第4回連載 「根無し草になった金融業の繁栄に迫るたそがれ」5/7

勤労世帯の苦境を食いものにする金融業者が大増殖


 アメリカでふつうの所得水準に属する勤労世帯は、過去約30年間にわたって純資産をまったく増やせなかったことは、すでに見てきたとおりだ。それだけでも深刻な事態なのに、アメリカやヨーロッパ諸国では、今年の春から新型コロナウイルス対策として、ロックダウン(都市封鎖、外出禁止令、商店・オフィスの閉鎖命令等々)が実施されて、多くの事業所、とりわけ中小零細サービス業の事業所が甚大な被害を受けた。


 コヴィッド-19と呼ばれる今回のウイルスは、過去のさまざまな疫病と比べて致死率は明らかに低めであり、伝染性もとくに高いわけではない。だが、世界各国の政治指導者の中に、サービス業主導経済のもとでは、継続的に事業拠点が開いていることがいかに大事かを理解している人たちがほとんどいなかった。そのため、「金融バブル崩壊不況」と呼ぶべきか「コロナ不況」と呼ぶべきかまだ定説がない今回の不況の特徴として、完全失業率の上昇スピードが異常に速くなっている。下のグラフが示すとおりだ。

 



 

 ご覧のとおり、200001年のハイテク・バブル崩壊不況でも、200809年の国際金融危機でも、完全失業率が1ポイント上昇するには約1年の期間を要した。ところが、今回はたった4ヵ月で完全失業率が1ポイント上がってしまった。また、現在レイオフ(一時帰休)と呼ばれる状態で待機していて、完全失業率には算入されていない状態の勤労者中の67割は結局完全失業者となることが懸念されている。今回の不況の大底では、完全失業率が3ポイント以上高まることはほぼ確実だろう。


 コロナ騒動以前から、アメリカの多くの勤労者がかなりの低賃金で働いていた。完全失業、一時帰休が増え、失業保険を支給されたり、一時給付金を受け取ったりした人たちが増えたので、社会保障費調整後の国内総所得が上昇したことからも、それがわかる。そして、することもなく自宅で待機しているが、失業保険や一時給付金で自由に使える資金は増えた人たちのあいだで、ゲーム感覚で株式投資を始める個人投資家が激増した。


 この個人投資家たちの売買注文を捌くのは、ほとんどが「取引手数料ゼロ」をセールスポイントにして、インターネット経由の売買仲介に特化した業者群だった。その中の最大手にのし上がったのが、「弱きを助け、強きをくじく」経営理念を持つと自称しているロビンフッドだ。次のグラフは、まず右側からご覧いただきたい。

 







 ロビンフッドに口座を開設した顧客たちが、S&P500採用銘柄について買いなり売りなりのポジションをつくっていた数は、今年2月までは約400万からじりじり上昇傾向を示す程度だった。それが3月以降激増し、1400万ポジションとなっている。

 

 続いて左側を見ると、ロビンフッドは顧客が開設した口座数で他社を圧倒しているだけではなく、顧客が注文を出す頻度で見ても、べらぼうに他社より高いことがわかる。ロビンフッドの顧客は、口座に入れてある金額1ドル当たりで、3ヵ月のあいだになんと26000回のオプション取引をしていたのだ。


 ロビンフッドは顧客が開設した1口座当たりの資金額を開示していない。だが、このデータを作成した調査会社では約4800ドルと見ている。日本円にして50万円前後だ。大した金額ではないと思いこみがちだが、3ヵ月で26000回転しているのだから、じつに四半期だけで1240億ドルの取引があったことになる。単純に4倍して年間総額を求めれば5000億ドル弱だ。まだまだ口座開設数は伸びているので、実際には2020年の合計額は5000億ドルを軽く突破するだろう。

 

 しかもこれは、ロビンフッド経由のオプション取引だけの数字なのだ。株の現物を現金で売り買いしているだけなら、相場を読み違えたときの損失は、買った株がタダの紙くずとなるだけで購入額以内にとどまる。だが、先物売り、信用買い(証券金融会社を通じて借りたカネを元手に足して、手ガネより大きな金額で勝負する)、あるいはオプション取引では、損失額は投下した資金よりはるかに大きくなることが多い。


 2020820日までは大筋で上昇基調が続いていたので、買い先行型の個人投資家が多いロビンフッド顧客には、あまり巨額損失の話は出ていない。だが、それでも信用買いやあまり内容のわからないオプションを買って想像以上に大きな損失を出した顧客は、けっこういるだろう。


 どうやら10月末から本格的な下げ相場になった気配も漂っている。下げ相場でのロビンフッド顧客の立場は、非常につらいものとなるだろう。顧客から仲介手数料収入を取らないロビンフッドが、いったいどうやって収益を稼いでいるかとお考えだろうか。自社が顧客から受けた売買注文を、丸ごと「情報」として別の仲介業者に売り渡して、その業者に取引を代行させているのだ。これは、ロビンフッドにとっては、取引代行に関わるリスクを全部他社に押しつけて、自社は情報料として安全確実な収益を得られるおいしい商売だ。


 そして、ロビンフッドにかなり巨額の情報料を払って売買執行を代行している仲介業者にとっても、非常に効率のいい取引となっている。その証拠が次のグラフだ。

 





 

 上段がロビンフッドから売買注文「情報」を買っている売買執行業者の仲介手数料純収入額と、その業者ごとの内訳だ。「純」収入となっている意味は、機関投資家から受け取る手数料収入から、個人投資家の注文をとりまとめてくれたロビンフッドなどのネット証券会社に支払う情報料を差し引いた額という意味だ。


 シタデル証券の売買執行子会社からウォルヴァリン証券までの上位3社のシェアが90%となっている。そして、最大手のシタデルは、広範な個人投資家について正確な売買情報を得ていることを強みに、ついに2020年上半期にはニューヨーク証券取引所でおこなわれた売買全体の4分の1を執行するまでに成長した。


 何しろ、個人投資家の売買注文自体をつかんでいるので、毎日の寄り付き(取引開始)前に、取引手数料を払ってくれる機関投資家などに、どの銘柄に買いが集中しているか、どの銘柄に売りが集中しているかを知らせることができる。そして、機関投資家の注文を先に執行し、情報料を払って買っている個人投資家の注文をそのあとで執行すれば、機関投資家は安全にサヤを抜くことができるし、自社は情報料を差し引いたあとでも莫大な手数料収入を得られる。


 もちろん、仲介業者が手ガネを張って、客の買い注文より早く買っておいて、買い値より高く売りつけるとか、客の売り注文より先に自社が買い持ちしていたポジションを売っておいて、客に本来の売り値より安く売らせるという行為は、フロントランニングといって法律で禁じられている。だが、たまたま同じ銘柄についての注文が多いときに、ロットが大きいので相手側に立ってくれる注文をぶつけるのがむずかしい機関投資家の注文を優先し、相手の見つけやすい個人投資家の注文の執行が遅くなっただけだと言い張れば、違法性を立証するのは困難だろう。


 取引手数料ゼロに惹かれてロビンフッドに注文を出している個人投資家も、相場全体が上げ基調のときには、あまり深刻な苦情を言うことはないだろう。なんと言っても、上がる株の買い値が想定していたよりちょっと高めだったとしても、利幅が多少縮まるだけで大きな被害が出るわけではない。


 だが、相場が下げ基調になると、話は違ってくる。機関投資家が大きなポジションを持っている株に個人投資家の売り注文が殺到していることがわかったら、機関投資家は大口の売り注文を先に執行しろと要求するだろう。そうなると、個人投資家は大暴落のあとでやっと売り注文を執行してもらえることになって損失額が膨らむ可能性が高い。


 グーグルやビングなどでロビンフッド証券を検索すると、「手数料タダで株取引ができるすばらしいネット証券会社だ。早く日本にもこういう革新的な証券会社が出てこないものか」などというスレッドが続々出てくる。つくづく、タダより高いものはないと感じさせられる。


次回 6. 金融業・専門サービス業の肥大化は、サービス主導型経済本来の姿ではない

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