完「21世紀大不況の核心は過剰設備にあり」

中国、アメリカを上回る過剰設備を抱えている


1999年以降の中国の設備投資がどんなにすさまじいペースで伸びてきたかは、次のグラフで一目瞭然だろう

 


イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリアという旧大英帝国系4ヵ国と、ユーロ圏、それに日中韓の東アジア3ヵ国を加えた粗固定資本形成額は1999から2015年の16年間で、約83000億ドルから、約134000億ドルへと6割以上の伸びを示した。だが、この7ヵ国プラスユーロ圏の実績から中国1国をのぞくと、77000億ドルから91000億ドルへのった18%の伸びに過ぎない中国1国の粗固定資本形成を逆算すると、わずか6000億ドルから43000億ドルへと7倍以上の驚異的な伸びを達成したことになる。

粗固定資本形成は、固定資産投資」が無形中身のあいまいなものをふくむのと違って、物理的な建物や機械などに対する投資だから、設備投資とほぼ同一と見ていい。16年間で4倍の成長を遂げるためには、年間成長率は10%近い水準を維持する必要がある。読者の中には「年率7%台を維持すると公言していたGDP成長率が6%台に下がったと言って大騒ぎするほど高成長の続いている国だから、この高成長を維持するためには、設備だって急拡大を続けなければならないのは当然だ」と思われる方もいるかもしれない

だが設備投資成長率がGDP成長率より高い状態が長期間にわたって続くのは、経済学的に見て、決して好ましい状態ではない。それどころか、投下資本の拡大に見合った生産高の増加が達成できていない、つまり資本効率が低下している、困った状態なのだ。資本産出係数という概念がある。1単位の生産高を産みだすのに必要とする資本が何単位かと指標だ。たとえば資本産出係数が5という企業は、年間1万円の売上を達成するのに5万円の資本設備を必要とするということだ。同じ売上高を産むのに必要な資本設備の総額は低いほどいいから、資本産出係数は小さいほど効率のよい経営をしている企業なのだ。そして、設備投資額の伸び率がGDPの伸び率より大きい国は、国全体としての資本産出係数が毎年高くなっている国、つまり資本効率が毎年悪化している国ということになる。

もちろん「粗」固定資本形成というのは、既存設備の減価償却前の数字を意味するから、毎年中国全体でGDP34%分に当たる減価償却を実施していれば、資本産出係数は悪化せず、横ばいを保てることになる。だが、その可能性は非常に低い。中国には国有企業と民間企業があって、国有企業は企業総売上に占めるシェアは20%程度なのに、保有資産総額は全企業保有資産の60%くらいに達している。つまり、国有企業は民間企業の3倍も重い資産を抱えて経営をしていて、資本産出係数が8とか9とかの企業がザラにある。

資本産出係数が89だと、売上を全然賃金や原材料費に回さず、全部固定資産の償却に注ぎこんでも、投下資金の元本を回収するのに89年かかることになる。賃金原材料費を勘定に入れれば、投下資金の回収に2030年かかるだろう。そんなに長いあいだ同じ資本設備を使いつづけていて陳腐化しないわけがない。つまり国有企業のかなりの部分が、そもそも企業としての存立を維持し、収益を生み出すために設立された組織ではないのだ。

それならなんのために存在する組織なのかというと、中国共産党一党独裁体制を維持するために国民大多数を監視しつづけている既得権益集団に利権をばら撒くために存在しているのだ。こういう組織は、まさにカネ食い虫だ。表面的には株も上場しているが、実態としては相互持ち合いで国有銀行でありつづけている大銀行経由で中国人民銀行から資金補給をつづけないと立ちゆかない。だから、先進諸国の中央銀行資産の肥大化が話題に上るはるか以前から、中国人民銀行は国有企業の重すぎる総資産を実質的肩代わりしてやるために自行の保有資産を拡大しつづけてきたのだ。

そのへんの事情を示しているのが、次のグラフだ。

 


このグラフでわかるように、民間金融機関の資産を買い取ってやって、その代金をばら撒くことで表面的には経済成長を維持するという金融政策の先駆者は、連邦準備制度でも日銀でも欧州中央銀行でもなく、中国人民銀行だった。中国の場合、民間金融機関や民間企業より国有銀行、国有企業のほうがさし迫った問題を抱えているという差はあるが。

そして、中国経済は今、生産物の伸び率を上回る伸び率で労働と資本の投入量を増やさなければならない状態に陥っている同じ量の労働と同じ質・量の資本を投入していたのでは、生産高が減少してしまう状態が過去78年定着しているのだ。どこでそれがわかるかというと、何回か触れてきた全要素生産性だ。次のグラフで確認していただけるように、2013年以来、中国の全要素生産性はマイナス成長が続いている

 

生産要素の投入量の増加分より産出量の増加分のほうが少ないということは、国民経済全体として価値を創出するのではなく、価値を喪失していることを意味する。赤字経営が続いているのに、自己資本をすり減らしながら配当を継続する、いわゆるタコ足配当をしている企業のようなものだ。こんなに内情が悪化しているのに、見かけだけは高成長を保っていても、すなおに騙される人はあまりいなくなってきた。中国経済が世界経済に及ぼす影響力は確実に弱まっている。200709年の国際金融危機以来、世界経済を牽引してきたのは中国だった。中国の世界景気に対する影響力は次のグラフに如実に表われている。

 

 

中国企業が借金を増やして業容拡大のペースを上げると中国だけではなく、アメリカ、ドイツそしてユーロ圏全体の景況感が改善していた逆に中国企業が借金を減らして業容拡大のペースを緩めると、これら諸国の景況感は悪化していた。だが、それも20176月に中国企業が借金減らしの方向に動いて欧米諸国の景況感が悪化するまでのことだった。2019年に中国企業が借金を拡大する方向に動くと、欧米諸国の景況感は改善せず、悪化した。もう業容拡大のための借金ではなく、当座の支払いにも困っているのでせざるを得ない借金だと見抜いているのかもしれない。

世界経済全体が製造業主導からサービス業主導に転換した中で、しゃにむに設備投資の拡大によって製造業中心の経済成長を志向するのは、敗北が約束された政策だもうあまり必要とされていないモノをせっせと造りつづけるから、製品価格は下落する設備投資を増やせば増やすほど資本効率が下がってますます生産要素の投入量より低い生産高しか確保できない構造を強化してしまうからだ。

現在の商品市場では、金(ゴールド)をのぞくほとんどすべての金属資源エネルギー資源の価格が異常な安値となっている。また、株式市場でも、石油大手、鉱山株などのいわゆる資源株が、過去のトレーディングレンジに比べて異常に割安になっている。のグラフが示すとおりだ

 


このグラフを見て「資源株はあまりにも割安に放置されているから、かなり大幅な値戻しがあるだろう」と考えるのは、早計だ。むしろ1970年代末の大天井から1990年代末底値までの動きが、製造業主導経済からサービス業主導経済への転換をすなおに反映していると考えるべきだ。1990年代末から2007年までの反発は、世界中が省エネ、省資源型成長へと傾斜する中で、中国一国が資源浪費型高度成長を維持しようと一手買いでたせてきた高値にすぎない。その中国が、資源の爆買いをつづける資金に困りはじめている。現在の資源安、資源株安は、辛抱強く待っていれば高値に戻る安値ではなく、これからの世界経済のあり方を示す安値なのだ。

21世紀大不況は、設備投資が回復すれば好況に転ずる不況ではない。現在の資本設備はまったく不足していない。むしろ、設備稼働率を見れば過剰なくらいだ。この不況から脱出する道は、投資ではなく消費を振興することだ。その点で、日本は他の先進諸国より有利な立場にある。

 

 

コメント