書評シリーズ第1回「投資」その2

投資にまつわるエトセトラ


その2

吉本佳生むしろ暴落しそうな金融商品を買え!』(2012年、幻冬舎新書)

 

金融工学の技術的な発展に伴って、1国を代表する株価指数(インデックス)とそっくり同じ値動きをする指数連動型の金融商品が売買できる世の中になった。1国を代表する株価指数とは、日本で言えば日経平均や東証株価指数、アメリカで言えばS&P500株価指数やダウ平均やナスダック100、ユーロ圏で言えばSTOXX600といった指数のことだ。株に連動した金融商品の開発ではアメリカにかなり遅れている日本でも、1995年にはもう日経平均に連動する上場投信(ETF、換金するのにいちいち解約手続きをする必要がなく、いつでも市場で売り買いできるタイプの投資信託のこと)が上場されていた。

この本の最大の功績は指数連動型の金融商品を長期保有していれば、短期的な変動は平準化されて経済発展に見合うだけの収益は必ず確保できるその上昇率はそれぞれの国の10年物国債のような長期の確定利付き商品の利回りよりいいはずだ」という考え方を、危険な幻想としりぞけているところにある

第二次世界大戦後は一度も1930年代大不況時のような株価の長期低迷を経験したことがない欧米の投資家たちの中に、「国を代表する株価指数と同じ値動きをするインデックスを長期保有していれば、預金や長期国債に必ず勝てる」というインデックス教信者が多いのは、無理もないことなのかもしれないだが、198992年の日経平均、東証株価指数の大暴落と、その後の長期低迷を身にみて体験しているはずの日本の投資家や金融アナリストたちが、まったく自分の体験とそぐわないインデックス教信者になってしまうのは、ほんとうにわけがわからない

吉本は1980年以来、この本の出版直前の2011年までの32年間にわたる日経平均の値動きを例にとって、インデックスファンド長期保有という投資スタンスがいかに危険かを読み取りやすいグラフを交えてていねいに解説している。20ページ、4149ページ)株式市場には、元来10年、15年、20年かけて営々と積み上げてきた成果を、予想もつかなかった外部要因をきっかけにたった23年でフイにしてしまう、非常に危険なバクチ場という性格がある。これはもう、長期の持続的強気相場が続けば、必ず株価の上昇自体が新しい買い手を呼びみ、そうなと何かのきっかけで下げに転ずると大暴落をするところまで舞い上がってしまうというバブルの膨張と崩壊の力学が働いているからだ。

この力学は、金融技術がどんなに発達しても、ほとんど変わらない。むしろ、現物の売り買いに加えて、先物買い、空売り、特定の時期に一定の価格で株を売る権利や買う権利の売り買いと、売買手法が多様化、複雑化するにつれて、株価の変動性は低下ではなく、上昇してしまったことも教えてくれる。こういった技術に興味をお持ちの方には、さわりをほんのちょっとだけだが、限定された数の道具を組み合わせることによって、価格がある範囲の中にとどまれば得をし、逸脱すれば損をする商品とか、その逆とか、ほとんど自由自在にさまざまな金融商品をつくり出す仕組みも解説してくれる。

長期保有に加えて、過去に大成功を収めたファンドマネジャーの推奨する二本柱のもう一本といえば、分散投資だろう。吉本は、この分散投資の神通力も、最近は金融工学の発展に伴って、むしろ弱まってきたと主張している。

つまり、平準化してほしい時間軸を通じた株価の変動性は高まっている。一方、多様性を発揮してほしい短期間での株価の値動きは、かなりかけ離れた業界に属する企業数社をとっても、同じ業界内ではっきり業績に格差のある数社をとっても、同調してしまうという困った状況にあるのだ。このへんの事情は、70ページの3大銀行グループの株価グラフ、そして7475ページの業種別株価指数について19992004年の分散性と、200511年の連動性を示したグラフに鮮明に出ている。それどころか、最近では、日本株と諸外国の株、そして、株価と市況商品の価格のあいだでも明らかに連動性が高まっている。

当然のことながら、吉本は非常に悲観的な結論を導き出している。

「いかに『大規模な暴落から逃げるか?』が、いまの資産運用では、いちばん大切なポイントになります。……(リーマンショックのときには)なんらかのショックがあっても、影響は一時的だと信じ、いつかは確実に上がる資産に投資しているのだから、投資を続ければいいと思い込んだために、回復不能な損失をこうむったのです。……

 あとからふり返ってみると、ショックによる最初の下落は、意外に小さいもの(小規模な暴落)であったりします。……少し遅れてやって来る本格的な暴落から、いかに逃げるかがポイントです。……『すぐにでも暴落しそうで不安だ』と思う資産に投資するほうがずっと安全だと述べたのは、そう思っていれば、本格的な暴落の前に損切りして逃げられるからです」。(174175ページ)

実際に投資活動をおやりの方々には、おいそれとは受け入れがたいほど、暗い結論だろう。その意味では『投資なんか、おやめなさい』というタイトルの荻原以上に、吉本は現代経済における投資の役割を消極的に見ていると言える。私としては、まったく反論の必要を感じない議論だ。ただ、吉本が、おそらくはご本人が金融工学の専門家であるからなのだろうが、金融工学の発展が投資活動に暗い環境を招いた」と言っていることには、ちょっと異論を唱えたくなる

明らかに1990年代には世界は製造業中心で投資が牽引する経済から、サービス業中心で消費が牽引する経済に転換しているそして、株式市場を中心とする金融市場のもっとも重要な役割、業績の良い企業ほど安く大量の資金を調達できるシステムにある。だとすれば、実物経済で投資の役割が低下した社会では、株式市場で新株発行増資をするにせよ、債券市場で社債発行するにせよ、企業の資金調達を円滑に行うために存在する金融市場の役割も減少して当然ではなかろうか。

日本を代表する株価指数、日経平均は大底で最高値の2割未満に下げてから、ようやく最高値から最安値までの半値戻しを達成し、その後は横ばいが続いている。これは、日本経済が弱いことを示すのではなく、日本経済だけが製造業中心からサービス業中心への大転換にすでに適応済みだということを示しているのではないだろうか。

そして、経済危機のたびに、世界最強の経済を支える通貨、米ドルに対して、ひ弱で衰弱したと見られている日本経済を支える通貨、円が強くなるのも、先進諸国でも日本だけがこの非常にきびしい試練の時期をもう通過しているのに、欧米諸国はこれからこの試練に飛びこまなければならないからではないだろうか。これらの点については、このブログ本編でも、今後刊行する予定の拙著でも、解明を続けていきたいと思う。

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