国民にとっては円高のほうが得ではないのか ご質問にお答えします その17

こんばんは 
今日はこのシリーズの第15回「中小企業を潰せば生産性は上がるのか?」でお答えしきれなかった3問目にお答えすると同時に、関連したご質問にもお答えしようと思います。

ご質問3:海外旅行などをしたときの実感では現在の円が安過ぎで、本来、1ドル=50円くらいが適正ということはありませんでしょうか?

関連のご質問:投資を拡大してもかつての重厚長大製造業のように量をこなして儲かる展望が見えないので企業が利益を抱えこんでいるのだとすれば、無理に投資をして儲けを増やそうとするより、労働者にもっと利益を分配し、労働者の消費を促すことで市場の拡大を目指すべきではないでしょうか?

お答え:何が為替レートの適正水準かというのはむずかしい問題です。

ですが、国民にとって円高になるのと、円安になるのではどちらが得かとなると、これはもう躊躇なく円高のほうが得だとお答えできます。

円高と円安では円高のほうが得

もちろん、海外旅行に行けば、それはすぐ実感できます。円が高いほど同じ金額の円で買える現地のモノやサービスは多くなります。

私が留学生として初めてアメリカに行った1977年ごろ、1ドルはまだ220円か230円の価値がありました。

仕送りに頼り、切り詰めた予算で暮らす必要があったこともありますが、「アメリカでは何を買っても日本より高い」と感じました。

ところが外資系の証券会社でアナリストをするようになった1987年には、1ドル145円ぐらいに下がっていました。つまり、円高ドル安です。その後も下げつづけて、1995年にはついに1ドル95円まで円高ドル安が進みました。

今度はアメリカに出張に行くたびに「なんてアメリカは物価が安いんだろう。しかも行くたびに下がっている」と思ったものです。20年たらずのうちに同じ金額の円で買えるアメリカの商品やサービスの量が2倍を超えていたのですから、当然でしょう。

海外旅行に行くときだけではありません。国際市場で取引されるモノやサービスはほとんど全部米ドルの値段が付いています。そして、円で輸入できるモノはなんでも、円が米ドルに対して高くなればなるほど、安くなるわけです。

次のグラフをご覧いただけば、1995年まではほぼ一本調子で円高ドル安が進んでいたことがわかります。


1971年のいわゆるニクソンショック(米ドルの金兌換停止宣言)までは、1ドルは360円で固定されていました。

それが1995年には95円まで下がったわけです。輸入品はほとんど全部、1971年までの円価格に比べれば約4分の1に下がりました。

当然のことですが、モノやサービスが安くなってたくさん買えるようになるのは、それ自体国民が豊かになったということです。

「いや、消費者はそれでいいかもしれないが、輸出企業は円高で競争力が下がって経営を縮小したり、潰れたりするかもしれない。企業の立場から言えば、円安でどんどん輸出が増えたほうがいいはずだ」とご反論される方もいらっしゃるでしょう。

ふつうの国でこれだけ自国通貨が高くなると、たいてい国民は輸入を増やし、輸出品は割高になって売れ行きが鈍るので、輸出が減少し、貿易黒字が赤字に転換したり、縮小したりするものです。

ところが日本の貿易黒字はほとんど減りませんでした。いろいろ理由な挙げられていますが、あまり指摘されることのない理由があります。

日本は貿易立国ではなく内需立国です

通説とまったく逆に、日本は輸出立国どころか、かなり極端な内需立国で、国民経済の規模に比べて総額で見ても、国民1人当たりで見ても輸出の規模がとても小さかったので、為替変動による増減も小さかったのです。


ご覧のとおり、OECD諸国の中で日本はアメリカに次ぐ輸出小国なのです。

「これは最近日本経済が落ち目になってからのデータであって、高度成長期にはもっと輸出比率が高かったはずだ」とおっしゃるかもしれません。

それでは、高度成長期からの輸出推移を見てみましょう。今度は、OECD非加盟国も少し入った国民1人当たりにしたドル換算の実額です。


ほぼ一貫して、アメリカとほぼ同じ水準で、さすがに高度成長期はアメリカよりちょっと高かったけど、最近ではむしろアメリカより低めです。

どうして日本はこんなに輸出依存度の低い経済になっているとお考えでしょうか?

お気づきの方が少ないのですが、日本は先進諸国の中でアメリカに次ぐ人口大国だからです。


農林水産業、製造業、サービス業ひととおり内需に応える多種多様な企業を育てられる規模があるのです。

経済学者は「どんどん得意分野に特化して、苦手な産業分野は他国に任せれば、経済効率が上がる」といった現実を無視した議論をしがちです。

実際には、モノを輸出するにはそれなりの輸送費や通関手続きの費用などがかかり、しかも遠距離になるほど輸送費はかさみます。

個人消費者向けサービスとなるともっと大変で、ほとんどの場合、売り手か買い手が相手国に行って、双方同じときに同じ場所にいないと売買が成立しない場合が多いのです。

輸出対GDP比率のグラフをふり返って見ますと、日米の次に輸出比率が低いのは、オーストラリア、トルコ、ニュージーランドと、他の先進諸国と離れた場所にあるので輸送費が高くつく国々だと気づきます。

逆に言えば、輸送コスト程度の参入障壁で主要産業をワンセット取りそろえておける日本のような国は、とても恵まれた国だと思います。

大きな自然災害や戦争、内乱などで突然海外からの供給が途絶えたら、日常生活に支障を来たすような製品もサービスもほとんどないからです。

特定分野に特化した国は、たしかにその産業の効率は良くなります。ですが、もし自国で切り捨ててしまった産業分野の製品やサービスが海外から供給されなくなったら、深刻な事態に陥ります。

なお、先進諸国の中では3番目に人口の多いドイツがかなり輸出依存度の高い国になっていることにお気づきでしょうか。

1990年代初頭に東ドイツを吸収してヨーロッパで最大の人口を抱えるようになったドイツも、徐々に輸出の伸びが鈍化して、輸出依存度の低い国になりかけていました。

ところが21世紀への転換点あたりで大事件が起きて、ドイツの輸出依存度はまた高まっていったのです。

それが、1999年に仮想通貨として導入され、2002年からは実際の取引に使われ始めた域内単一通貨ユーロの導入と、ドイツ・フランス・イタリアを中心としたユーロ圏の創設です。

ユーロの為替レートは、メンバー諸国の貿易実績の平均値的なところに収まります。顔ぶれを見ると、ドイツ、オランダだけがかなり大きな黒字で、あとはほとんど赤字という国々です。

当然、ユーロの為替レートはドイツやオランダにとっては低すぎ、その他諸国には高すぎるところに決まってしまいます。

「赤字国の赤字がどんどん膨らむという犠牲の上で、ドイツやオランダばかりが儲けてけしからん」という議論をみかけますが、これは正反対です。

赤字諸国ではたしかに赤字が拡大しています。ただ、その赤字はユーロでいくら分となっているのです。ユーロは自国の経済力より高いところに設定されているので、赤字諸国は自国通貨で輸入していたころに比べればずっと大きな買いものをできています。

逆に、ドイツやオランダは商品の価値から言えばもっと高値を付けられるものをユーロで売っているので、世界中に自国製品を安売りしているのです。

自国通貨で輸入していたころよりずっと大きな買いものができる赤字諸国の生活水準は上がり、自国通貨で輸出していたころよりずっと安く輸出しなければならなくなったドイツやオランダの生活水準は、赤字国との相対比較では下がっているのです。

そもそも、個人消費の対象はどんどん製商品からサービスに移っています。これからは、設備を拡大すれば、ドーンと世界中に大量輸出をして大儲けができる製品などほとんど出てこないでしょう。

それは、アメリカの耐久財受注高や設備稼働率の長期推移を見れば、はっきりわかります。



この時代に、いつか必要になるかもしれない巨額の設備投資資金をまかなうためにせっせと内部留保を積み立てるのは、そうとうな時代錯誤だと思います。

それより、気前よく賃金・給与を引き上げて、消費を活性化するほうがずっと経済成長に貢献するのではないでしょうか?

読んで頂きありがとうございました🐱 ご意見、ご感想お待ちしてます。

コメント

匿名 さんのコメント…
内部留保の相当の部分が外貨になっていて、国内の給与にする場合、かなり円高になる可能性が無いでしょうか?

もちろん、国民全体には良いと思います。

ただ、余り国内環境が良くなると、剥き身の牡蛎になり、相当の軍事力、警察力を持たなければならなくなるのではないか。

現在のスイスが、ややそれに近いのではと感じますが。

栴檀の葉

増田悦佐 さんの投稿…
栴檀の葉様
コメントありがとうございます。

私はアメリカの金融属国になってしまった中国は、日本にとって軍事で脅威ではなく、怖いのは米軍のみと考えております。
ただ、米軍が本気で日本を攻めるつもりになれば、軍事力で対抗しようとするのは、非現実的でしょう。