第1回連載 「2020年のアメリカ大統領選は遺恨試合になる」

 2020年大統領選は退屈な選挙戦に終わるはずだった


アメリカ大統領選の投票日は今年2020年の113日、もう1か月に迫っている。前回、2016年には、ほとんどの世論調査機関が91ぐらいの確率でヒラリー・クリントンの圧勝を予測していたが、私はドナルド・トランプの勝利を確信していた民主党のいわゆるリベラル派を自称する政治家には表向きの顔と実際にやっていることの差がある偽善者が多い。その中でもヒラリー・クリントンは表裏の差が極端で、左右の政治傾向を問わずアメリカの大衆に徹底的に嫌われていたのを知っていたからだ。

共和党側では、そのヒラリーを番狂わせで破ったドナルド・トランプが今回は2期目に挑むこと早々と確定していた。各種調査機関の当選確率予測を見ても、今年の5ごろまでは、トランプ再選はほぼ確実との報道が多かった日本の大手マスコミしか情報入手方法のない人たちは、「トランプのようなほら吹きのゴロツキに2期目はあり得ない」と根拠もなく信じていたかもしれないが。

よく持ち出されるのが、「現職大統領再選に失敗するのは、選挙期間が景気後退期とかち合ってしまったときだ」というジンクスだ。そして、アメリカの実体経済をしっかり観察している人ならほぼ共通して、アメリカ経済は2018年初頭には上昇基調から下降基調に入っていたので、一見すると現職トランプの再選には不利に思えただろう。だが、少なくとも1980年の大統領選ジミー・カーターの再選が阻止されたのは、実体経済が悪化していたというより、金融市場、とくに株式相場が不安定になっていたことと、テヘランのアメリカ大使館職員やその家族たちが大量に人質に取られたことへの対応があまりにも拙劣だったからだった。

その点、2018年から実体経済は下降気味だったとはいえ、アメリカ主要な株価指数ほぼ全面的に史上最高値を更新していた。実体経済より株価動向で政権を評価する風潮は、アメリカだけではなく、日本もヨーロッパ諸国も同じことだ。そして、もっとも重視されているS&P500株価指数ばかりか、ダウジョーンズ工業平均株価も、新興のナスダック100株価指数もそろって史上最高値を更新していた今年の23月には、トランプの地位は盤石に見えた。

さらに、大統領選が実施される年の最初の山場である、33日のスーパーチューズデイで、ジョー・バイデンという典型的な古めかしい政治ボスが圧勝し、民主党公認候補となった。スーパーチューズデイとは、カリフォルニア州とテキサス州2大票田をふくむ14州で民主党の代議員による予備選がいっせいに行われ、たいていはここで民主党候補がほぼ確定する日のことだ。

バイデンは、1972年に史上5番目の若さでデラウエア州選出の上院議員に当選してからというもの、ひたすら自分の議席を守ることに集中して、それ以外に目立った実績ない人間だった1988年の大統領選で民主党候補に名乗りを上げたことはある。だが、そのときの演説が、当時のイギリス労働党党首の演説の丸写しだったことがバレて、あっさり脱落した前歴の持ち主だ。若い女性がそばにいると、肩に手を置いたり、脇腹をかかえて抱き寄せたり、後ろから髪のにおいを嗅いだりというセクハラ常習犯おまけに、最近は認知症が進んで何か言い出すたびに、途中で何を言っているのか忘れて眼が泳ぐという、お粗末な大統領候補

最近アメリカの大都市では左翼のアンチファ(シスト)やBlack Lives MatterBLM、「黒人の命も大切だ」)派と右翼のMake America Great AgainMAGAアメリカを再び偉大に」)派の衝突が日常化している。バイデンは、トランプを始めとする共和党保守派に揺さぶりをかけるために、左翼系・人種差別反対派を批判しない方針を取ってきた逆に、左派の若者たちが過激な行動を取っているのは、トランプが挑発しているからだというスタンス。だが、実際には、バイデンは民主党内の右派で、1990年代半ばには人種差別や性的マイノリティに対する偏見に抗議するデモ参加者に対して以下のような激しい非難を浴びせていた。

「そのうち、彼らは私の母を鉛管でぶちのめし、私の妹を銃撃し、私の妻殴り、私の息子にも挑みかかるだろう。まず、こんな連中に大手を振って通りをのし歩かせてはいけない。これは絶対の大前提だ。そして、毎年、結婚もしていないカップルが産む何万人という子どもたち――家庭も見守る親も良心をはぐくむような環境も持たない子どもたち――をどうするのかが、焦眉の課題だ。・・・・・・我々が今のうちに手を打たなければ、こうして生まれた子どもたちは、15年後には平和に暮らしている市民を食いものにする人間に育つだろう。そうなったらもう救いようがないから、この連中は徹底的に社会から排除しなければならない」

皮肉なことに、バイデンに言わせると社会の害虫となることが見え透いた未婚の母が産んだ子どもたちが15歳になった2010年前後には、バイデンはバラク・オバマ大統領の下で、副大統領の要職にあった。だが、もちろん「政治的に正しい」発言に終始するオバマ大統領の忠実な副官として、未婚の母の子どもたちは社会から排除しなければならないなどという「過激な本音はおくびにも出さなかった。

バイデンは選挙戦術として、いかにも人のいいおじいちゃんという顔をしている。だが、人種や性別について、さまざまな人たちの共存を許す寛容で物わかりのいい人物という外見、まさにせかけだ。家族のあり方などについて伝統的な考え方を社会全体に強制すべきだというのが、バイデンの本心だこれ日本のマスコミではめったに報道しないが、バイデンはあの伝説のジョン・F・ケネディ以来実に60年ぶりに、2大政党から指名を受けたカトリック信者の大統領候補だ。そして、折に触れて自分もまたカトリックというマイノリティに属していることと、敬虔なキリスト教徒であることを強調する。

だが、そのやり口がいかにも計算ずくだ。たとえば、「私には日曜日ごとにミサに行かない人生など、想像もできない」と言う。この発言でカトリック票を固めるとともに、アメリカのプロテスタント信者の多属しているイギリス国教会、ルター派、メソディストはミサを儀礼として取り入れているで、これらのプロテスタント各派の共感も期待できるわけだ。だが、ミサを行わない少数派のキリスト教徒、ましてやキリスト教以外を信じている人間の生活など、想像することさえできないという偏狭さをさらけ出している。

今年の3月ごろまでは民主党幹部でさえトランプ再選は必至とていて、有望な候補者を2024年まで温存するために、惨憺たる負け戦にふさわしい人間を今回の候補者に選んだのではないか。そう勘繰りたくなるほど、バイデンは魅力に欠けた候補者だったこれでもう、トランプ再選は決まったも同然に見えたそして、大統領選が現職の圧勝で無事2目に突入するという筋書きなら、毎年夏に多発する都市暴動が今年は大統領選がらみでさらに加熱するというシナリオ消えたと思ってい

この退屈だが平穏なシナリオ新型コロナウイルス、コヴィッド192月半ば以降ヨーロッパ諸国、そしてアメリカでも急激に感染者数と犠牲者数を増やした時期にほとんど変わらなかった。少なくとも公式報道ベースで言えば、去年の年末から今年1月にかけて大規模に感染が広がった中国内では、完全監視社会強みを生かして強引に感染被害の局地化に成功した。一方、本来であればそれほど強圧的な手段は取れないはずの欧米先進国の大半で、感染者激増にあわてふためいた政府や地方自治体が3月末にはロックダウン都市封鎖令、あるいは外出・集会禁止令といった明らかな過剰反応を示していた。

私は当然、欧米の市民のあいだから猛反発が起きるだろうと見ていたのだが、この予想はまったく外れた。日銭を稼いで生計を立てている家計にとって致命的な打撃となる強圧的な都市封鎖・外出制限政策への反発は、散発的でごく穏健な抗議デモにとどまった。また、その程度の抗議行動でさえ、感染拡大リスクを高める「自己中心的な言動」と批判する風潮が大手メディアを支配していた。大本営発表を信じない人間は非国民呼ばわりをされ戦時中の日本社会はこうだったのだろうかと思わされる光景だった。

愚鈍なくせに根拠のない自信だけは過剰に持ち合わせているトランプは、思いつきですっ頓狂なことを口走っては大手メディアの失笑を買っていた。台所洗剤や漂白剤を皮下注射すればコロナウイルス予防に有効なのではないか」と発言はその典型だろう。だが、この程度の失言は就任以来ほぼ毎週のようにくり返していたので、今さら大統領選にマイナスの影響を及ぼすこともなさそうに思えたコロナショックが大統領選の無風状態なんの影響も与えなかったことは、次の図表が明瞭に示している。

 


出所:ウェブサイトReal Clear Politics2020913のエントリーより引用

 

リアル・クリア・ポリティックスうウェブサイトが集計した、今年313日から913日まで、ぴったり半年にわたるトランプバイデンの当選確率予測推移だ。このサイトは、大統領選・州知事選の当選確率予測を得意分野としているただ、ランダムに抽出した番号に電話をかけて、回答者の考えを聞く世論調査形式で発表する予測ではない。複数の賭け(ッティングサイトからプロ、セミプロ、アマチュアのギャンブラーはどちらが勝と見てどの程度の金額を賭けているかにもとづいて、当たったときの賞金オッズから当選確率を逆算している。なんのコストもない言いっ放しの「意見」ではなく、当たれば配当が出る、外れれば賭け金を失う本気の勝負にもとづく予測をしているわけだ。今回の大統領選に関する当選確率予測は、ベットフェアー、ボヴォーダ、ビーウィン、マッチボックス、スマーケット、スプレッドエックスの6サイトで表示されたオッズの集計となっている。

電話質問タイプの世論調査は、深刻な制約がある。どんなに匿名性が保証されていても、また電話の相手は録音済みの質問を順番どおりに再生しているだけとわかっていても、回答者にすれば見るからに露悪趣味のある無頼漢に投票するとは言いにくい。だからこそ、前回2016年の各種世論調査ではとんどヒラリー・クリントン圧勝という予測ばかりだったわけだ。

だが、ご覧のとおり、勝てば賞金が入ってくるギャンブラーたちの予想では、アメリカや西欧諸国で人口100万人当りの犠牲者数が異常に多かったコロナショック第1波のピークに当る45になっても、トランプが50%前後、バイデンが40%台前半と、一貫してトランプがバイデンに5ポイント以上の差を付けていた。世論調査はあまり重視せずベッティングサイトでのオッズを重視する政治評論家のあいだでは、今回は賭け金と配当とのオッズで5月中旬までトランプが5ポイント以上もリードしていたので、もうなんの波乱もなくトランプが再選されることは必至と見られていた。

面接であれ、電話であれ、型どおりの質問に型どおりの回答を要求する世論調査では、慢性的に民主党リベラル系に有利で、共和党保守系に不利なバイアスのかかった回答結果が集計される。なぜそうなるのかというと、民主党の主張はいつもお行儀のいい優等生の模範解答のようで、あまり利害がからまない場面でどちらを支持するかと聞かれれば、無難で当たり障りのない回答をすれば、自然に民主党候補と似た答えになるからだ。ここで、いったいアメリカの2大政党制度というのは、どういう仕組みなのかをふり返ってみよう。

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