第5回 9/10「劣等生にしか見えなかった日本が、じつは いちばん適応上手だった」

 工業生産高がイギリス並みに停滞するのも困りものだが……


 1970年代末に政権を握ったマーガレット・サッチャーの号令一下、製造業の弱小企業を大幅に刈りこみ、金融業強化で復権を図ったイギリスは、一見サービス経済化の波にうまく乗った感がある。だが、再三述べてきたように、金融業は強い製造業なしには経営規模の拡大も収益性向上も望めない業種だ。結局、サッチャー改革は、それでなくても弱かったイギリス製造業をさらに弱体化させた。次の2枚組グラフが、製造業弱体化の実情を物語っている。

 



 

 上段は、1997年から2017年までの20年間、イギリスの固定資産投資がOECD加盟30数ヵ国の中で何番目に位置していたかを示している。第10百分位は100ヵ国の中で91番目に当たるので、30数ヵ国の中での順位はビリから3番目か4番目ということになる。イギリスは2012年までビリかブービー賞、その後やや順位を上げてビリから34番手の位置を争っているわけだ。


 これだけ固定資産投資が弱ければ、当然製造業生産高も低迷する。下段には、19682020年のイギリス製造業の生産高指数が出ている。サッチャー改革が定着した1988年以来、ほぼ完全な横ばいで終始していたが、コロナ危機直前に急落しはじめ、コロナ危機が下げ幅を拡大していたことがわかる。この製造業の停滞は、金融業特化によって急上昇したはずの労働生産性にも影響を与えている。次のグラフだ。

 



 

 日本、アメリカ、ドイツ、イギリスの先進4ヵ国と、韓国、中国、インド、ブラジルの新興4ヵ国の時間当たり労働生産性を、19502017年という長期にわたって追跡したグラフだ。1990年代半ばに一時日本に追いつかれたイギリスの時間当たり労働生産性は、その後急上昇に転じたが、国際金融危機以降また成長率が鈍化し、なんらかの分野の過剰投資の累積によってなかなか生産性が上がらない日本にまた差を詰められている。


 アメリカとドイツのあいだでは、ちょっと違う構図になっている。サービス業主導型に転換したアメリカの労働生産性伸び率は、一貫して製造業主導型を守りつづけるドイツより低かった。だが、国際金融危機以降伸び率がさらに鈍化して、2015年か16年にはとうとうドイツに抜かれてしまった。英米とも、危機で金融業の生産性が低下したのも一因だろう。だが、製造業弱体化の中での金融業の成長は、工業化途上の後発国への投融資で高収益を稼ぐ以外の道はないのに、中国の設備投資成長率が鈍化していることが最大の原因だろう。


 たとえ時代遅れであっても、製造業に特化しつづける国々のほうが、サービス業主導型経済に転換した国々より労働生産性の伸び率は高い。ドイツや韓国の例が示すとおりだ。サービス業主導型経済で時間当たり労働生産性を上げるには、一般庶民が気に入ったサービスには惜しげもなく高い代金を払いたくなる社会的・文化的環境を醸成する必要がある。もはや許されざる差別表現だが「女房を質に入れても、初鰹を食う」気っぷが、サービス業経済の労働生産性向上には不可欠ということだ。 


 幸い、平和で安全で、商品もサービスも数え切れないほどの選択肢がそろっている日本の大都市は、そのための最短距離にある。


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完結編 政府直接投資額の対GDP比率は世界最悪の高さ 12/11 10時更新

 

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