この時期に金融市場の健全化? 大混乱になるのでは? ご質問にお答えします その12

こんばんは 
今日は「ご質問にお答えします」シリーズで前回取り上げた貴金属市場の正常化に関する補足質問にお答えします。

ご質問:このバーゼルIIIはきわめてフェアなルールのようですが、いったいなぜこの時代に施行されるのでしょう?

ニクソンショックが彷彿されます。

世界が良い方向に進むのでしょうか?

お答え:中長期的には間違いなく良い方向への変化が現れるでしょう。

ただ、このルールが策定され、導入されるまでには、そうとう長期にわたる準備期間がありました。

ですから、まさに不意打ちで世界の金融市場を激動させたアメリカ大統領リチャード・ニクソン(当時)による「米ドルの金兌換停止」宣言、いわゆるニクソン・ショック後のような混乱は起きないと思います。

国際決済銀行の性格に注目しましょう

この貴金属市場正常化に関する「バーゼルIII」という新しいルールの意義を考えるには、「なぜ今なの?」ということ以前に、提唱者である国際決済銀行(BIS)という国際協調金融機関の性格を確認するところからはじめるべきだと思います。

BISは第一次世界大戦の反省に立って国際平和の実現のために創設された国際連盟(League of Nations)の下で、国際金融市場のルールを決め、各国金融機関がそのルールにのっとって経営されているかを監視する「国境を越えた銀行間取引の総元締め」であり、「中央銀行の中央銀行」とも呼ばれた金融機関でした。

ところが、第二次世界大戦前には、日独伊のいわゆる枢軸国側が脱退して、有名無実となり、戦後には新しく国際連合(国連、United Nations)が設立されました。

また、その傘下に主として西欧中心に先進諸国間の金融問題を担当する国際通貨基金(IMF)と、アメリカおよび西欧以外の諸国間の問題を担当する世界銀行(World Bank)というふたつの新たな国際協調金融機関も開設されました。

そこで国際決済銀行の立場が、微妙なものになります。

自然に、BISは戦後復興のための資金の配分、調達といった実務からは遠ざかり、主として国際金融のルール作りや金融市場の理論的・歴史的問題の研究などに特化することになりました。

つまり、神君と呼ばれた徳川家康亡きあとの大久保彦左衛門のようなもので、実務のしがらみがないから堂々と正論を吐くことができるけれども、それだけに世銀=IMF連合や各国政府から嫌われる「天下のご意見番」になってしまったわけです。

そし、BISは国際金融危機(2007~09年)直後から、金融市場正常化のためのさまざまな提言をつづけてきました。

貴金属市場にあまりにも多くのペーパーゴールドやペーパーシルバーが横行していることについても、早くから実物資産の裏付けのある取引への移行を提唱しつつ、その後のヨーロッパ・ソブリン(国債)危機や、原油価格の急騰と急落などの問題が出るたびに、本格的な実施を先延ばしにしつづけてきたのです。

そこで「なぜ今なのか?」を考えてみよう

今回は、「金の安全資産化」と「実物の根拠のないペーパー取引の抑制」という大改革が比較的すんなり実施に進んだ最大の理由は、ヨーロッパ諸国の大手銀行の凋落で、スイスを地盤とするBISに「守れるものなら守り切りたい大銀行がなくなった」ことだと思います。

ソブリン危機のころ、スペインやイタリアの大手銀行が軒並み国際金融に占めるシェアを大幅に下げました。

フランスでも、クレディ・リヨネ、ソシエテ・ジェネラル、クレディ・アグリコールの大手3行の地位が低下し、昔なら2番手グループだったBNPパリバがフランス最大、そしておそらく時価総額ではヨーロッパ大陸最大の銀行として生き延びている程度です。

ドイツではドイツ銀行も、ドレスナー銀行もかなりの含み損を抱えて存続が危ぶまれている状態です。

イギリスでは、香港の中国本土政府への返還以来、香港ドルの発券銀行だったHSBCとスタンダード・チャータード銀行の最大の収益源の先行きが怪しくなっています。

また、BISのお膝元、スイスではクレディ・スイスがアルケゴスの破綻で巨額損失を出しただけではなく、「過去の取引でソフトバンクに欺されて損失を負ったから、今後ソフトバンクとは絶縁する」という大手金融機関としては珍しい開示をしています。

信用が大事な銀行として取引相手に欺されたことを公表するのは、よほど切羽詰まった事情があるのでしょう。

もしLBMAで盛大におこなわれていた貴金属に関する不明朗な取引を容認しつづけていれば存続が保証される大手銀行があるものなら、なんとか弥縫策をつづける意味もあるでしょう。

ですが、そうではなくなったと見切りをつけたので、6月28日を期して貴金属取引への規制が強化されたのだと思います。

貴金属価格への短期的な影響はマイナス

そして、ヨーロッパ諸国の銀行もそれを見越して、貴金属がらみのペーパー取引を大幅に縮小する準備はすでに整えていたはずです。

まず、LBMAがアメリカのナスダックと合同で、今年の2月下旬に以下の発表をしています。


あらためてLBMAで取引をしていた人たちが、これまでずっと「暗闇で手探り」状態に置かれていたことに驚きます。

そして、こうしたデータが明らかになってわかってきたことがあります。

市場参加者たちは「これまでどおりの取引をするために現物の保有高を増やす」という方向ではなく、「現物の裏付けのない取引を減らす」方向に動いているようです。

それは次のグラフで分かります。



金は長期契約か短期契約かはわかりませんが、貸与や預託だけが過去4ヵ月間の平均より大幅に伸び、それ以外はかなり縮小しています。

銀にいたっては、4種類の取引すべてで2ケタの縮小となっています。

今年の4~5月にかけて、インフレ懸念の高まりから商品先物価格が軒並み上昇した時期に金銀は大幅に出遅れていました。




その理由は、LMBAの市場参加者たちが貴金属取引ルールの厳格化に備えて、取引量を大幅に圧縮していたことでしょう。

金融市場のように既得権益団体の影響力の大きな分野では、当然おこなわれるべきなのになかなか実現しなかった改革が、思いがけない偶然の積み重ねであっけなく実施されることがあるようです。

BISが自行の地盤に守るべき大手銀行がなくなったと見限って、貴金属取引の健全化に踏み切ったことから、金融業界全体にどんな変化が生ずるでしょうか。

準備の整っていたヨーロッパの銀行はあまり大きな衝撃を受けずにこの改革を乗り切るけれども、準備の整っていなかったその他地域の大手銀行がつまづくことはあるかもしれません。

これまで各国中央銀行の協力もあって、LBMA参加金融機関が盛大にペーパーゴールドを乱発して金価格が不自然に抑制されてきたのは、ほぼ確実です。

しかし、それも金が完全に庶民には手の届かない実物資産になってしまうのを食い止めていてくれたのだと思えば、あまり腹も立てずに済むのではないでしょうか。

 読んで頂きありがとうございました🐱 ご意見、ご感想お待ちしてます。

コメント

藤沼 さんのコメント…
増田先生、丁寧な解説をありがとうございました。
バーゼル3がこの時期に施行されたのが非常に良くわかりました。
今後の金価格、興味津々です。
増田悦佐 さんの投稿…
藤沼様

コメントありがとうございます。

こちらこそ、よいご質問をありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
どいとしき さんのコメント…
スイスを地盤とするBISに「守れるものなら守り切りたい大銀行がなくなった」ことが始まり、ペーパーゴールドを守り抜くとは、自然かもしれませんが、[時間の暗喩力]もまた、自然ですから、今後の金山が気になります。
増田悦佐 さんの投稿…
どい様
コメントありがとうございます。
金価格が、自然な上昇を続ければ、廃品回収した携帯から金を分別して純度を高める事業は、意外に早く採算に乗りそうな気がします。