第5回 8/10「劣等生にしか見えなかった日本が、じつは いちばん適応上手だった」

 生産装置の平均年齢は好ましい推移を示している


 さて、粗固定資産投資の内訳からは有力な手掛かりが得られなかったので、日本製造業の資本装置が若すぎたり、老けこみすぎたりしているのではないかという疑惑を検証してみよう。

 



 

 これは、19世紀末から2015年までという長期にわたって、生産過程に投入されている資本装置の平均年齢を調べたグラフだ。G7の中でイタリアとフランスはそこまで長期にわたるデータがなかったので、代わりにオランダをふくむ日米欧6カ国で構成されている。


 9世紀末からほぼ一貫して、日本は1生産過程に投入された資本装置の平均年齢が非常に若い国だった。第二次世界大戦中から終戦直後と1990年代以降以外は、平均年齢の若さがトップか2位に位置していた。つまり、製造業主導経済だったころは、平均年齢の若い資本装置でモノづくりに励み、サービス業主導になってからは、ゆるやかに資本装置の高齢化を許すという理想的な資源配分をしてきた国だと推定できる。


 このグラフは、カーブが錯綜して見にくいところがある。そこで、同じデータからさまざまな意味でフシ目の年の数値をいくつか選び出したのが、次の表だ。

 



 

 こうして数値にしてみると、1919年の4.0歳、1971年の3.9歳という日本の資本装置の平均年齢が、他国の追随を許さない圧倒的な若さだったことがわかる。そして、これだけ若く性能もいい製造装置が首都圏、近畿圏に集中していた時期に、1973年に刊行された『日本列島改造論』で工業拠点の地方移転の旗を振った田中角栄は、犯罪的な愚策を提唱していたこともわかる。


 そのほかで目立つのは、ヨーロッパ4ヵ国が共通して、1971年から1989年にかけて資本装置年齢の大幅な上昇を記録していることだ。この中で、イギリスだけはサッチャー改革の「製造業を捨て金融業に特化する」という意図的な政策の結果だったろう。だが、ドイツ、スイス、オランダはヨーロッパのその他諸国の製造業があまりにも弱体なので、つい気をゆるめてしまって、設備高齢化を放置していた可能性が高い。


 とくに、ドイツの資本設備平均年齢は1971年の5.3歳から1989年の10.7歳へと5.4年も老化している。ドイツの工業力低下に関しては、東ドイツというお荷物を吸収したのが主因だとする説が一般的だ。だが、その前から生産設備の老化は進んでいたのではないだろうか。


 さて、ほかでは少なくとも7年の間隔を開けているのに、1989年と1992年はたった3年の間隔しか取っていない。これは、「このふたつの年のあいだのどこかで、製造業主導型経済からサービス業主導型経済への大転換が起きた」という私の仮説を検証するために選んだからだ。


 さて、日本は1989年でも5.1歳と他の5ヵ国より若かった資本装置の平均年齢を、1992年にはさらに4.8歳まで下げてしまった。だが、その後は一貫して高齢化を放置している。これは、製造業ほど資本装置の若さや性能が生産過程の効率化に大きな影響を及ぼさないサービス業主導経済では、妥当なあり方だと言える。逆に1989年から、92年、さらに2000年にかけて資本装置の大幅な若返りを図ったドイツやオランダは、前時代の固定観念にとらわれた設備投資戦略を持っていたのではないか。


 2000年から08年にかけては、もともとかなり老朽化した設備を使っていたスイス以外の5ヵ国全部が、設備を高齢化させている。つまり、世界中の先進国が、もはや設備投資が牽引する経済ではなくなったことに対応した行動様式に切り替えていたのだ。


 アメリカでこの時期に勃発したバブルは、サブプライムローン・バブルと呼ばれている。投機的資金が、生産設備ではない住宅と金融商品に集中したからだ。これも、設備投資が「儲かる」投機の対象ではなくなったことを、金融市場が知っていたからだろう。


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9. 工業生産高がイギリス並みに停滞するのも困りものだが……  12/9 10時更新

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