第5回 6/10「劣等生にしか見えなかった日本が、じつは いちばん適応上手だった」

 問題山積の年金制度も、諸外国に比べればずっとマシ


 日本の国民年金・厚生年金を管理運営している年金事業法人は、過去にも何度か巨額損失を出してきた。だが、2020年第1四半期には、過去最大の約18兆円の損失を計上している。コロナ騒動で世界中の金融市場が暴落した影響があったとは言え、あまりにも大きな損失だった。次のグラフの上段に2012年第2四半期~2020年第1四半期の損益額推移が出ている。

 



 

 年金事業法人は、2014年まで運用総額の60%を日本国債に振り向け、日本株・外国株はそれぞれ12%をメドに運用していた。それが国債金利の急落を受けて突然、日本株、日本国債、外国株、外国債それぞれほぼ4分の1で運用することになって、リスクの大きな資産を運用する訓練があまりできていないうちに株式運用を大幅に増やしたという経緯がある。


 ふつうなら、徐々に運用ノウハウを蓄積していけば、今後はそれほど大きな損失は出ないだろうということになる。だが、問題は今後世界中の先進国で、日本がすでに経験したような株式市場の大収縮に見舞われる可能性が高いことだ。どんなに運用技術が高まっても、市場全体が暴落している最中は、とくに巨額資金の運用担当者には逃げ場はない。


 ただ、こういう場合見落としがちなのが、日本もかなり困っているが、諸外国の年金問題は、もっとひどいという事実だ。その比較をしたのが、下のグラフだ。まず、2005年時点で、すでに給付を確約している金額に対する年金資金蓄積の未達分がアメリカの22兆ドルに対して、日本と中国が同率2位の11兆ドルとなっている。人口比率と所得比率をからめて考えると、現状で日本と中国にはあまり大きな差はなさそうだ。


 しかし、2050年までにこの未達分がどう増えるかを見ると、日本は小鬼登場する8ヵ国の中で、いちばん増加率が低いと予測されていることがわかる。もちろん、金融市場に激変がなく、年金受給資格者や年金を払い込み中の人たちの人口構成にも大きな変動がないなどの仮定の上での予測だ。だが、日本国民全体として比較的決められたルールを守り、制度のただ乗りを嫌う傾向があるので、ほぼ順当な予測になっていると見ていいのではないか。だとすると、未達額が今後年率10%で伸びるインドや、7%で伸びる中国はもちろんのこと、45%で伸びる先進諸国と比べても、わずか2%の伸び率にとどまると予想される日本の立場は強い。


 日本経済について深刻な問題のひとつとされているのが、国家債務の対GDP比率の高さだ。コロナ騒動への対応をめぐっても、コヴィッド-19の感染者数や犠牲者数は低いが、もともと国家債務が大きかったところへの積み増しになるので、大きな重荷となることを警戒する向きもある。たとえば、次のグラフに見る財政負担の大きさだ。

 



 

 上段が日本、アメリカ、中国、EU加盟国のコロナ対策の財政規模であり、下段がそれによって同じ3ヵ国とEU諸国の国家債務がどう変わるかを示すグラフだ。まず、上段では日本のコロナ対策予算が非常に大きく見えるが、これはあまり真剣に懸念すべき問題ではない。日本政府は、財政刺激パッケージを打ち出すとき、最初に大きな金額を提示しておいて、じつはすでに確保してある予算の組み換えだったり、年度中に全額実施するわけではなかったりといった小細工をすることが多い。


 だからこそ財政刺激策が国会で討議されるたびに、「真水でいくらか」という議論が出てくるわけだ。パブリシティ的にはむしろ、尻つぼみの印象になって損だと思うが、性懲りもなく見出しだけは大きいが内容空疎な金額が打ち出される。


 下段のほうは、もう少し真剣に考える必要がある。コロナ以前から、日本政府の債務総額はGDPの約2倍とあまりにも大きく、それが2.6倍近くになるのは、やはり大問題と思える。だが、これもよく考えるとあまり深刻な問題ではない。日本の発行済み国債残高の約半分は、金融機関にカネをばらまくために、日銀が金融機関から買い上げたものだ。日銀は金利が欲しくて国債を買っているわけではない。だから、日銀保有分については、日銀が財務省に対して「債権放棄をする」と言えば、残高はたちどころに半減する。


 債権放棄という表現が穏当でないということなら、日銀保有分の国債については、償還期限が来るたびに財務省が無利子の永久債を発行して、借り換えをおこなえばいい。財務省にとっては未来永劫にわたっていっさい金利支払いをしなくていい「永久債」を日銀に持たせているだけなので、実際的な財政負担軽減効果は日銀に債権放棄をしてもらったのと同じことになる。


 というわけで、国家の債務負担という意味では、日本が他の先進諸国に比べて取り立てて重い負担を背負っているわけではない。また次のグラㇷで確認できるが、政府債務以外の民間企業や家計の債務は、日本は先進諸国の中ではむしろ小さなほうに属する。

 



 

 政府債務、非金融企業債務、家計債務の合計額では、日本はルクセンブルク、香港に次ぐ世界第3位となっている。ただ、政府債務をのぞく民間総債務となると、このグラフでは下からふたつの部分の合計額となる。そのうち上の黄色の部分のてっぺんに水平線を引くことによって、民間総債務の大きさを諸外国と比較できる。ここに収録された諸国の中で日本は1719位あたりになっていて、ほとんどの先進国より下に位置する。その上に乗る政府債務は実質的に約半分なのだから、やはり総債務の対GDP比率は日本にとってあまり大きな問題ではない。


 だが、巨額の国債発行によって財務省が調達した資金で何をしているかが、日本の経済成長率が1990年代半ば以降急落したこととなんらかの関係があるのではないかという疑問は残る。日本は、生活インフラや生産インフラが極度に劣化しているわけでもなく、低所得層でも家を出るのが怖いような場所に住まざるを得ない人はほとんどいない。なぜ実質GDP成長率12%状態にとどまっているのだろうか。


 私の見立てでは、サービス主導経済で成長を減速させる最大の要因は過剰投資だ。どこでだれが日本の経済成長を低めているのか、犯行現場と犯人を探しに出かけよう。


次回 

7. 日本の固定資産投資額の対GDP比率は工業化後発国並み  12/5 10時更新

コメント

土井としき さんの投稿…
犯人は、2次産業へ傾いた財政資金が、3次産業、なかでも[福祉事業]の老若年全般への政治など公的資金が移動しないからでは?
増田悦佐 さんの投稿…
土井さん、コメントありがとうございます。
基本的にはおっしゃる通りです。これ以上はネタばれになってしまいますので、あとは続編をお楽しみに!