金価格4倍説の根拠  ご質問にお答えします――その4

こんばんは

 

Q. 先日のダウ平均と金価格との比較に関するご質問へのお答えで、今からダウ平均が8割下がった値段(約33000ドルから約6600ドルへの下落)くらいに金価格がなる可能性があるとご説明になっていました。現状でトロイオンス当たり約1685ドルの金価格が4倍の6740ドルになるとのことですが、それだけ金が上昇するであろう要因を解説いただれば幸いです。


A. 大きな理由は2つです。


まず、私はアメリカ国内での実質金利の低迷が長期化すると見ています。そうなると、金を資産として保有することに関する懸念が弱まり、債券から金へという保有資産の移動が起きます。今はまさに、この債券から金への保有資産の移動によって金価格が持続的に上昇する局面にあると思います。

 


インフレとデフレ、名目価格と実質価格の違い


なお、実質金利とは実際に支払われる金利からインフレ率を差し引いたものとお考えください。同じ金額の金利収入が毎年あったとしても、物価が上昇してその金額で買えるモノやサービスが少なくなれば、金利収入は実質的には下がっているということです。

 

たとえば、額面100ドルで、1.5%の金利支払いを約束した米国債を持っていれば、償還期限が来るまで毎年ほぼ確実に1ドル50セントの金利収入を得ることができます。ただ、インフレ率自体でこの1ドル50セントの金利が資産の拡大に貢献しているか、それとも資産を縮小してしまっているかは変わってきます。

 

もし年率1%のインフレが起きているとすれば、1年前に100ドルで買えたモノやサービスを買うのに必要な金額は100ドルではなく101ドルになっているわけです。額面100ドルに1年間の金利収入1ドル50セントを足した101ドル50セントの実質価値は、インフレ率を計算に入れると101.5割る101となって、100ドル49.5セントとなり、0.495%だけ増加していることになります。

 

名目で言えば1ドル50セント増えていたけれども実質では約50セント増えていただけということです。

 

インフレが年率2%だったとすると、どうなるでしょうか? 101.50102で割ることになるので99.5098となり、約49セント資産価値は目減りしていることになります。名目での1ドル50セントという金利収入は変わりませんが、持っている米国債の金利収入込みでの価値は、実質では上昇せずに下落したわけです。

 

一般論として、同じ額面の貨幣や債券の実質価値はインフレ率が高いほど目減りが激しく、インフレ率がゼロなら変わらず、デフレなら上昇することになります。



 金の懸念要因

金を資産として保有することに投資家が感ずる大きな懸念要因は、金が動植物のように増殖するわけでもなく、企業のように収益の中から配当を出すわけでも、債券のように定期的に金利収入をもたらすわけでもないことです。

 

つまり、「金は同じ価値を保つだけで価値が高まるわけではない。それなら定期的に金利収入をもたらす債券や、業績に応じて配当をもたらす企業の株を買っておいたほうが得だ」と考える人が多いわけです。

 

たとえばアメリカのような信用度の高い経済大国の発行している国債が、安定してプラスの実質金利を維持できそうな経済環境では、金利も配当も生まない金を保有することへの抵抗感は強くなります。

 

逆に、こうした信用度の高い国が発行している国債で受け取る金利が、実質ベースでは、マイナス、ゼロ、あるいはほんのわずかなプラスということであれば、金を資産として持つことへの抵抗感は薄れます。金を保有することへの抵抗感が薄れるにつれて金への需要は高まり、金価格は上昇します。

 

つまり、主要国の国債を持っていることから得る実質金利収入と金価格のあいだには負の相関関係があるということです。実質金利が高ければ金価格は下がり、実質金利が低くなるにつれて金価格は上がります。この相関性がどの程度安定しているかを示すのが、次のグラフです。なお、相関性をわかりやすくするために、右軸に配置した30年債実質金利のほうは上が低く、下が高く目盛ってあります。

 



 

ご覧のとおり、金価格の変化率がゼロを超えてプラスに転ずる境界線は、30年債金利がゼロになったときではありません。1%をちょっと割りこむ約0.95%のプラスになったときです。

 

金価格横ばいの理由

国債に限らず、企業の発行する社債でも、自治体の発行する債券でも同じことですが、債券の金利は償還までの期限が長いほど高くなるのがふつうです。債券とは借金です。借金をする側としては、すぐに返さなければならない借金より長いこと持ちつづけてもらえる借金のほうが返す算段もしやすいので、それだけ高い金利を出して優遇するわけです。

 

それにしても、この1年間で0.95%の金利収入を複利で運用できたとしても、30年後の元本との合計額は約133ドルにしかなりません。つまり、30年間で約3分の1の金利が入ってくるだけなのです。それなら、金を持ちつづけているだけでも同じくらいの実質的な値上がりはあるだろうと考える方が多いので、金への選好は増えも減りもせず、金価格は横ばいとなるのでしょう。

 

30年債の実質金利が0.95%を下回ると、金価格は上昇に転じます。実質金利が0.5%まで下がると、金価格の年間上昇率は約10%、実質金利が0.0%まで下がると金価格の年間上昇率は20%台の前半、だいたい2223%ぐらいになります。



 実質金利低迷は続く

私は、これからアメリカの金融市場バブル崩壊が底打ちするであろう2027年までの7年間を通じて、米国30年債の実質金利は平均して0%前後にとどまると思います。その結果、金価格は毎年2223%上昇しつづけると見ているわけです。

 

なぜ実質金利の低迷が続くと見ているかというと、現代の先進諸国では製造業、鉱業、建設業といった第二次(ものづくり)産業の比重が低下し、第三次(サービス提供)産業の比重が上昇しているからです。

 

サービスの提供には、ものづくりほど大きな投資を必要としません。だからこそ、先進諸国の政府中央銀行が一生懸命金利を下げて景気回復を図っても、あまり実体経済の成長には寄与せず、金融資産や不動産の価格が上昇するだけに終わっているのです。

 

2つ目の理由は、アメリカの財政赤字が膨張を続け、いずれはハイパーインフレや国家破綻が起きる可能性が高まっていることです。こうした事態への保険として、金を買うことで自衛する世帯が増え、金価格を押し上げるでしょう。アメリカの財政赤字と金価格の関係は、次のグラフが示すとおりでした。

 



 


インフレ率加速のワケ

アメリカ連邦政府の財政赤字が拡大すると、やがては国債という借金の元本の実質価値を目減りさせるために、意図的にインフレを引き起こそうという誘惑が高まります。現在は1%台半ばで推移しているインフレ率が2%台とか3%台に上がっても放置しておくと、どうなるでしょうか。

 

いつの間にか「現金を手に入れたら、少しでも早くモノに換えておかないと手持ちの現金の価値が目減りして損だ」という心理に突き動かされて、ふつうの心理状態なら実際に必要なときまで買うのを待つ商品なども先走って買い貯めするようになり、インフレ率がどんどん加速するわけです。

 

そうなったときにも、少なくともインフレ率並みの価格上昇が見こめる資産として持っておくのにどんなものがふさわしいかと考えてみましょう。長い歳月が過ぎても腐食することも、目減りすることもない金は価値を保全するための資産として理想的なのです。

 

このグラフでも、2019年ぐらいまでの金価格はアメリカ政府の財政赤字の規模拡大にほぼ並行した値上がりを示してきました。ですが、2020年以降は財政赤字の拡大ペースがあまりにも速かったために、金価格はついて行けていません。

 

また、バイデン政権の仕事始めともいうべき2021年度補正予算によって、赤字幅はさらに急拡大しました。グラフの中では赤の点線で示した部分です。なお、アメリカの財政年度は前年の101日から始まってその年の930日に終わるので、現在は2021年度のちょうど半分が過ぎたところです。

 

現在アメリカ連邦議会に上程されているバイデン政権の第二次補正予算案は、富裕層から徴収する税金を多くすることで、あまり財政赤字は増やさないという建前になっています。ですが、バイデンのスポンサー2大スポンサーグループであるハイテク業界と金融業界は、富裕層への増税には強硬な反対姿勢を貫くでしょう。

 


結局は、国民の多くが即座に痛みを感じるわけではない財政赤字の拡大によって大型補正予算をやりくりすることになるでしょう。具体的には、2021年度の財政赤字が約5兆ドルまで膨らんだとしましょう。

 

このグラフから読み取ると、それだけで金価格は66006700ドルが適正な水準ということになります。さすがに、これから半年程度のうちにそこまで金価格が上がることはないでしょう。ですが、67年のうちには十分到達可能な水準です。

 




だがインフレ期待を根拠にしてはいけない

ただ、ここでご注意いただきたいことがあります。金融情勢としてインフレ率の加速を期待して「そのとき価格が上がるだろうから」という理由で金を持つのは、あまり得策ではありません。商品一般や工業製品の原材料の価格が軒並み急上昇する社会情勢になったとしても、金は鉄鋼とか原油ほど大きな価格上昇はしない可能性が高いのです。

 

金に対する総需要のうち、工業製品などの原材料として使うための需要は1415%程度に過ぎません。ですから、典型的なハイパーインフレになったとしても、金には産業用原材料一般ほど大きな需要増も価格上昇も期待できないということです。

 

インフレ期待を根拠に実物資産を買ってはいけない、もうひとつの理由があります。それは、政府が払いきれないほど巨額の借金を抱えた際に選ぶ「解決策」は、決してハイパーインフレを容認することだけではないという事実です。



物価は下がる!

政府は、大口で国債を持っている投資家たちを呼び集めて、強制的に債権放棄をさせるとか、新しく発行する無利子で償還期限も未定の債券への買い換えを迫るとかの「奥の手」を使う権限も持っています。そんなことをすれば、もちろん政府の権威は失墜するでしょう。ですが、権威の失墜が物価の上昇というかたちで顕在化するとは限りません。

 

私は、どんなに金利を下げてもほとんど投資需要が喚起されない現在の経済情勢のもとでは、政府の権威失墜はインフレ率の加速より、万年デフレというかたちで顕在化するのではないかと思っています。デフレとはモノやサービスの価格が下がり、貨幣の実質購買力が上がる状態のことです。

 

そうなったら、ほとんどの実物資産を買い貯めた投資家は、損失を被ることになります。ですが、その場合にも、世界中どこでも安定した購買力を示す金はむしろ値上がりします。

 

過去30年間にわたって、欧米諸国はバブル崩壊後の経済成長率加速に失敗しつづけた日本政府・日本銀行の無為無策ぶりを笑っていました。ですが、その欧米諸国が自国経済の「日本化」を真剣に憂慮するようになったのは、今後政府の権威が失墜するたびに、物価は上がるよりむしろ下がる方向に向かう証拠ではないでしょうか。



 なお、金に関してはWAC社のWAC BUNKOから『資産形成も防衛も やはり金だ 』という本の中で、もっと詳しく、もっとわかりやすく書いています!

また、私としてはいかなる投資スタンスも推奨はしていません。 


 読んで頂きありがとうございました🐱 ご意見、ご感想お待ちしてます。

コメント

agatha さんのコメント…
「危機と金」、「やはり金だ」、「トランプ後の世界を本当に動かす人たち」の3冊を拝読しました。どの本にも日頃メディアからは入らない内容があふれ、特に景気の良さを伴わない株高の説明には驚きつつとても納得のいくものでした。内容の理解を深めるために読み返しつつ、近く「投資はするな」も購入させていただきます。
増田悦佐 さんの投稿…
agathaさん
拙著をお読みいただき、また、コメントもいただきありがとうございます!とても嬉しいです。
読後のご意見、ご感想をお聞かせいただけると幸いです。
agatha さんのコメント…
ゴールドがいかに保存に優れ、長期保有に向いているかとても楽しく勉強させていただきました!なけなしの蓄えですが一部をゴールドにして保有しております。株や通貨と違い、ゴールドは眺めてるだけでも物理的な特性について、人類がいかにゴールドを扱ってきたか、コインであれば発行国の歴史やデザインの美しさ等などに思いをはせることができ、日々の楽しみの一つとなっております。

一方でアメリカの株など買ったこともない人が大多数の我々一般人が、その暴落時には甚大な被害を受けるのはとても歯がゆい思いがします。発行体の存在しないゴールドで少しでも自衛できればと願うばかりです。
増田悦佐 さんの投稿…
agathaさん
ご投稿ありがとうございます!
今後6〜7年は、なるべく代理人や取引相手のいない資産を持って安全第一で行くべきだと思います。
アルケゴスより大きな「ファミリーオフィス」がひとつでも債務不履行に陥ったら、アメリカ金融業界に連鎖破綻が起きるという噂もありますし。