第5回 5/10「劣等生にしか見えなかった日本が、じつは いちばん適応上手だった」

 大衆が賢く、知的エリートが愚鈍な国のありがたさ


 こうしていまや、外国人投資家は投資主体別で最大の日本株時価総額の32%近いシェアを保有し、売買代金のシェアではじつに64%弱に達することになってしまった。日本の機関投資家がもうちょっと賢ければ、ここまでやすやすと同じ手口で何度も儲けさせてやらずに済んだのではないかという気もする。


 だが、アメリカの機関投資家ほどずる賢くなって、成熟した自国の実体経済はそっちのけで、中国への投融資でぼろ儲けするようになっていたら、日本社会もアメリカのように殺伐としていたかもしれない。そういう意味では、日本の機関投資家がお人好しで愚鈍なのは、日本社会全体を平和に保つために払っている、価値のあるコストだとも言える。


 次のグラフを見ると、個人投資家は売りつづけ、外国人投資家は安いうちに買い、機関投資家は高くなってから買うという日本株市場の構図は、直近でもまったく変わっていないことがわかる。

 



 

 外国人投資家が売りに回ってからは、買い方には年金事業団や日銀の株を預かっている信託銀行と、個人の信用買いだけだというのは、ちょっと気がかりだ。個人投資家の中でも、「自分は経済金融情勢もわかっているし、借金をテコにして、効率よく儲けることもできる」と思っているような人たちが買っているわけだ。


 日本社会のあらゆる面で言えることだが、「仕組みのわからない取引はしない。なんでも安く買って高く売っておけば間違いはない」と考える素朴な大衆は健全だ。なまじ中途半端に経済紙を読んで、「これから5倍、10倍になる有望銘柄」などという記事を真に受けてしまう「知的エリート」のほうがずっと危ない。日銀の買い支えがなくなったら一挙に暴落する市場で相場を張っているのだということを忘れないでいただきたいものだ。


 全体としてみれば、健全な大衆が多い日本経済の強さは、とくに高度経済成長が終わって、GDP成長率が12%に低迷するようになってから、際立ってきた。次の上下2段組グラフをご覧いただきたい。

 



 

 上段は、19622019年の日本の実質GDP成長率推移を示すグラフだ。やはり、1974年の第1次オイルショックと『日本列島改造論』ブームの崩壊の景況が甚大だったことがわかる。なお、この点については、いまだに『日本列島改造論』が掲げた政策目標は良かったが、たまたまオイルショックによる狂乱物価に見舞われたため、頓挫したといった好意的見方が多い。だが、どんどん雇用が創出されて人手不足で困っている都市圏への人口流入を抑制して、職がなくて困っている人が多い地方に人口を還流させようという根本的な政策目標が間違っていたので、成長率が急落したのも当然だった。


 1994年以降について、このグラフの作者は「ずっとゼロ成長が続いた」と書いているが、これはいかになんでも誇張が大きすぎる。毎年ほぼ12%の実質成長は確保していた。この水準はヨーロッパ諸国と比べてそれほど見劣りするものではない。ヨーロッパ諸国は、もう完全に文明としての衰退期に入っているので、そこと比べて見劣りしない程度ではあまり威張れた数字でもないが。


 1990年代半ばからの大減速の最大の理由が何かは、あとで解明する。それはそれとして、これだけ成長率が低下しても下段に掲載した家計金融資産残高がじり高基調を維持してきたのは、やはり日本の個人世帯が慎重で手堅い家計運営をしてきたたまものだろう。ご覧のように株式等のシェアはほぼ一貫して1割未満で、それに債務証券と投資信託を加えた、運用の巧拙とタイミングの良しあしで大きな変動の出る金融商品全体のシェアも10%台半ば程度に保っている。


 もし、高度成長期とか、バブル膨張期とかにこの部分のシェアが3割以上になっていたら、日本の個人家計金融資産残高は、いまだにバブルのピークだった1989年の水準を超えていないかもしれない。一番下の預貯金のシェアが200405年あたりはほぼ50%だったのに、直近では明らかに50%を超えているのも、今後世界経済が直面する激動を予見していたようで頼もしい。「プロの運用」のすさまじい拙劣さを平然とやりすごして「貯蓄から投資へ」と主張するような政治家の発言を真に受けていたら、とうていこれほどの金融資産は蓄積できなかっただろう。


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6.  問題山積の年金制度も、諸外国に比べればずっとマシ12/3 10時更新


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