアメリカのオバマ政権は、2014年初頭にCIAの特殊工作員にネオナチまでふくむ親欧米派政権を樹立させるためのクーデターを起こさせたのです。

親欧米政権は自国民を正規軍によって弾圧した

ロシアのこのクーデターへの対応は、模範的とも言えるほど抑制されたものでした

クリミア半島のセバストポリ軍港はロシア海軍の2大拠点のひとつですから、これを西側に明け渡されては困るので軍事進駐し、事実上自国に併合しました。

クリミア州全体でロシア語を母語とする人口が7割以上、セバストポリ市にいたっては9割以上で圧倒的にロシアの保護下に入ることを望んでいましたから、この併合にはウクライナのクーデター政権も、欧米諸国も手出しはできませんでした。

しかし、ドンバス地方と呼ばれるドネツク州とルガンスク州のロシア語を母語とする住民のその後の生活は悲惨でした。

政府が正規軍と国防隊と呼ばれる準正規軍を両州のロシア語話者のとくに多い地域と比較的少ない地域のあいだに配属し、常時戦車、自走砲、迫撃砲で狙いを定めて、ちょっとでも反政府運動の気配があると、実際に兵器を使って鎮圧行動をおこなっていたのです。

この行為は、明らかに現ウクライナ政権が次のふたつのうちどちらかであることを示しています。

  1. 反政府行動をとる人間を平然と正規軍が鎮圧し、殺傷する強権政治をおこなっていること。
  2. 公式には独立を認めていませんが、ドネツク、ルガンスク両州はすでに独立していて、交戦権を持った国家になったと認めていること。
しかも、国防隊には1個大隊丸ごと、公然とナチスドイツ時代の白人優越思想を継承しているネオナチ集団が編入されていました


このアゾフ大隊は、「ウクライナ人こそ気高い純血白人集団だ。アジアの血が混じって汚れたロシア人は劣った人間集団だから、排斥し、迫害してもいい」と公言している連中です。

当然のことながら、「正規軍」同様の軍事行動でロシア語を母語とする人たちを鎮圧するだけでなく、個人的なテロやレイプなどもする正真正銘のゴロツキも混じっています。

プーチンは軍事的勝利=外交的勝利のチャンスを逃した

私は、第二次世界大戦後大きく変わったことのひとつが、戦争の勝ち負けをどう評価するかだと思っています。

朝鮮戦争のころは判然としませんでしたが、東南アジアでベトナム戦争、ヨーロッパで北海のタラ漁をめぐるイギリス・アイスランド間のタラ戦争が戦われたころから、伝統的な価値観とは正反対の評価が確立されました。

それは軍事力が強いほど外交的には不利で、軍事力が弱いほど外交的には有利だというものです。そして、戦争全体の帰趨も、結局は外交的に優位を占めた軍事力の弱いほうに有利に決着します。

この外交戦が決め手となる勝敗判定は、軍事的に強いほうが実戦では圧勝したタラ戦争のイギリスにも、軍事的には強いはずなのにボロ負けして逃げ帰ったアメリカにも、等しく適用されました。

だから、第二次世界大戦が終わって70年以上経った現代において、軍備を増強して戦争に勝とうとするのは時代錯誤もはなはだしい、と私は確信していました。

ですが、今回のロシア軍によるウクライナ侵攻は、そこにいたるまでのウクライナ政府のやり口があまりにもひどかったので、第二次世界大戦後の戦争としては希有な軍事・外交両面にわたる勝利につながるのではないかと思っていました。

親ロシア勢力が、クリミア・ドネツク・ルガンスクの3州を軸に周辺6州をも糾合して、ノヴォロシア(新ロシア)人民共和国連合を形成し、ウクライナは国土の約4割と経済力の大半を失って、さらに貧しい国になると思っていたのです。



モルドバ共和国の領土までかすめ取るのはちょっと無理でしょうが、それ以外ではこの目論見図どおりにことが運ぶのではないかという気がしていました。

しかし、それも首都キエフに包囲陣を敷いたり、ましてや原発に砲撃を仕掛けるといった無茶をする前の話です。

これでもう、ロシアの味方をするのは、とにかくロシアに付いていく以外に生きる道のないベラルーシのような国か、このさいロシアに恩を売っておけば、中国=ロシア枢軸の形成によって、アメリカに対抗できるかもしれないとの幻想を抱く中国だけになったでしょう。

それにしても不思議なのは、なぜプーチンが当初あれだけ有利に展開していた電撃戦の攻撃目標を収拾のつかないほどの規模に拡大してしまったのかです。

プーチンよ、ロシア皇帝になりたいのか?

そこで、最後の地図をご覧ください。


中世末期、1654年のウクライナは古都キエフを失い、現在のキロヴォフラード、ドニペロペトロウシクの2州だけで命脈をつなぐ弱小国に落ちぶれていました。

9~11世紀にスラブ系諸民族の中で最初にしっかりした中世国家を築いたルーシ大公国とは、様変わりの落魄ぶりです。その後、北西方向には領土を拡大したのですが、すでにご紹介したとおり、あまり魅力的な産物も農工業の基盤もないところばかりでした。

ウクライナがルーシ大公国時代以来の大拡大を遂げたのは、皮肉にもロシアで起きたプロレタリア大革命に巻きこまれてからのことでした。

プーチンとしては、「ソ連時代にロシアが獲得してやった領土が現代ウクライナの経済力の大半を占めているのだから、今取り返してやって何が悪い」ということなのかもしれません。

それとも、ロシア帝国時代の大ロシア主義復活を夢見ていて、その夢の実現のためには習近平が永世国家主席になったように、自分も終身大統領(=皇帝)に即位するための手土産をつくるつもりなのでしょうか?

それくらい理由のわからない戦線拡大です。

なお最後の地図を引用させていただいた『Quora』というサイトにときどき投稿していらっしゃるイギリス在住のYouji Hajimeさんとおっしゃる方の次の記事は、ぜひご一読をお勧めします


私が渉猟したかぎりでは(といっても英語と日本語の文献だけですから、狭いサンプル集団ですが)、ウクライナ情勢の緊迫度をしっかり把握していたのは、Youji HajimeさんArmstrong Economicsの主宰者、Martin Armstrongのおふたりだけです。

読んで頂きありがとうございました🐱 ご意見、ご感想お待ちしてます。

コメント

匿名 さんのコメント…
増田先生、簡潔に現在のウクライナ形成についてコメントありがとうございます。

個人的には、さほど多くない10万(2個軍団、5~7個師団)の軍隊で、多方面からウクライナに攻め込んだのは、ロシヤ的な戦略・戦術的で誤りと思えます。
また、水利(河川・運河)を兵站に余り用いている様で無いですので、これは、第2次世界大戦のドイツ軍の轍を踏んでしまった様に見えます。

プーチン氏の誤算は、ウクライナ大統領が自国のスターリン張りの頑張りを見せて、国内に留まり、戦線を維持している事にあります。

原発への攻撃は、私も予想していませんでしたが、兵站の意味からすれば、少なくとも占領下に、十分な発電能力を確保することは、理にかなっていると思います。

戦端を開いた以上、戦理がしばらく優先すると思いますので、静観するしか有りません。

西欧・米国が義勇軍を送る話しは、スペイン内戦を彷彿させるエピソードと捉えています。
地理に疎く言語の異なる歩兵が、第2次世界大戦の幻影であるかも知れない機甲軍を相手にどの位戦闘が出来るにかは、新しい戦訓の宝庫と思います。


栴檀の葉

スイーツ さんの投稿…
増田先生、自分の過ちを潔く認める男らしさ、尊敬します。こういう男らしさが朝日新聞や安倍晋三には全く無い。

しかし、、、先生の主張が全部間違っているかといえば、それも違うと思います。やはり、イメージ戦略が重要だという事は本当です。世界中が「狂気のプーチンVS弱者のウクライナ」というイメージで、プーチンを攻めているのは事実です。

そして、ネオナチが極悪非道な行為していたとしても、プーチンの行為を見逃すべきではありません。それにしても、ロシア、中国、そして北朝鮮、独裁者って厄介です。日本も、安倍や団地女がそれっぽいですね。
土井としき さんの投稿…
増田先生、ブログを拝見。
大衆の原像から、またしても逸脱します。
この度の、ウクライナの原発攻撃への真摯なブログに感謝します。貴兄の「反省記事」は、人類全てへの愛を感じました。

ロシアのプ−チンの[現実認識]は、私も想定外でした。
しかし、観察の時間を経ての感想は、ロシアの戦争力(軍事力)は、東西の軍事対決構造の下で、虚空に向かって拳を振り上げているような如しに見えて来ました。
馬野周二の「遅れてきた国(ロシア、プ−チン)が進んだ国に戦争を仕掛けた例(ロシア、プ−チン)。一見仕掛けたようにみえる場合も、よくみると、後者に強制されて、戦術上先制攻撃したにすぎない」ようにも見えます。(プ−チンの『病人』説や、『暗殺、説』等がは、どうでもイイです。)

私には、親友と言える者が1人います。大学時代からの付き合いです。彼は、イランの灌漑用水やフィ-ルド研究家で、今もイランでは大家です。その彼がイラン革命の際に、日本に逃げ帰った時、私の家に一番早く訪問していました。革命軍の爆弾の録音を聞かせてくれたことを思い出します。その彼が、この度のプ−チンの所業に、いま現在、何も言ってきません。私は、彼の落ち着きぶりに安心しています。来月、4月中旬に東京で会う予定なので、その時にしっかり聞きたいです。
彼なら、[ロシアのツアーリズム、新・帝国主義]、スターリンの大衆収奪構造より旧帝国の構造が、むしろマシだと言いそうです。
以下は、私の被爆者二世について、彼や知人に「自己表出」したメ−ルの一部分です。ご参考まで。
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戦争は、失うものが多いです。
私の母は、1945年8/6に、掃除当番の為に早出して、向洋駅から広島駅に到着。それから、動員先の宇治(うじな)の兵器生産工場に向い、汽車(当時の宇治線)から降りた所で被爆しました。生き残れたのは、運が良かったのだと言っていました。私の存在や、息子や孫の世代の有無も又です。
汽車から降りた場所に、木造のバラック小屋があり、その影になったので吹き飛ばされなかった。気を失って怪我し履物が行方不明になったものの、兵器生産工場に辿り着いたそうです。工場では、草鞋(わらじ)を編んでくれた人が居て、帰りはその草鞋を履いて歩いて帰ったそうです。編んでくれた方は、原爆病で亡くなったし、母の父も、被爆して3日後に亡くなりました。
翌日、母は市内の原爆ドームの付近の親戚の家に電車で行き、安否確認の為、歩き回ったそうです。疎開者以外の者は死んでいたそうです。周囲は、至る所、死体だらけ。踏んづけて歩いても平気だったのが不思議だったとか。堀川恵子の著作『チンチン電車と女学生』がありますが、当日は直ぐに電車が走ったそうです。広島駅から原爆ドーム前まで乗車しました。
数度、以上のことを語りましたが、母も思い出すのが嫌そうでしたので、あまり質問も出来ませんでした。ただ、私には高校卒業まで、母の胎内から産まれたので、原爆病への恐れが残りました(以下、省略)。
匿名 さんのコメント…
はじめまして。
私はマスコミによるロシアの原発攻撃には懐疑的です。
エスタブ層が総力あげて、ロシア敵視をすすめていくことに意図を感じてしまいます。
増田悦佐 さんの投稿…
船団の葉様:
コメントありがとうございます。軍事行動については、全く不案内ですので、いろいろ勉強させていただきたいと思っております。
増田悦佐 さんの投稿…
スイーツ様:
コメントありがとうございます。
間違いを認めるのは当然のことで、お褒めいただくのはかえって恐縮です。

増田悦佐 さんの投稿…
土井様:
貴重な体験に基づくご意見ありがとうございます。
日本国民にはこうした体験を世界に伝えていく責務があると思います。私も、微力ながらそのお手伝いをさせていただきたいと思っております。
増田悦佐 さんの投稿…
匿名様:
初めまして。コメントありがとうございます。
確かに、国際世論を敵に回すことが分かりきった行動なので、本当にこんなことをやってしまったのかという疑問を私も感じないではないです。ただ、ニュース映像を見て、ロシア側スポークスマンがウクライナに挑発されてやったことだと主張していることから考えても、やはり事実なのではないかと思います。