中国不動産業界崩壊の世界史的意義

こんにちは
中国の不動産業界で最大の米ドル建て債残高を持つ恒大集団(Evergrande)は、先月支払い期限の来ていたドル建て債金利を30日間の猶予期限中に支払うことができませんでした

これで、ふつうの経済が営まれている国であれば、同社の破綻はほぼ確定し、今後は事業整理をして債権者たちに元本の何分の1、何十分の1かでも支払うことができるかという段階に入るはずです。

まあ、中国のことですからどこでどういう奇怪な解決策が突然飛び出してくるか、予断を許さないところではありますが。

恒大集団の株価は着実に
ゼロへの行進をしてきた

まず香港市場に上場している恒大集団の株価をご覧いただきましょう。


今年の3月ごろまでは、2017年につけた史上最高値からのゆるやかな下落過程をたどっていました。業績不振は明白だけれども、存続の危機が起きている企業という印象ではなかったのです。

しかし、4月以降の下げ方は、明らかにいつかは株券がたんなる紙くずになってしまいそうな企業の株価推移です。

それにしても驚いたのは、11月におこなうはずだったドル建て債の金利支払いさえも30日間の猶予期間中に搔き集めることができなかったという事実です。


総額で約190億ドルのドル建て債残債があり、「世界一借金の多い不動産会社」の異名をとった恒大が、ほんとうにこれっぽっちの金利支払いができなかったのかとあきれます。

たとえ奇跡的な事態の好転があって、どこからか今回の延滞分を捻出することができたとしても、今月から来年3月までどんどん拡大していく元利償還のための資金を調達するのは不可能でしょう。

そして、こうした資金繰り難に直面している不動産開発業者は、恒大だけではありません

佳兆業集団(Kaisa)は、発行済みドル建て債の大きさでは中国不動産業界第3位で、120億ドル弱の残債を抱えています

その佳兆業も今年の10月初旬あたりから急激にドル建て債の価格が低下し、11月初めには元本1ドルに対して50セントを割りこむ状態でした。


今月7日に償還期限を迎えるドル建て債について、なんとか借換債の発行で急場をしのげないかと債権者団との交渉を続けていたのですが、どうやら決裂したようです。

これで、佳兆業も破綻する懸念が高まっています。

ドル建て債残高で1位と3位の不動産業者が相次いで破綻となれば、問題は中国不動産業界にとどまりません。

問題は中国経済全体、そして
国際金融市場にも波及する

まず国内では、建設業者や資材納入業者への支払いが滞り、連鎖破綻が生ずる可能性が高まっています。

そればかりではありません。中国の大手不動産業者は、自社の不動産開発事業における収益性を担保にしたかたちで、広く一般に理財商品(ふつうの国で言えば投資信託に当たる金融商品です)を販売しています


「恒大や佳兆業でさえ危ない」ということになれば、もっと小さな開発業者の発行している理財商品には、もう足もとで取り付け騒ぎが起きていることでしょう

あわてて人民元建てで投資信託商品償還のための資金を調達しようとしても、そうはいかないでしょう。

そもそもふつうに社債を発行していたのでは資金調達が追い付かないほど急激な業容拡大を狙って、個人投資家に高利回りの理財商品を提示して資金集めをしていたわけですから。

当然、現在中国の民間不動産開発業者全体が社債発行難に陥っています



さらに、中国企業全体として、外国で資金調達をする場合の起債や融資の条件がきびしくなるでしょう。

中国経済に不動産業が
占める比重は異常に高い

中国で不動産業界全体が苦境に陥ることの深刻さは、我々の想像を絶するものがあります。

この点に関しては10月14日に投稿した「中国でパーフェクトストームが起きている」に書いておきましたので、ぜひお読みください。

もっとも印象的な部分をグラフとともに再度お伝えしますと、中国に現存する居住用不動産の時価総額は、一国内の単一種類の資産総額としては世界一大きい62兆ドルに達するということです。


また、不動産関連業界がGDPに占めるシェアも、アメリカでは6.2%に過ぎないのに中国の場合29%にのぼるというのです。

なお、不動産業界の売上を見ているとかなり大きな数字になることが多いので、「アメリカの6.2%というのは小さすぎるのではないか」と疑問を持たれる方もいらっしゃるでしょう。

ですが、私はこの数字はほぼ順当なものだと考えています。

不動産業界で計上する大きな売上の大部分は、土地という人為的には増やすことも減らすことも場所を移動させることもできない資産の所有権の移転から生ずるものです。

所有権の移転は生産活動ではありません。ですから、当然GDP計算にも入ってこないわけです。

なお、宅地開発や建設作業や仲介や管理といった生産活動とは無縁に地価がインフレ率を上回る上昇をして、売り手か買い手か、その双方に評価益が生ずることもあります。

ただ、それはWindfall Gain(隣の家の果樹の実が風で我が家の庭に落ちてきたようなもの)であって、これまたGDPに加算されるべきものではありません。

中国のGDPは砂上の楼閣か

そう考えると、中国の不動産業界では現在のような苦境に陥る前から、本来Windfall Gainと見なすべきものをGDPに繰り入れてしまったり、二重勘定、三重勘定をしてGDP総額を膨らますために利用されつづけてきたのではないかという疑惑も生じます。

その点で、次のグラフにはじつに興味深いものがあります。


このグラフの作成者が強調したかったのは、以下のようなことだと推察します。

「2020年第1四半期は中国が新型コロナ関連の経済収縮によって、住宅関連産業のGDPへの貢献も大幅なマイナスになった。これは突発的な災害のようなもので仕方がない。だが、2021年第3四半期には経済全体はほぼ平常に戻っていたはずなのに、消費がほんのわずかなプラスになっただけで、あとの4項目は全部マイナスになっている。これは深刻な事態だ」

私にとっては、もっとはるかに深刻な問題があります。

上の4項目のうち、建設と不動産サービスは国内総生産から見たGDPです。一方、消費と財政刺激は国内総支出から見たGDPです。その双方からの貢献を並べて云々するのは、明らかな二重勘定に陥っているのではないでしょうか。

最後の波及(間接)効果(原文ではIndirectとだけ表示されていました)に至っては、生産から見た項目でも支出から見た項目でもなく、おそらくは純然たる評価益をGDP計算に繰り入れるための方便としか考えられません。

しかも、この波及(間接)効果という項目が、多くの四半期で住宅不動産業界によるGDP成長への貢献度で最大となっているのです。

一見、抽象的な瑣末事とお考えになるかもしれません。ですが、GDP計算がこんなに二重勘定やWindfall Gainを混ぜこんで膨らませたものだったとすると、大変な事態が起こり得るのです。

毎年のフローとしてのGDPに、だれが受け取ったわけでもない出所不明の「生産活動の対価」が繰りこまれていて、そのうちから同じ年度では使い切れなかった実物資産とそれに対応する金融資産を翌年以降に遣うための投資=資産として積み上げているとしましょう。

そうすると、いつかどこかで巨額損失が発生してこれまで蓄積してきた資産を取り崩す必要が出てきたときに、たしかに国民計算上では存在しているはずの資産について、だれひとりその資産に対する請求権を持っていなくて、じつは机上の空論、まぼろしに過ぎなかったということになるのはないでしょうか。

もし、中国の国民経済計算に詳しい方がいらして、「お前の考えは間違っている。明らかな二重勘定や、うさん臭い評価益のGDPへの混入と見えるものには、かくかくしかじかの納得のいく説明がある」とおっしゃるのでしたら、ぜひご教示いただきたいと思います。

この点について、合理的な説明がつかないとすれば、現在中国に存在するとされている約62兆ドル、GDPの4倍強に当たる居住用不動産の資産価値は、実勢ではずっと少なかったということになるでしょう。

下がりすぎた実物資産評価を
底上げする方策は「戦争」のみ?

そうなると、おそらく額面どおりに評価しても危機的な状態にある世界全体の実物資産の金融資産に対する比率の低さは、もっとすさまじいものとなっているはずです。


ご覧のとおり、実物資産の評価が高くなりすぎたところからの反転は、経済と社会の安定をもたらしました

ところが、実物資産の評価が低くなりすぎたところからの反転は、例外なく戦争か、戦争になぞらえるほど巨額の出費と国家による経済活動への大きな介入を招きながら、現在までのところひとつも成功していません

1960年代半ばの貧困との戦争、2000年代初頭のテロとの戦争どちらも関係諸国の民衆に多大な犠牲を強いながら、みじめな失敗に終わりました。

そして、今回のコヴィッド-19との戦争も惨憺たる結果になりそうです

読んで頂きありがとうございました🐱 ご意見、ご感想お待ちしてます。

コメント

不動産鑑定士 高橋雄三 さんのコメント…
                       不動産鑑定士 高橋雄三

ホットでタイムリーなブログ精読しました。

恒大集団の株価(香港市場)が2017年のピークから16分の1に下落した現状。

中国の不動産開発業者が今後13カ月で1,020億ドル(11.6兆円)元利支払いを迫られていること。

中国の居住宅用不動産の総額62兆ドル(2,068兆円)のうち11兆ドル(1,254兆円)が業者在庫つまり不良在庫化するリスクが非常に大きいということでしょう。

対応策としては、夢物語でしょうが、下落した居住用物件を底値(本来の正しい価格)で、しかも、70年ローン(中国の居住用土地の使用契約年限)で農村戸籍の国民に売却する手法もあり得ると予測します。

建国時の土地解放革命に匹敵する住宅解放策となり、本物の「社会主義革命?」となるかもしれません。
これは人口の6割を占める農村戸籍国民の圧倒的な支持(?)を得て、中国共産党の独裁体制の延命策としても強力なテコになり得るでしょう。

居住用物件の底値(正常価格)をどう評価するかは、中国の不動産評価師の仕事ですが、人手不足でしょうから、我が国の不動産鑑定士が応援にかけつける必要があるかもしれません?

その時は、我が社も応援部隊を派遣するかも?

「戦争」による解決策よりも段違いに「平和的」だと思いますが、習近平指導部にそれだけの知恵と度胸があるとも思えません。
増田悦佐 さんの投稿…
高橋様
コメントありがとうございます。
たしかに、それができれば中国共産党一党独裁も安泰でしょう。
しかし、不良資産を拡大するだけの利権集団である中国華融を金融業界総動員で救いながら、いいときにはそれなりに中国経済の発展に寄与していた恒大集団を殺す政権ですから、やはり夢物語にとどまると思います。
匿名 さんのコメント…
増田先生

恒大集団のデフォルトを起爆剤とする、CDSボムを心配する向きもありますが、マネーセンターバンクがお休みを余儀なくされる可能性が生じますか?

万が一、お休みが有った場合は、堂島の米相場で成立した”溶け合い”が唯一の解消方法とも思いますが、いかがでしょうか。

栴檀の葉
増田悦佐 さんの投稿…
栴檀の葉様:
コメントありがとうございます。
中国の大企業が数社逝ったくらいでは、バンクホリデイが必要になるほど欧米大手銀行に対する負担にはならないと思います。
中国政府が破綻すればあり得る事態ですが、そこまで正直な政府ではありませんし。
現代金融市場の先物などのさまざまな派生商品(デリバティブ)は、だいたいにおいて米相場で言う溶け合い的な差金決済の仕組みになっています。
しかし、本来相場が必要以上に荒れることを防ぐために考案された差金決済の仕組みも、今年の春のアルケゴスというファミリーオフィスがやったように、膨大なレバレッジを隠すために悪用されたりします。
ですから、金融市場の混乱を救う特効薬的な仕組みを案出しようとするのは、賽の河原の石積み同様の不毛な努力に終始するのではないかと思います。