第5回 完「劣等生にしか見えなかった日本が、じつは いちばん適応上手だった」

 政府直接投資額の対GDP比率は世界最悪の高さ


 さて、日本経済を万年低成長に陥れた真犯人と犯行現場を捜す旅も、終着駅にたどり着いた。次の簡単な表が答えを教えてくれる。

 



 

 日本政府の粗固定資本形成がGDPに占める比率は、G7諸国の中で突出して高い。6.0%は、同率2位のアメリカ、フランスの3.9%の1.54倍に当たる。粗固定資本形成の官民比率も、日本だけ官公庁発注が24.1%と20%台半ばで、2位アメリカの18.7%を大きく引き離している。


 「なんだ。もったいぶった書き方であちこち引きずり回しておいて、蓋を開けてみれば、だれだって思いつく平凡な真犯人じゃないか」とお怒りの向きも多いだろう。昔、建設業界アナリストとして、官公庁発注工事の非効率性について口を極めて批判していたのに、なんでこんな当たり前の結論をもっと早く思いつかなかったのかと、自分の不明を恥じるばかりだ。


 日本には1966年に制定された、官公需法という稀代の悪法がある。アメリカで1946年に制定された「ロビイング規制法」という名の贈収賄奨励法に匹敵する、経済全体の構造をゆがめる法律だ。この法律は「中小企業の保護育成」を名目に、「官公庁が発注する全工事、購入する物品、サービスのすべてにわたって、一定のパーセンテージを中小企業に発注しなければならない」としている。発足当初20%台だった中小企業への発注目標は、2020102日付で、なんと60%の大台に乗せてしまった。


 私は、中小企業一般を批判する気は全くない。建設業界にもきちんと良心的な経営をしている中小ゼネコンはたくさん存在している。だが、健全な中小ゼネコンは政府の介入を警戒しているから、官公庁からのあてがいぶちの発注はなるべく取らないようにしている。「法律で決まっているから」という理由で中小に発注された工事を喜んで取りに行く「ゼネコン」の大部分は、入札事務担当者と社長ふたりだけでやっていて、受注工事は即施工能力のある大手ゼネコンに丸投げする(これを業界用語で上請けと呼ぶ)悪徳利権業者が大半だ。


 当然、この連中がピンハネする分だけ工事の効率性、収益性は低下する。ゼネコン業界が、好採算工事も赤字工事も順繰りに受注する談合体質から抜け出せない一因も、この利権集団による受注から上請けという構造で中間搾取されているための低利益率を、何とか業界全体で平準化して仲良く生き延びようということにある。もちろん、それだけではないが。


 なぜこんな悪法がいつまでも存続するのだろうか。まず、官公需法が廃止されたらたちまち飯の食い上げになる中小零細企業の多くが、選挙のたびに自民党のために票集めをする。この法律が施行されるまでは、確固とした管轄領域を持たなかった旧通商産業省(現経済産業省)は、全産業分野を横断する中小企業の「保護者」として旧来の産業分類を横断するような政策の立案過程を牛耳るようになれた。そして、もちろん自民党政権は、農協や官公需受注に特化した中小企業のような、政権に守ってもらわなければやっていけないひ弱な集票組織が大好きだ。


 ひとつ卑近な例を挙げよう。私にはかなり長い付き合いになる広島市在住の友人がいる。何かの拍子に、「なぜ広島市は、カープが郊外に立派な球場を造って出ていった広島市民球場の跡地を、J1リーグのサッカーチーム、サンフレッチェ広島の第2スタジアムにしなかったのだろうか」と尋ねてみた。ご存じと思うが、旧市民球場は広島市街の中心部に近く、すぐそばを通る新幹線の轟音が聞こえるほど公共交通機関の便のいい立地だ。


 あそこに第2スタジアムを造って、現在のやや郊外にあるエディオンスタジアムは多少不便でも来てくれる観客の多い好カード用に使い、ちょっと集客力の弱いカードは利便性の高い第2スタジアムで開催すれば、サンフレッチェの入場料収入も、広島市の地代収入も上がるはずだからだ。現状は、妙に芝生や植栽のスペースが多い不定期の催事用広場で、お祭り騒ぎのないときは閑散としている。


 友人の話は、まさに眼からウロコだった。日本のように雑草の繁茂しやすい環境では、植栽や芝生は恒常的な剪定、間伐、草むしりを必要とする。広島球場規模になると、中小園芸業者数社、十数社が親子二代、三代にわたって安定収益を得られる利権になる。建物や構造物では、それほど頻繁にカネの落ちる利権にはならない。


 だから大都市中心部でいくらでも収益施設が建てられそうな大規模な空き地が出るたびに、疑似的な「緑あふれる自然環境」が造られ、園芸業者と地方自治体の役人、そして地方議員のコネが深まるのだそうだ。これまた、そんなことも知らずに建設業界アナリストをやっていたのも、うかつな話だ。


 官公庁発注工事という非効率の塊がGDP6%も占めていたのでは、日本経済が慢性的な低成長に転落するのは当たり前だ。そして、日本経済が万年低成長に転落した199394年は、日本国債の発行済み残高の伸び率が加速した転換点でもある。日本政府がいくら国債を乱発しても、日本国の財政構造は安泰だという主張は、今でも正しいと確信している。だが、政府は国債でかき集めたカネをどこかで何らかの用途に遣っているはずだ。その遣い方が非効率なら、日本経済の成長率が低下することに気づかなかったのは間抜けだった。


 原因がわかれば、対応策も簡単だ。まず公共事業のみならず、官公庁が購入するあらゆる物品・サービスを割高にしている官公需法を全廃する。また、国債という借金を背負いこんでまで公共事業を増やす必要はない。官公庁は最低限の予算で仕事をし、減税によって働く人々が自分の裁量で消費するモノやサービスに遣える金額を多くする。それがサービス主導型経済における最良の景気刺激策だ。


5回連載 「劣等生にしか見えなかった日本が、じつは

いちばん適応上手だった」-完-

コメント

土井としき さんの投稿…
まさしく[公共事業のみならず、官公庁が購入するあらゆる物品・サービスを割高にしている官公需法を全廃する]ですね!
指摘の広島市は、街中を植栽ばかり始めた植木(本名)市長以後からでしょう?
増田悦佐 さんの投稿…
土井さん、コメントありがとうございます。
決して植木職人さんたち全体が利権集団とは思っておりません。
でも、市街中心部の利便性の高い土地をもっぱら植栽管理費を落とすための低度利用に振り向けた人のお名前が植木さんというのは、悪い冗談のような話ですね。