第3回連載 「アメリカ株異常な暴騰の真相」完

人気集中銘柄=無形固定資産総額上位銘柄は怖い


 今回の連載シリーズで再三取り上げたS&P500採用銘柄中の時価総額トップ5社も、まさにこの無形固定資産総額が突出して大きな企業群なのだ。時価総額とは、株価に発行済み株数をかけたものだから、人気が集中して株価の高い銘柄5社と言い換えてもいい。


 前回最後の図表で、棒グラフの下側には10年代ごとに時価総額トップ5社が書き出されていた。2005年までは総合電機とか石油採掘精製とかの装置産業からも時価総額トップ5に入る企業が多かった。だが、2018年になると、トップ5すべてが、次に見る2015年時点での無形固定資産総額トップ20社の上位陣から出ている。

 



 

 ご覧のとおり、時価総額順でトップのアマゾンは、無形固定資産総額の2位、2位のグーグル(アルファベット)は無形固定資産総額の3位、3位のマイクロソフトは無形固定資産総額の首位、4位のアマゾンは無形固定資産総額の2位、5位のフェイスブックが無形固定資産総額でも5位と、トップ5の顔ぶれはまったく違わないのだ。この重複ぶりは、ちょっと不自然ではないだろうか。


 現在でも機械装置、工場、店舗、賃貸不動産、研究施設、鉄道網、港湾施設、発電所・変電所・送電線網、通信網、娯楽遊戯施設、宿泊施設などに莫大な資金を投下して営業活動をしている大企業は多い。決して「時代遅れ」になってしまった重厚長大型製造業各社だけが、巨額の有形固定資産を持ちつづけているわけではない。だが、株式市場で人気を集めているのは、総資産のほとんどが無形資産という、いざというときにほんとうにその資産を売却して借金が返せるのか疑わしい企業ばかりだ。


 それにしても、無形固定資産総額上位20社を見ると、総資産に占める無形資産比率の高さに驚く。製薬のノヴァルティス、日本流に言えば医薬部外品的な日用消費財の多い、ジョンソン・エンド・ジョンソン、同じくプロクター・アンド・ギャンブルは、総資産のわずか1%とは言え有形資産総額が欠損となっている。また、クレジットカード大手のビザは無形資産が総資産の100%だ。同じくクレジットカード大手のマスターカードが無形資産比率99%で、製薬大手のファイザーは98%だ。この6社は、ほとんど有形資産を持っていないと言ってもいい。


 S&P500採用銘柄全体で無形資産が総資産の84%を占めているのだから、無形資産総額の大きな企業ばかりを拾っていけば、この程度の数字になるのは当然かもしれない。ただ、その膨大な無形資産が、保有している企業の収益力向上にどの程度貢献しているのかということになると、首をかしげたくなる企業が多い 


 時価総額第4.無形資産総額第2位のアマゾンがよい例だろう。本業eコマース(インターネット通販)での営業利益率は直近の2019年でもわずか1%台にとどまっていた。どうやら2020年は、通年でこの部門の営業利益率が2%台を確保できそうだが。


 アマゾンは、本業の全世界規模での展開に必要だった配送網確立のための膨大な計算用に購入した大容量コンピューターの能力が遊休化したので、クラウド(コンピューターレンタル)事業を始めた。この事業部門が売上規模は総売上の約12%と小さいが、営業利益率約30%と超高収益事業なので.この部門の貢献でかろうじて安定した経常利益を確保しているのだ。本業のeコマースを全世界で展開しているのは規模の経済を実現するどころか、むしろ規模の不経済が発生している可能性が高い。 


 だが、株価を引き上げる効率で言えば、世界の津々浦々まで配送網を確立したアマゾンのeコマース業界首位という地位は、非常に大きな貢献をしている。こんな低収益企業に市場の人気が集中して、株価が上がり続ける最大の理由は、eコマースの普及は消費行動でクレジットカード払いの比率を上げ、現金払いの比率を下げるという重要な役割を果たしているからだ。


 クレジットカード払いを普及させることは、もちろん粗利益率99100%というボロい商売をしているクレジットカード各社や、最近ではクレジットカードの分割払い以外に年率1718%にも達するべらぼうな高利融資ができなくなってきた銀行業界のうけもいい。それだけではない。全体的に消費者が賢くなってきたので、脅してもだましてもなかなかインフレ率を高めることができない状況で、持っていると自動的に価値が目減りしつづけるデジタル通貨を導入してでも政府自身や大企業の借金負担を目減りさせようとしている、各国政府や中央銀行からも大歓迎されている。


 その結果として、アマゾンの創業者であり、現在もCEOをしているジェフ・ベゾスの資産を拡大する効果もまた絶大だった。次のグラフが明瞭に示すとおりだ。

 



 

 世界中で新型コロナウイルス、コヴィッド-19に対する過剰反応で、店舗の営業停止や外出禁止令が出た国も多かった。この環境下で、アマゾンは消費者自身が外出する必要のないeコマース最大手だったので、株価の上昇率もベゾスの資産規模拡大ペースもとくに大きかったというわけだ。 


 さらに興味深い事実がある。アメリカの一流企業CEOが一斉に自社株買いに巨額の費用を投じて、お手盛りの株数圧縮による株価上昇の恩恵で自分自身の資産を拡大している。だが、アマゾンは2012年以降一度も自社株買いをしなかった、いまどき珍しい大企業なのだ。その意味では、アマゾンは自社が稼ぎ出した利益のうち、株主への配当などに使わなかった分を、世界的な配送網をさらに広く細かいものにすることや、新たに進出したクラウド事業への先行投資に積極活用した、いわば古風な投資優先型企業と見ることもできる。


 ただ、そこがサービス業のむずかしいところで、eコマース事業における積極投資が収益率向上に寄与した形跡はほとんどない。なぜそう断言できるかと言えば、アマゾンの自社販売網に出品する業者に対する交渉力はすさまじい勢いで高まっているのに、創業以来の本業であるeコマース事業の営業利益率は2019年にいたっても1%台にとどまっていたからだ。次のグラフが、eコマース業界で断トツのシェアを持っているという事実がもたらす交渉力優位を物語っている。

 



 

 ご覧のとおり、アマゾンが自社販売網に出品する業者から徴収する仲介手数料プラス広告宣伝掲載料の売上に対する比率は、2014年の19%から2019年の30%まで大幅に上昇している。それでも、この間のeコマース事業の営業利益率は1%台という低空飛行を続けていた。eコマース事業をさらに北米部門と国際部門にわけると、北米部門ではだいたい35%の営業利益が出ていたのだが、国際部門は2020年第1四半期までずっと営業赤字でeコマース事業全体の足を引っ張ってきたからだ。


 サービス業における販売網の拡充は、営業効率のいい人口稠密な大都市圏から、営業効率の悪い郊外や地方へと広がっていく。遠く海外まで手を広げれば、都市圏から郊外や地方まで販売網を拡げることの負担もさらに重くのしかかってくる。当然、営業経費の伸び率は、売上の伸び率を上回ることになる。だから出品業者の売上からアマゾンが徴収する手数料プラス広告宣伝費の比率がこれほど上昇しても、eコマース事業の営業利益率は伸びなかったわけだ。


 この事例からも、サービス業界の企業にとって積極投資による事業規模拡大は必ずしも収益向上には寄与しないことがわかる。ただし、アマゾンの創業CEOであるジェフ・ベゾスほどパブリシティがうまく、またアメリカ有数の高級紙、ワシントン・ポストをポケットマネーで買収するほどの資産を蓄えていれば、収益性はほとんど改善しなくても株価上昇と自分自身の資産規模拡大には大いに貢献しているようだが。 


 これからも、アマゾンのジェフ・ベゾスや、グーグルのラリー・フリンとセルゲイ・ページ、※正しくはラリー・ページとセルゲイ・ブリンでした。11/10訂正

フェイスブックのマーク・ザッカーバーグのような、サービス業のニッチ分野で大資産家に成り上がる企業家が続出するのだろうか。大いに疑問だ。まだ株式市場でもてはやされる前に、小さな分野でもしっかりした営業基盤を確立しておかないと、有望な分野になればなるほど、まだ圧倒的なシェアを持っていないうちに、市場の評価が急上昇してしまい、ニッチをしっかり掌握しつづけるための研究開発がおろそかになったり、より良いサービスを提供する競合企業に出し抜かれたりする危険が高まるからだ。


 テレカンファレンス(リモート会議)アプリで今のところ独走態勢に入ったように見えるズームは、その典型だろう。次の表が示すとおり、伝統的な株の評価基準を適用すれば、この会社を買えると示唆する指標は何もない。

 



 

 たしかに、昔まだ実用化直後のインターネット回線を使ったテレビ電話会議をやった人間としては、はるかに使い勝手のいいアプリだ。コロナ禍で在宅勤務は激増しているが、やはり会議は必要という時流にもぴったり適合している。だが、まだまだ改良・改善の余地が大きな分野だし、次の画期的な改良が競合各社ではなく、この会社によって行われるはずだと決めつける根拠はない。


 それ以上に、バリュエーションが非現実的に高くなっている。また、総資産の自己資本に対する倍率がマイナス4倍というのは、不可解だ。実際に営業活動をしている企業の総資産がマイナスということはあり得ないから、自己資本は総資産の25%分の欠損になっているのだろう。創業直後の企業にはよくあることなのかもしれない。だが、もう一方では債務の資産に対する倍率がゼロだとしているので、無借金経営を標榜しているはずだ。そうすると営業活動に使っている資産を購入ないし賃借するための資金の出所がどこなのか、まったく見当もつかない。 


 無形資産で勝負するサービス業の会社を見ていると、バランスシートに魑魅魍魎が棲んでいるような企業もある。新興企業ばかりとはかぎらず、上場後数年経過していて、中堅企業や同業の中では大企業になってしまっても、そのまま棲みつづけていることもある。バランスシートの項目と具体的にかたちのあるモノがほぼ一対一で対応していた、製造業全盛の時代が懐かしいという気もする。残念ながら、そういう時代はもう二度と戻ってこない。


 「論理的に首尾一貫していて、実証データとの整合性も高い財務諸表がなければ、株なんてできない」とおっしゃる方々は、いっそ株式市場から長期休暇を取ってはいかがだろうか。日本でも今後67年、欧米ではおそらく2030年にわたって、株式投資でもっとも現実的な目標は損失の最小化という期間が続きそうなことでもあるし。



「アメリカ株異常な暴騰の真相」-完-


 

コメント

匿名 さんのコメント…
グーグルの創業者は、ラリー・ページとセルゲイ・ブリンだったかと...
増田悦佐 さんの投稿…
匿名 様
間違えてしまっておりました。お恥ずかしいです…。
訂正致しました!ご指摘ありがとうございました。