もはや、恒大集団1社の問題でも、金融市場に限定された問題でもない

こんばんは
今日は世界最大の債務を抱えると言われている恒大集団が、「ひとまず元建て国内債の利払いを期日どおりにおこなった」というニュースについて書きます。

このニュースについても、さまざまな憶測が乱れ飛んでいます。

「じつは社債の大口保有者との交渉で、期日の先延ばしや金利減免交渉を成立させたので、きちんと額面どおりに利払いをしたわけではない」とか、「すぐ先に控えている米ドル建て社債の利払いについては何も言っていないので、米ドル債については債務不履行になってもいいと中国金融当局と話がついているのだろう」といった観測です。

もはや恒大集団1社の問題ではなく
金融市場全体に混乱が波及している

私は、恒大集団の破綻はもう中国金融当局の予定に組みこまれていて、その過程でどれだけ恒大から不動産物件を買った人たちや恒大の発行している理財商品(Wealth Management Product)を保有している個人投資家への被害を小さくするかに焦点は絞られたと思っています。

まず、債務不履行不安が浮上してからの恒大株の推移から見ていきましょう。


ご覧のとおり、恒大株は今年1月末に高値を付けて以来、延々と下落しています。これは、突発的な悪材料が出たというより、この企業の営業活動の中軸事業に不安が生じているということだと思います。

恒大は、不動産開発と理財商品の組み合わせで拡大を続けてきた企業です。

マンションなどの購入者から受け取った頭金や、手広く販売している理財商品――これは自社物件で構成した不動産投資信託と考えればいいでしょう――でかき集めた資金で、次の開発物件を土地購入や建設業者への支払いに充ててきました。

土地を購入してから物件が完成するまでの地価上昇による含み益だけでも十分資金繰りが回っていた時代には、急成長を続けていました

でも、その地価の値上がり率が、とくに恒大が地盤としている深圳中心の珠江デルタ地帯などで鈍っているので、どんなに大きな借金をしても土地さえ買ってしまえば含み益で資金は回るという経営がどうも成り立たなくなってきたようなのです。

そして、不動産会社の経営不安は、もう恒大1社の問題ではなくなっています。


シニック不動産は2年前、2019年11月に上場したばかりの新興不動産会社ですが、ビジネスモデルは恒大と似たようなものでしょう。

この会社の場合には下げ方があまりにも急なので、不動産株に傾斜したポートフォリオを運用していた大口投資家が、他の不動産株に追い証がかかったことに対応するために、シニック株の大きなポジションを清算したという可能性もあります。

そして、不動産運用に進出していた大手保険会社にも波及しています。


いまだに、「中国共産党・政府は大手企業の破綻を許さない。最後には恒大も救済するはずだ」とおっしゃる方は、もし救済するつもりがあるなら、これだけ波紋が広がらないうちにやっておいたほうが安上がりになるはずだということをおわかりでないようです。

不気味なのは不動産株指数がまだ
2016年の底値にも届いていないこと

恒大だけではなく不動産業界全体の株価が下落しているわけですが、怖いのはこれだけだ下てもまだ世間が平穏だった2016年の底値にも届いていないことです。


2016年とはどんな年だったのでしょうか。

それまでずっと輸出と投資の2本柱に支えられていた中国経済に、やっと個人消費が牽引する経済成長の兆しが見え始めた年でした。


ご覧のとおり2016年から2019年の年初までは、順調に小売売上高が年率で8~13%の成長を示していました

そして、じつはコロナ騒動が勃発する前の2019年春ごろから、中国の個人消費はかなり深刻な停滞状況に陥っていたのです。

なお、なお、2020年1月の実績が2019年12月に比べてプラス0.7%と推定されているのは、中国では毎年1月下旬から2月前半にかけて春節(旧正月)を祝う長期休暇があり、その時期が毎年微妙に違うので、1~2月の合計を前年の1~2月の合計と比べた数字しか公表していないからです。

とにかく、2016年は中国の個人消費を代表する数値である小売売上高は順調に伸びている時期だったのに、不動産株の下げ方は大きかったわけです。

足もとで個人消費も企業活動も低迷している今の時期には、不動産株はもっと大きく下げても不思議ではないと思います。

そして、問題は不動産・金融業界
だけに限定されているわけでもない

中国の場合、個人資産の約70%が不動産で構成されているという事実からも、今回の不動産業界不振についても、議論が金融面に偏りがちです。

ですが、これは金融・不動産だけの問題ではなく、中国の実体経済全体を覆う問題です。

たとえば、大連の商品市場で鉄鉱石の現物価格が急落しています。


この鉄鉱石価格の暴落についても「中国政府が二酸化炭素排出量を減らすために、大手鉄鋼各社に生産削減を指示したからだ」というご意見もあります。

いつから中国政府が環境問題に真剣に取り組むようになったのかは、大いに疑問の残るところです。また、二酸化炭素排出量を減らしても電力供給に不安を生ずるだけで、地球環境を良くするためには、まったく見当外れな努力なのですが。

鉄鉱石価格だけではなく、中国からの需要が全体の約半分を占める銅価格も急落に転じています。


このグラフを見ていて感ずるのは、現在銅価格が急落に転じたことが不思議なのではなく、今年の4~5月に「中国こそ世界経済の救世主」と呼ばれていた2009~11年の高値を抜いていたことのほうがずっと不思議だと思います。

中国は金融や不動産市況だけではなく、実体経済全体がかなり急速に悪化していると見るべきです。

読んで頂きありがとうございました🐱 ご意見、ご感想お待ちしてます。

コメント

匿名 さんのコメント…
増田さんのレポートはとても勉強になりました。
恒大集団のことばかりが報道されていますが、事態の重大さを矮小化するものばかりのように見えます。
中国の経済が破綻すると言われ続けて20年、これまで何も起こらなかったことが人々を楽観視させ、かえって傷を深くしはしまいかと危惧します。
個人でできることはたかが知れていますが今回はまじめに見ていこうと思います。
いつもありがとうございます。
増田悦佐 さんの投稿…
匿名様
コメントありがとうございます。
中国で不動産市場が崩壊すると、GDPの約30%、家計資産の約70%が減損を迫られるのですが、こうした基本情報をご存じない方々があまりにも多く、相変わらず「中国債美」論や「中国脅威」論を唱えていらっしゃるようです。
hiroyukiF さんの投稿…
中国恒大だけでなく不動産業のマクロ状況資料と推測を興味深く拝見しました。昨今の半導体不足とコロナによる労働者不足が自動車を始めとするサプライチェーンの乱れの主原因とする考え方に違和感があります。不動産の減損、消費不振、電気自動車販売の落ち込みがサプライチェーンの欠品に影響を与えているのではないかと思いますがいかがでしょうか?
hiroyukiF さんの投稿…
こんな考え方の人もいます。時間をかけてなし崩し的に決着させる。
https://grici.or.jp/2606
増田悦佐 さんの投稿…
hiroyukiF様
2通のコメント、ありがとうございます。
世界的な不動産市場の動揺と自動車産業の不振には、もちろん共通の根があります。
どんどん不動産もEVの新車も有効需要は少なくなっているのに、たとえばアメリカでは大富豪がNYやSFの豪邸を売って、郊外や地方都市に新しい家を建てているので好況に見えているだけです。また、中国の中間層ではごく一般的なパターンだった2~3軒ローンで買った家のうち、含み益の大きくなった物件から売って、手元に残す物件の残債を消す手が使えなくなっているといった見せかけと実態の落差です。
そういう背景があって、ふつうの所得層のあいだでは新築物件やEVやSUVの新車を買える人たちの数が激減しているのに、不動産業界も自動車産業ももっと高値で売れるモノをという商品開発をしています。
おまけに自動車産業の場合、世界認識が少なくとも10年以上遅れていて、製品メーカーが部品メーカーに「いくらで買ってやるからこれだけの量を持ってこい」といえば、部品メーカーはすなおに言うことを聞くはずだと思っている。実際には、ICが品不足なのではなくて、クルマ屋さんは価格支配力は台湾半導体に移ったことを認識して微細加工のできるICメーカーの言い値で買っているゲーム機、携帯、PCメーカーに買い負けているだけです。
なぜ買い負けているかと言えば、あのアメリカでさえ、ミレニアル世代のあいだでは「クルマがないことの喪失感より、スマートフォンがないことの喪失感のほうが大きい」という人たちが多数派になっているからですが。
アメリカ型のクルマに乗ってだだっ広く郊外に散乱していく居住形態と、サービス化の進んだ現代経済とは、どうにもうまく折り合わないのですが、それをアメリカ経済も、そのあとを追う中国経済もまだ悟っていないということだと思います。このへんは手前味噌ですがごく最近出版した『クルマ社会七つの大罪 増補改訂版 自動車が都市を滅ぼす』(土曜社)にくわしく書いておきましたので、ご興味がおありでしたら、ぜひお読みいただけたらと思います。
遠藤誉さんの分析は基本的に正しいと思います。
ただ、なし崩しの解決で重要なポイントは、恒大はドル建て債を踏み倒したことを世界中の金融市場に周知徹底させたあとで、はっきり破綻させられることでしょう。
習近平にしてみれば、アメリカを中心とする海外投資家たちに「どんなに中国民間企業のリスクの大きさがわかったところで、膨大な投資用待機資金を抱えているお前たちには、それでも中国に投資するしか運用手段がないだろう」と力の誇示をしたつもりで有頂天かもしれませんが、経済成長を海外からの投融資に頼る国が独立を保てたためしはないという苦い教訓を学ぶのが遅すぎたということになり、アメリカ金融業界とともに中国経済も没落していくはずです。