第4回連載 「根無し草になった金融業の繁栄に迫るたそがれ」4/7

アメリカのふつうの勤労者の絶望的な境遇


 かつてのアメリカでは、株主資本主義とか株主民主主義という言葉が誇りを持って語られていた。つまり、アメリカでは一般勤労者でもちょっと貯蓄をすれば若く成長途上の企業の株主になれる。そうすると、自分の賃金給与だけではなく、配当や持っている株の価格上昇からも収入を得ることができて、資産形成が加速する。こうして、勤労者の78割が自分の親より高い生活水準を実現できるという株式投資賛美論だ。


 だが、こうした牧歌的株主資本主義の時代は、とっくの昔に過ぎ去ってしまった。現代アメリカの株主構成は、極端に一握りの大富豪に厚く、一般勤労者に薄いものとなり果てている。次のグラフは、アメリカの発行済み株数の大半が一握りの大富豪の手に集中していった過程を描いている。

 




 このグラフをそのまま見ても、ちょっと意味がわかりにくい。そこで、アメリカという国がちょうど1万人の人口でぴったり1万株をわけあう国だったらどういうことになるのかという、おとぎ話仕立てで説明してみよう。


 まず、資産規模で1位から100位までの100人の平均持ち株数はどう変わったか。日本のバブル崩壊直前で、同時に世界経済を牽引する産業が製造業からサービス業に変わりつつあった1980年代末には、1人当たり約40株ずつだったものが、直近では約53株に増えている。


 101位から1000位までの900人の場合はどうか。1980年代には約4.5株だったものが、直近では4.0株に減っている。1万人中の上位1000人ならかなり生活水準は高いはずだが、それでもその中の上位100人をのぞくと、平均持ち株数は減っているのだ。また最上位から100人までと、101位から1000位までとの格差も、約9倍から約13倍に拡大している。


 1001位から5000位まで、つまり上半分に属する人たちから最上位1000人をのぞいた人たちの持ち株数はどうか。1人当たり0.40.5株持っていたものが、0.2株程度に下がっている。半減より大きな減少率だ。さらに5001位から1万位、つまり下半分の人たちとなると、もともと1人当たり0.02株強しか持っていなかったものが、ほぼ正確に0.01株に減っている。始めから微々たるものだった株の配当益や値上がり益は、今では完全に無視できるほど小さくなっているのだ。


 アメリカ国民の資産規模別の純資産拡大のペースは、ほぼ正確にこの持ち株比率の推移をなぞっている。次のグラフが示すとおりだ。

 


 アメリカの人口がぴったり1万人というおとぎ話を続けると、上から100人の純資産は1989年から2020年までの平均で、約270%伸びている。100%伸びて2倍、200%伸びて3倍だから、ほぼ3.7倍だ。上から101人目から、1000人目までだと、約190%の伸びで3倍弱だ。1001人目から5000人目までになると、30年間で約130%の伸びにとどまっている。2.3倍と表現するとかなり大きな伸びに見えるが、年率にすれば3%弱に過ぎない。


 下半分の5000人にいたっては、もっとひどい。2006年ごろまでのわずかな伸びが2007年からの国際金融危機で減少に転じ、2009年ごろにはほぼ全資産を失ったまま2012年ごろまで横ばい。2013年以降の伸びでやっと1989年の水準を回復したに過ぎない。つまり、アメリカ国民のうち株をほとんど持っていない下半分の実質純資産は横ばい、ほんの少し株を持っている11%目から50%目までが年率3%の伸び、それより多くの株を持っている上から10%の人たちだけが、かなり顕著な実質純資産の伸びを経験してきたわけだ。


 この「株主にあらざれば人にあらず」とでもいうべき冷厳な現実は、アメリカの勤労大衆にとって何を意味するのだろうか。それを示すのが次のグラフだ。

 



 まず、アメリカの労働力年齢に属する人たちの半数以上が、退職後の生活のための資金をまったく持っていないというデータが衝撃的だ。このデータを収集したのが2014年という、まだ国際金融危機の影響が大きかった時期ということもあるだろう。だが、退職以後のために蓄えた資金の中央値(いちばん高い額の人といちばん低い額の人のちょうどまん中に位置する人の退職資金額)がサンプル全体でも、各年齢層でも全部ゼロというのは、あまりにも悲惨だ。


 このデータから、金額を問わず退職資金の蓄積がある人だけを抜き出してみても、勤労世帯がかなり困難な環境に置かれているという印象は変わらない。退職資金のある人たちだけの退職資金中央値を取ってみると、全体で4万ドル(約420万円)、5564歳層で88000ドル(約920万円)、2134歳層で1500ドル(約110万円)と、あらゆる年齢層でかなり低めの数字が並んでいる。


 さらに、2013年ごろから所得水準はかなり回復してきたにしても、今後勤労世帯の下から9割の人たちが純資産を確実に積み上げていく展望はかなり暗い。なぜなら、世界中の政府・中央銀行が超低金利政策を実施しているため、国債という比較的安全で安定した金利収入の見こめる投資対象が、ほとんど利殖の手段として機能しなくなっているからだ。次のグラフに、その問題点がはっきり浮き彫りにされている。

 



 上段は、アメリカで10年国債を100万ドル(約1500万円)買っておけば、年間いくらの金利収入があったかを、1998年から2020年まで追跡したグラフだ。家族の人数にもよるが、アメリカで中の中程度の暮らし向きで生活するには年間約5万ドル(約525万円)かかると言われている。1990年代末にはもう、国債投資でその水準の金利収入を得るには約1億円の資金が必要だったわけだ。その後の世界的な金利低下によって、2020年には100万ドルの国債投資から得られる金利収入が6900ドル(約72万円)に下がっている。これでは、ひとり暮らしでも(必要を削除)最低限の生活必需品を買うにもこと欠くだろう。


 そこで、逆に下段では毎年5万ドルの金利収入を得るためには、米国10年債をいくら買っておけばよかったのかを、同じ期間にわたって描き出してある。1998年の89万ドル(9000万円台半ば)というのも、かなりきつい数字だ。2020年の833万ドル(約87000万円)にいたっては、相当希少価値のある特殊技能でも持っていないと、貯めこむのは不可能と言っていい金額だろう。


 アメリカでは、こうした勤労世帯の苦境を食いものにする企業が続々出現し、その中から急成長を遂げる企業が出てくる。これも、アメリカ経済のダイナミックと言えば、ダイナミック、えげつないと言えばえげつないところだ。


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