第4回連載 「根無し草になった金融業の繁栄に迫るたそがれ」2/7

アメリカ金融業界の打ち出の小槌は資源浪費型の中国経済 


   1971年にニクソン大統領・キッシンジャー特別補佐官(のちに国務長官)が、突然の中華人民強化国承認と、国連常任理事国の座を台湾から中華人民共和国に譲り渡して以来、かれこれ半世紀のときが経った。この転換はアメリカ社会によって意外なほどすんなり受け入れられ、強硬な中国脅威論を唱える人たちはあっという間に少数派に転落した。


   しかし、中国はどう考えても、ふつうの国のように最低限の人権が守れられている国ではない。国民が選挙で選んだわけでもない立法機関が宣言した中国共産党一党独裁を国是としている。ウイグル族やチベット族を始めとする少数民族に対する民族的・宗教的弾圧、迫害を続けている。おとなしく党の方針に従わない人間は強制的に思想改造所に送りこまれて、家族でさえ会えないなどの圧政が日常茶飯事となっている。農村で生まれた国民は一生都市戸籍を持つことができず、何十年都市で暮らしていても民工(出稼ぎ農民)という政治的、社会的な無権利状態に置かれている。


   最近では、顔認証カメラで個人の言動を逐一記録して、社会信用点なるものを少なくとも主要都市在住の個人全員に付けている。その点数次第で、ありとあらゆる公共サービスを受けるときの待遇が、まったく違う。中には、新幹線や航空機に乗ることを拒否される人まで出てきている。

 

    なぜ、自由主義諸国の盟主を自任するアメリカが、本来なら最大の脅威と見なすべき中国に対して宥和的な姿勢を取りつづけてきたのだろうか。話は単純明快で、中国はアメリカを代表するふたつの基幹産業、エネルギー業界、金融業界にとってカモが自分でネギを背負って食卓に上ってくれるほど、おいしいお客様だったからだ。


 まず、エネルギー産業について言えば、198090年代を通じて低迷していた商品市況を回復に導いたのは、世界中から金属資源、エネルギー資源を爆買いして、見かけ上の高い成長率を保つという中国の経済政策に90年代後半から加速がかかったからだった。2000年代が「原油の10年代」と呼ばれるほど原油価格の高位安定が続いたのも、200709年の国際金融危機をなんとか乗り切れたのも、先進諸国では資源需要が下落に転ずる中で、中国ほぼ1国で多くの金属・エネルギー資源の全世界供給量の50%以上を消費してくれたおかげと言ってもいい。


 もうちょっとわかりにくいのが、中国はアメリカ金融業界にとっても上得意だという事実だ。次のグラフをご覧いただきたい。

 



 


 左側は1981から2017年という期間で、日本とアメリカの経常収支の推移を比較したグラフだ。一目瞭然と言うべきだろうが、日本は一貫して黒字で、アメリカは12年わずかながら黒字とか収支トントンの年があった以外はほとんど赤字、しかも往々にしてGDP2%以上となる大赤字を計上している。経常収支とは、大ざっぱに言って、貿易収支と所得収支の合計額のことだ。


 貿易収支はもちろん、輸出した商品とサービスの合計額から、輸入した商品とサービスの合計額を引いた額で、プラスなら黒字、マイナスなら赤字となる。所得収支とは、それまで諸外国におこなっていた投資や融資からの金利・配当収入から、諸外国から受け入れていた投資や融資への金利・配当支出を引いた額を言う。これも、プラスなら黒字、マイナスなら赤字だ。


 最近は日本の貿易収支もときおり赤字になるが、所得収支の黒字額が大きいので、経常収支は安定して黒字を維持している。戦後ほぼ一貫して稼いできた貿易黒字の一部を海外への投融資に回していたので、そこから得ている金利・配当収益が経常黒字を支える最大の柱となっているわけだ。


 一般論として、経常収支が黒字の国々は海外への投融資に回すことのできる資金量も多いので、対外投融資の残高のほうが、海外から受け入れている投融資の残高より大きい。この状態を対外純投資がプラスだと表現する。もし海外から受け入れている投融資のほうが大きければ、対外純投資がマイナス、あるいは対外純債務だと表現する。2017年の時点で、主要国の対外純投資ポジションがどうなっていたかを示すのが、右側のグラフだ。


 ご覧のとおり、日本が世界最大の純投資国となっており、アメリカが世界最大の純債務国となっている。ちょっと奇異な感じがするのは、近年は日本やドイツよりはるかに経常収支の黒字幅が大きいはずの中国が、対外純投資ポジションでは3位に過ぎず、日本の約3兆ドルに対して、17000億ドル程度となっていることだ。これは、たんに中国は高度経済成長を始めたのが日独よりかなり遅かったので、まだ大きな純投資ポジションをつくれていないという、タイムラグだけの問題ではない。


 そのへんの事情を劇的なかたちで示しているのが、次のグラフだ。

 



 


 このグラフは、横軸に先ほどご説明した対外純投資ポジションを取り、縦軸には所得収支、つまり対外金利・配当収入マイナス対外金利・配当支出を「年間純投資収入」という呼び方でプロットしている。たとえば、世界最大の純投資国日本は、このグラフの対象期間に約28000億ドル程度の純投資ポジションから、約1700億ドルの金利・配当収入を稼いでいた。元本に対して約6%の利回りで、海外投資というリスクのある行動を取ることへの報酬としては順当な水準だろう。


 ざっと眺め渡しただけで、「これは何かの間違いだろう」という場所にいる国が2ヵ国ある。そう、アメリカと中国だ。アメリカは世界最大の純債務国なのに、海外から受け取っている金利・配当収入のほうが海外に支払っている金利・配当支出より大きい。金額的に見ても、最大の純投資国日本が稼いでいる金利・配当収入にほぼ匹敵するほど大きい。逆に、中国は世界第3位の純投資国なのに、海外に支払っている金利・配当支出のほうが海外から受け取っている金利・配当収入より大きい。こちらは、世界中のどの純債務国より大きな金利・配当支払いをしている。


 いったいどうしたら、こんなに不思議なことが起きるのだろうか。論理的に整合性のある答えはひとつしかない。それは、アメリカの純債務ポジションは8兆ドルだが、実際にはもっと大きな金額、たとえば約9兆ドルを世界各国から借りている。ただし、その大半をほとんどゼロ金利の短期米国債で借りていて、金利負担もゼロに近い。一方、その借金のうちの約1兆ドルを中国などの新興国、低開発国に約17%の金利で貸している。だから8兆ドルの純債務ポジションを背負っているのに、1700億ドルの純投資収入がある。


 いくらなんでも17%は高金利すぎるので、10兆ドルのゼロ金利総債務のうち、2兆ドルを8.5%の金利で又貸ししているというほうが現実的かもしれない。ただ、超低金利で借りたカネのごく一部をかなりの高金利で貸しているという以外に、この純投資ポジションの巨額のマイナスと純投資収入のかなりのプラスという不整合は説明がつかない。


 中国の場合は、その正反対だ。つまり約17000億ドルの純投資ポジションは、おそらく金利0%で貸している約27000億ドルの総投資ポジションと、金利約8%で借りている1兆ドルの総債務ポジションからなっている。だから純投資ポジションが17000億ドルにもなるのに、純投資収支は約800億ドルの赤字となっている。


次回  3.アメリカの金融業界は、対外投融資で肥大化しつづける 11/13更新

 

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