2「2020年のアメリカ大統領選は遺恨試合になる」
アメリカの2大政党制度は、偽善党と露悪党の対立
日本国民の大部分が、アメリカの民主党と言えば、勤労者、農民、学生などの比較的弱い立場の人々を支持基盤とする進歩的な政党であり、逆に共和党は資本家、経営者、軍事利権団体などを支持基盤とする保守的な政党という印象を持っていると思う。だが、これはほぼ完全な幻想と言っていい。
実際には、民主党は弱い立場の人々を巧妙に惹きつける弁舌巧みな大企業経営者や、マスコミの言論エリートたちが牛耳っている「偽善党」だ。一方、共和党には中小規模の企業経営者や農民などの、決してエリートとは言えない人たちが多く、アメリカ社会の現状がいかに理想とはかけ離れた姿になっているかを比較的すなおに認識している。だから、共和党の存在理由は民主党イデオローグの唱える理想論と現実との差を指摘する「露悪党」の役割を果たすところにあると言えるだろう。
読者の皆さんの中には、奴隷制廃止のために南北戦争を戦い抜いたエイブラハム・リンカーン大統領のような偉大な人物が、露悪趣味の持ち主だという議論に納得がいかない方も多いのではないだろうか。だが、当時のアメリカの国際政治における主張と、国内社会の実態との差を想い起こしていただきたい。
19世紀半ばともなると、アメリカはヨーロッパ列強に混じって、アジア・アフリカ・中南米での植民地獲得競争に参加しながら、「我々は国王や皇帝を戴いているわけではなく、自由で平等な民主主義国家だ。だから我々の世界進出は民主主義を広めるための正義の戦いだ」と主張していた。しかし、国内を見れば黒人に生まれついたら、一生他人の私有財産として暮らさなければならない州のほうが、黒人にも自由人として生きることを認めた州より多かったのだ。この偽善を暴露して、国際政治で偉そうなことを言うなら、いつまでも奴隷制にしがみついていてはいけないという「露悪的な」耳の痛い指摘をし続けたのが、リンカーンだった。
19世紀末になると、一応奴隷解放も達成したアメリカは、ますます露骨に中南米、アジア諸国への帝国主義的進出を推進していたが、民主党政権は一貫してこの政策を「善隣外交」という耳に心地よい言葉でごまかしてきた。そこで、まさに世紀の転換点である1900年の大統領選で民主党から政権を奪ったのが、共和党から立候補したセオドア・ローズヴェルト大統領だった。彼の名言としては「外交はきれいごとではない。声は小さくてもいいが、大きな棒を持って相手国を威圧しなければならない」という表現が残っている。
第二次世界大戦終結直前に亡くなったフランクリン・D・ローズヴェルトから政権を引き継いだ民主党ハリー・トルーマン大統領の「核兵器における圧倒的優位にもとづく、社会主義圏封じこめ」政策を批判したのも、共和党から出馬したドワイト・アイゼンハワーだった。彼は生粋の職業軍人であり、第二次世界大戦の英雄でありながら、「もう、科学技術、軍事技術でアメリカの圧倒的優位など存在しない。存在しなくなった優位を再確立するために軍需予算を注ぎこんで、軍産複合体利権をこれ以上肥大化させてはならない」という、これまた露悪的な辞任演説をして、政権をジョン・F・ケネディ次期大統領に引き渡している。
いまだに公民権運動の支持や「偉大な社会」計画によって、理想主義的な政治家たちだったと評価する人の多い民主党のケネディ=リンドン・ジョンソン両大統領は、国際政治では「中国本土に共産主義政権など存在しない。中国全土を統治しているのは台湾に逃げこんだ国民党政権だ」という妄想にしがみついて、ベトナム戦争の泥沼化に大いに貢献した。これに対して、中国本土を支配しているのは共産党一党独裁政権だという現実をすなおに認めて中国との国交を回復したのも、リチャード・ニクソン率いる共和党政権だった。
ちょっと話は前後するが、第二次世界大戦終結直後の1946年に、アメリカ連邦議会は「ロビイング規制法」という名の贈収賄奨励法を可決していた。議会にロビイストとして登録している仲介業者経由で受け渡しするかぎり、ふつうの法治国なら当然贈収賄と見なされる有力産業の業界団体や大企業からの金品と政治家や官僚からのその産業・企業に有利な法律制度の整備という便益との交換を、合法的で正当な政治活動と認めた、稀代の悪法だ。この法律の可決以来、アメリカはどんどん大企業と大金持ちに有利で、庶民に不利な社会へと変質し続けている。
1981年に就任したロナルド・レーガン以下、両ジョージ・ブッシュ(父はH・W、子はWがミドルネーム)の3大統領は、ようするに現代アメリカは大企業と大金持ちに有利な社会だという現実を率直に認め、その傾向をさらに推進する政権だった。有力産業・大企業からの巨額献金に頼っているところはまったく同一なのに、理想主義的な美辞麗句を弄するジミー・カーターやビル・クリントンの民主党政権の偽善者ぶりとは対照的だ。
ただ、同じように巨額献金に頼っていると言っても、そこにおのずから偽善党と露悪党の差は出てくる。次にご紹介するのは、業界別にどの程度献金が民主党リベラル派と共和党保守派に傾斜しているかを示したグラフだ。
出所:ウェブサイト『Zero Hedge』、2019年1月20日のエントリーより引用
ご覧のとおり、共和党保守派への献金に傾斜しているのは、いかにも悪そうな業界が多い。石油・天然ガス・石炭のエネルギー資源産業、金属資源採掘主体の鉱業、農業(実態は農民の協同組合的な組織より、農林水産物商社、肥料・飼料・種苗大手などが中心だ)、建築・土木、そして健康に害のあるモノを売る商売として悪名高いタバコといったところだ。意外にも不動産業と銀行などの伝統的金融業は、ほんの少し共和党保守に振れているだけで、ほぼ均等に献金している。ヘッジファンドやロビイスト団体も均等に近いが、この2業種はやや民主党リベラル派に寄っている。(ヘッジファンドが0.5Cとなっているのは、位置から見ても0.5Lの間違いだろう。)
一方、とくに民主党リベラル系への傾斜が強い4産業・職能団体は、首をかしげる方も多そうな娯楽産業をのぞけば、学界・教育施設、オンラインコンピューターサービス、新聞・印刷メディアなどと、科学技術開発の先端を行き、また国民に良識ある行動を訴える立派な人たちのそろった業界というイメージがある。だが、イメージと実態はまったく違っていて、フェイスブックやアマゾンがいかに悪辣な経営をしているかは徐々に明るみに出つつある。形式的には非営利団体がほとんどの大学も、私立・公立を問わず、高額報酬を餌に企業による巨額の研究助成を引っ張ってこられる有能な学者の奪い合いをしながら、べらぼうなペースで学費値上げを続けている。
前の4団体ほど顕著ではないが、やはり民主党リベラル系への傾斜がはっきりしているのが薬品業界だ。これもまた、人々の命と健康を守るために日夜研究努力を続ける、崇高な使命感で働いている人の多い業界という印象がある。しかし、この印象は見事に裏切られる。世界中探してもアメリカの薬品業界ほどあざとくボロ儲けをしている業界は珍しい。たとえば、オピオイド(直訳すればアヘンもどき)という薬品群がある。麻薬に似た強力な鎮痛効果を持ちながら、あまり依存症形成リスクは高くないという触れこみで、医師が処方箋を書けば合法的に薬局で買える「疑似」麻薬だ。初期に開発されたオピオイドであるメタドンは、実際に依存症形成リスクも低かった。
だが、それでは薬品会社も、処方箋を書く医師もあまり儲からない。そこで、どんどん依存症形成リスクの高い後発薬が開発され、この業界からたっぷり献金を受けている連邦や州の議会は、この危険きわまりない疑似麻薬を合法的に処方し、販売することのできる薬品と認めてしまった。その結果はどうなったのか。次のグラフが赤裸々に示している。
出所:ウェブサイト 『Statista』、2019年8月27日のエントリーより引用
メタドン以外の合成オピオイド過剰摂取による死者数は、今や人口10万人当りで年間9.0人と、ヘロインによる死者数4.9人の2倍近い数字になっている。本物の麻薬を売る組織は、現場捜査官を買収するコストとか、密売組織同士の抗争に備える軍資金とか、さまざまなコストがかかる。ところが、オピオイドを製造販売する薬品会社は、たくさん処方箋を書いてくれる医師への接待付け届け程度のごくふつうの薬品営業をしていれば、依存症になってしまった患者が服用し続けることによって、莫大な利益を上げることができる。
2016年の大統領選で、トランプがヒラリー・クリントンを破るという大番狂わせで勝利したとき私が最大の期待を抱いたのも、トランプには2大政党をほぼ自由に操縦していたロビイストを通じた巨額献金の恩恵があまり及んでいないので、思い切った政策転換ができるのではないかということだった。トランプが共和党の正式指名を受けてからも、共和党への巨額献金集団でさえトランプを泡沫候補扱いしていて、選挙運動期間中も大口献金がほとんど入ってこなかったからだ。
当選確定2~3日後の「トランプ大統領は太っ腹なので、選挙期間中様子見をしていた人たちからの献金も、すでに自腹を切って立て替え払いしていた分と見なして、快く受け入れる」というコメントが発表されて、この期待が幻想に終わる可能性の高さも認識した。だが、それでも2大政党にまとわりつく利権集団にどっぷり浸っているわけではない。2大政党ともじつは現状維持を期待していた米中貿易を本気で縮小しようとしたのも、中国ロビーとの接点をまったくと言っていいほど持たないトランプだからこそできたことだろう。
というわけで、5月中旬までトランプが既成政治ボスの典型のようなバイデンをリードしていたのは、アメリカ国民にとって、よりマシな選択だと思っていた。ところが、5月最終週からこの構図に突然の変化が生じた。この現職が再選される平穏無事な大統領選というシナリオが崩れ落ちたのは、意外なところからだった。連載第1回でご覧いただいたグラフを、ここでもう一度チェックしてみよう。
出所:ウェブサイト『Real Clear Politics』、2020年9月13日のエントリーより引用
5月中旬まではトランプが安定して7~8ポイントリードしていた。だが、5月末から6月初めに形勢は逆転し、6月末~7月初めには約20ポイントもバイデンがリードするようになっていた。いったい何がきっかけとなってこれほど大きな変動が生じたのだろうか。
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